ーーー それから、3日が過ぎた。その3日の間、言の葉部には、これといった変化はなく、尚人も通常運転であり、だからこそ洸は、違和感を覚えていた。

空元気。そんな言葉は、正に今の尚人に当てはめるには、うってつけの言葉だった。

「これはなかなか、1行書くにもやっとだな」

4人は、取りあえず書いてみるという最終手段へと突入していて、やはり誰の指先も、文字を記すのに苦労していた。誰もが敢えて口にしなかった言葉を、尚人が安安と口にした形となった。

「まぁ、行き当たりばったりで完成したら、誰も苦労しないよね。だからこそ、人に響くということなのだろうけど」

神影は、自販機で予め買っておいたレモンティーを一口含むと、ふぅと一息をついた。

「ねぇ、尚」

すると、本日ほ部活が始まって以来、洸が初めて口を開いた。

それに、椅子の後足2本でバランスを取っていた尚人が、「ん?」と疑問符を置く。

「この間の親睦会の事なんだけどさ」

そんな前触れなのない唐突な言葉に、尚人だけではなく、神影や咲耶も、洸に視線を向けた。

「あぁ、急に帰って悪かったな」

途端に一気にしおらしくなく尚人。

「ううん。それは、別にいいんだけど。その……。聞いてもいいかな? あの人たちが言っていた話。ううん。聞かせて欲しいんだと思う。知りたいんだと思う」

「別に、特段面白い話でもないし、興味本位で聞くような話でもない」

尚人は、ばつが悪そうに突っぱねる。

「興味本位………。ううん。違うよ。言ったよね? 知りたいんだって。良い事も、悪い事も、知りたいと思うのは変かな? 友達だから。理由は、それだけで充分でしょ?」

そう真剣に眼差しを向けてくる洸の瞳を、一瞬捉えてから、意を決したように、尚人は口を開いた。

「俺はな、中学時代は、それはそれは根暗で、視線が怖くて、前髪で目元を隠すような奴だった」

現在の尚人しか知らない3人は、そんなカミングアウトに驚愕するも、尚人を気遣い表情には映さなかった。

「でもな。そんな俺にも、友達というものがいて、この間あった2人だ。あいつらが、俺の最初の友達だった。3年の初めころ、その一人庄司ってやつが、好きな奴がいるって話になってな、まぁ、なんやかんやあって、あいつが告白するって流れになったんだよ」

尚人は、過去の情景を浮かべるように、蛍光灯だらけの無機質な天井を見上げる。

「そうして、上手くいって付き合う事になったんだけどな、ある日、そいつの彼女が子猫を拾って、貰い手を探していたんだ。俺は、ただ友人の彼女の助けになろうと、貰い手を一緒に探してな、その過程で、彼女に惚れられちまった。もちろん。色目を使ったりしてないからな」

「なるほど。それで………」

洸は、庄司から聞いた話と、尚人の話を擦り合わせて、相槌を打つ。

「ああ。それを知った庄司は、俺を裏切り者扱い。庄司は、クラスの人気者だったからな。必然的に、俺はハブられる事になったわけだな。だから思った。友人なんて、そんな不安定なものはいらない。でも、ハブられるのはもっと寂しい。だからこそ、このキャラクターが生まれたって訳だ。上辺だけでいられる。このキャラクターが」

尚人は「笑える」と、自身を嘲笑うかのように、吐き捨てた笑みを浮かべる。

「それでも、こうして、僕と友達になってくれたんだ? 上辺だけじゃない、友達に」

「違うな。お前の友達は、俺であって、俺じゃない。俺が作り上げた、無理矢理着飾った鎧だ」

「尚………。そんなこと」

「無い! 訳ないだろ? 分かってる。この鎧が剥がれれば、もう何もなくなっちまうことは。でも、どうだ? 笑えるだろ? すっかり板についちまって、剥がすにも剥せない」

そんな弱々しく声を震わせる尚人に、かける言葉を見つけられず、そんな自分が情けなく下唇を噛みしめる洸。

「あら? それなら良かったじゃない」

「は? 」

するとそんな思いがけない咲耶の返答が飛び出し、息を漏らすように疑問を呈する尚人。

「板につく、っていうのは、あなたに似合っている、それが身についているっていうことよ。つまり、過去のあなたも、今のあなたも、何なら変わらない。等しくあなたという事。鎧とかそんなんじゃなく、あなたの核の一部。そんなあなたの友人が、仮初な訳ないじゃない?………ああ。私個人的な意見って意味でね」

そんな、普段のクールな咲耶からは想像のできない饒舌に、3人はポカンと口を半開きにさせる。

そして、今度は示し合わせたかのように、同時に吹き出すように笑い出す。

「ふははっ! 忘れた頃に、それはズルいって! 咲耶さんって、実は面白い人? フフッ!」

神影は、涙を浮かべながら笑っている、

しかし当の本人は、腑に落ちないようにポーカーフェイスを決めている。

「いゃあ〜、わりぃわりぃ。っぷ! でも、そうだよな、クククッ! 咲耶の言うとおりだ!」

笑い声を飲み込みながら、咲耶の言葉に納得の意を示す尚人。

そして、暫くして、3人の笑いが収まった頃、再び尚人が口を開いた。

「そうだな。怖かったんだ。また簡単に、呆気なく崩れるんじゃないかって。だから、好かれるように、でも、深く寄せ付けないように、そう思っていたのに、途中から意図が変わってた。俺は。好かれるようにじゃなく、寄せ付けないようにじゃなく、嫌われないように、このキャラクターを貫いてきた。大切な友人に嫌われないように。ううん。もう違うな。キャラクターじゃない。俺自身だ。正直、過去なんてどうでもいい。それを知ったら、クラスの連中みたいに、お前らも居なくなると思ってた。そうだよな。そんな訳無かったよな」

尚人は、抱えた鬱を吐き出すように、優しく、弱々しく微笑む。

「うん! そうだよ! 自分らしさなんて、誰かに決められるもので、意図して振る舞う事でもない。思うがままに、ありのままに、見せたいなら見せればいい、隠したいなら隠せばいい。それら等しく、自分だからね!」

洸は部長らしく、纏めてみせる。おかげで終止符の打たれたこの一件は、計らずとも、言の葉部の結束を深める、親睦会の意味を成すものになっていた。