ーーー 「別にいいぞ? 校長には、私から了承をもらってくる 」

休日出勤にいつにもまして気怠そうな、千香は、洸の提案に快く了承する。

「ありがとうございます! わぁ! 合宿なんて、初めてだから、わくわくするよ!」

洸は、心の隅で小さく夢見ていた、合宿にありつけて、遠足前の子供のように、ふわふわと心を揺るわす。

ーーー30分程前の事。

言の葉部が発足してから、早3ヶ月が経とうとしていた頃。

夏も本格的に、生命から気力を奪い、はたまたバケーションに心躍らさ、忙しく振り回し、謳歌するそんな季節。

ある程度形になっては、書き直し、成長を見せては、また書き直す。そんな真摯にコンテストに向き合う言の葉部にとっては、そんな茹だる暑さは、涼しい室内とはいえ、鬱陶しいもので、皆が筆を止めて、逃避するように何処かを見つめている。

夏休みに入り、校庭から響く金属音、威勢は更に勢いを増して、殆どの部活動が集大成を迎える準備をしている中、怠惰に時間を浪費する4人は、少々の罪悪感と同居しながらも、無気力に打ち勝つ事ができずにいた。

「だりぃ〜。なんか、やる気が出るような事があればなぁ〜。なぁ、部長さんよ。何かいい案はないのかね?」

「やる気………ねぇ」

洸は、校庭の見下ろせる窓の縁に、凭れ立ち、黒髪を靡かせる咲耶を、雲一つない青空に溶かし見上げる。

「なんか、マンネリ化している感じだよね〜。部室に集まって、ひたすら書いて。納得いかずに、また書いて、それで暫くすると、こうしてだらけて」

神影は、無色透明の下敷きを、団扇代わりに自らに風をおくる。

「だなぁ。優等生さんのお前も、この様だしな」

「言っておくけどね、私は、みんなが思っている程、行儀よく真面目に生きている訳じゃないの。みんなと何も変わらない。ごく普通の女子高生なの」

神影はそう遠い目をする。

「ほ〜ん。意外と家ではだらしないとか?」

「いえ。逆ね」

「逆?」

洸は半ば反射的に疑問を返すも、それに対しての解答をすることなく、神影は一定のリズムで下敷きで顔を扇ぐ。

「それにしても、野球部は元気だなぁ。運動部は、こんな暑い中よく活動できるよな〜。バレー部に関しては、合宿みたいだし。本当にご苦労なこった」

神影に無視をされて、それを誤魔化すように、次の話題を投入する尚人。

「合宿!」

しかし、それに椅子の背もたれに凭れていた洸が、音を立てたら飛び起きる番犬のゲームの如く、素早く体を起こす。

「うぉ!! どうしたんだよ! 」

それに釣られて尚人もまた、重い体を身軽に起こす。

「合宿をしようよ!」

実際にはかかってはいないが、そこにいただれもが、その弾んだ洸の声にエコーがかかったように錯覚する。

「いやいや、聞いてたか? 俺は嫌味で言ったんだぞ? そもそも、合宿ったって、俺たちの活動に、何を取り入れるんだよ! 場所もねぇし!」

「いゃあ、ずっと憧れていたんだよね〜。場所なら、ここにあるし!」

「いや、憧れって………なぁ?」

尚人の声は、もはや環境音とばかりに、聞き流す洸。
尚人は、助力を求めるように神影に同意を求める。

「合宿か………うん! 悪くないかも!」

「って! お前もかよ!」

しかし、尚人が期待した答えは返って来ることはなかった。

「いいんじゃない! どうせ、煮詰まって、これ以上に、いい原稿が書けない訳だし、何かのヒントが見つかるかもだし!」

「まぁ、分からなくもないが。咲耶はどうよ? てか、その、お泊りとか大丈夫なのか?」

尚人は、気を使いつつも、核心に触れる。

「ええ。一晩くらいでどうこうならないわ。と、言いたいけれど、まぁ、その時はその時よ」

「おうふ」

自ら踏み込んで起きながら、返答に困る答えに、存在しない言葉で相槌を打つ尚人。

「よし! じゃあ、千香先生が来たら、聞いてみようか!」

洸は、それ以上、異を唱えない尚人も了承したと捉えて、自らの憧れの実現を浮かべて、表情を柔らげていた。

ーーー 千香は早速、校長の承諾を取るため、職員室へと出向きに、ものの数分で部室を後にした。

「なんか、千香ちゃんもあっさりだったけど、前列でもあるんか?」

とんとん拍子で進む計画に、恐怖すら覚える尚人。

「さぁ? 私は聞いたことないけど。でも、立地とすれば最高だよね。寝る場所はいくらでもあるし、料理もできる。少し行けば、銭湯だってあるしね」

神影もまた、洸と同じように、予定日すら決まっていない段階でも、落ち着きのない様子だ。

「じゃあ、先生が戻るまで、日程を決めておこうか!」

洸は、意気揚々とルーズリーフを取り出して、主体となり、ミーティングを始めた。