ーーーー 花の散り際を見て美しいと思う。それが情緒というなら、人の終わりもまた。
葉月咲耶はそんな物思いに更けながら、散りゆく桜の花びらを、手のひらで受け止める。
並木道はすっかり桃色や白で染まり、宙ばかり見上げる人々は、地に落ちたそれらを躊躇なく踏みつけ、土色に染めていく。
そんな小さな雑踏の中佇む彼女は、ひっそりと咲き誇るもうひとつの桜のよう。
ぱっちりとした目元、細く通った鼻筋、雪どけが終わっても尚、残ったかのような白い肌。それに映える艶やかな黒髪。
一目見てだれもが思うだろう美しさに、目を止める者は少数。
その光景において、彼女の存在は最早当たり前となっており、今更、目を奪われる者は少数だった。
「おはよう。咲耶」
しかし、何事にも例外というものは付き物で、そんな彼女に、物怖じせずに声をかける1人の男。
中性的な顔立ちには幼さが残り、咲耶より少し高めの身長と、華奢な体格に、庇護欲を抱くものも少なからず居る。
「その声は、洸? だよね? 」
咲耶は、手のひらの桜を摘み、青空に溶かしながら、その声の主、一柳洸に問を残す。
「正解。こんな所で何をしているの? 」
「桜を見ていたの」
「そうは見えたけど、もうすっかり散り際だよ。桜吹雪も、それはそれで綺麗だけど、僕は少し寂しいな。だから、散り際はあまり好きじゃない」
「寂しい? ふ~ん。そうね。そういう感情も芽生えるわね」
咲耶は、摘まんだ花びらを口元に寄せて、フッとひとつ息を吹きかける。
花びらはその風に抗う事はできずに、不規則に揺れながら、地へと舞い降りていく。
「でも、そうか。今年ももう、終わっちゃうんだね。この桜も。また来年も、こうして見ていたいね。でも、もう、来年の今頃は、卒業しているか」
そんな感傷的な洸の言葉が終わる前に、咲耶はのうのうと歩を進みはじめる。
「え? ちょっと! 折角だから一緒に! 」
黒髪を靡かせたその背中にかけた声は、透き通る肌を抜けて蒸発する。咲耶は歩みを止めることなく、洸を置いて進み続ける。
「あらら。見事に振られたね~。桜のように、見事に散ったってわけか? フハハハッ!」
そして寂しく残された洸に、そんな邪悪な笑い声を降り注いだのは、地毛と言い張り、教師の目を掻い潜った茶髪を、ナチュラルに分けて、少し着崩した制服姿が浮いている、漆原尚人だった。
「尚さ。朝っぱらからそんな元気にさ、人の不幸を笑うもんじゃないよ」
「朝っぱらから欲情している友がいれば、そりゃ笑うだろう」
「人聞き悪い事を言うなよ。あれを欲情と呼ぶなら、男という生き物は、なんて醜いんだよ」
「まぁ、男なんてそんなもんだろ。寝起きに元気な事もあるだろ? そういえば、あれってどういう原理なんだろ? 」
「はいはい。朝から下はきついって、胃もたれする。ついでに、朝から尚と話すのも、胃もたれする」
「それは傷つく! 酷いよ! 洸きゅん!」
尚人は、がっしりと洸に纏わりつくように抱きつく。
「やめろ! 暑い! 暑苦しい! 」
「いいじゃん! まだちょっと肌寒いだろ? 俺が温めてやるって! 」
「やめろ! 台詞が鳥肌もんだから! 知ってるか!? クラスメイトに、僕たちはそういう関係だと、噂が流れてんだぞ! あんたのせいでな! 」
「まぁ、あながちまち」
「間違いだよ!」
尚人を振り払おうと、並木道を広く使って抗う洸。それでも、しつこく纏わりつく尚人。
「ちょっと! 」
そんな二人の背後で足を止めて、強い口調をぶつけてきたのは、ボブカットに、小柄ながらも、大きく存在感のある特徴を携えた、二人のクラスの委員長でもある、栗生神影だった。
「いい歳なんだから、こんなところで、往来の邪魔になるような事はしないの! 全く、恥ずかしいったらありゃしない! 」
頬を膨らませて、分かりやすく怒りを露にする神影。
「ご、ごめん委員長」
神影の登場により、拘束を解かれた洸は、直ぐ様神影に向き直ると、腰を曲げる。
「はぁ~。まぁどうせ、尚人が戦犯だろうけど。ほどほどにしてね」
「ほどほどならいいのか?」
「黙れ! ニュアンスで分かりなさい!」
「何じゃそれ? 」
神影と尚人のそんな会話は、夫婦漫才と称され、クラスメイト達に、親しまれていた。
もっとも、当の本人たちには迷惑極まりない事のようだが。
「ほら、二人とも! 早くいかないと、遅刻しちゃうよ! 」
そんな洸の仲介もあり、漫才はそこで終演して、神影と、二人は少し距離を空けながらも、無事に登校を済ませる事が出来た。
葉月咲耶はそんな物思いに更けながら、散りゆく桜の花びらを、手のひらで受け止める。
並木道はすっかり桃色や白で染まり、宙ばかり見上げる人々は、地に落ちたそれらを躊躇なく踏みつけ、土色に染めていく。
そんな小さな雑踏の中佇む彼女は、ひっそりと咲き誇るもうひとつの桜のよう。
ぱっちりとした目元、細く通った鼻筋、雪どけが終わっても尚、残ったかのような白い肌。それに映える艶やかな黒髪。
一目見てだれもが思うだろう美しさに、目を止める者は少数。
その光景において、彼女の存在は最早当たり前となっており、今更、目を奪われる者は少数だった。
「おはよう。咲耶」
しかし、何事にも例外というものは付き物で、そんな彼女に、物怖じせずに声をかける1人の男。
中性的な顔立ちには幼さが残り、咲耶より少し高めの身長と、華奢な体格に、庇護欲を抱くものも少なからず居る。
「その声は、洸? だよね? 」
咲耶は、手のひらの桜を摘み、青空に溶かしながら、その声の主、一柳洸に問を残す。
「正解。こんな所で何をしているの? 」
「桜を見ていたの」
「そうは見えたけど、もうすっかり散り際だよ。桜吹雪も、それはそれで綺麗だけど、僕は少し寂しいな。だから、散り際はあまり好きじゃない」
「寂しい? ふ~ん。そうね。そういう感情も芽生えるわね」
咲耶は、摘まんだ花びらを口元に寄せて、フッとひとつ息を吹きかける。
花びらはその風に抗う事はできずに、不規則に揺れながら、地へと舞い降りていく。
「でも、そうか。今年ももう、終わっちゃうんだね。この桜も。また来年も、こうして見ていたいね。でも、もう、来年の今頃は、卒業しているか」
そんな感傷的な洸の言葉が終わる前に、咲耶はのうのうと歩を進みはじめる。
「え? ちょっと! 折角だから一緒に! 」
黒髪を靡かせたその背中にかけた声は、透き通る肌を抜けて蒸発する。咲耶は歩みを止めることなく、洸を置いて進み続ける。
「あらら。見事に振られたね~。桜のように、見事に散ったってわけか? フハハハッ!」
そして寂しく残された洸に、そんな邪悪な笑い声を降り注いだのは、地毛と言い張り、教師の目を掻い潜った茶髪を、ナチュラルに分けて、少し着崩した制服姿が浮いている、漆原尚人だった。
「尚さ。朝っぱらからそんな元気にさ、人の不幸を笑うもんじゃないよ」
「朝っぱらから欲情している友がいれば、そりゃ笑うだろう」
「人聞き悪い事を言うなよ。あれを欲情と呼ぶなら、男という生き物は、なんて醜いんだよ」
「まぁ、男なんてそんなもんだろ。寝起きに元気な事もあるだろ? そういえば、あれってどういう原理なんだろ? 」
「はいはい。朝から下はきついって、胃もたれする。ついでに、朝から尚と話すのも、胃もたれする」
「それは傷つく! 酷いよ! 洸きゅん!」
尚人は、がっしりと洸に纏わりつくように抱きつく。
「やめろ! 暑い! 暑苦しい! 」
「いいじゃん! まだちょっと肌寒いだろ? 俺が温めてやるって! 」
「やめろ! 台詞が鳥肌もんだから! 知ってるか!? クラスメイトに、僕たちはそういう関係だと、噂が流れてんだぞ! あんたのせいでな! 」
「まぁ、あながちまち」
「間違いだよ!」
尚人を振り払おうと、並木道を広く使って抗う洸。それでも、しつこく纏わりつく尚人。
「ちょっと! 」
そんな二人の背後で足を止めて、強い口調をぶつけてきたのは、ボブカットに、小柄ながらも、大きく存在感のある特徴を携えた、二人のクラスの委員長でもある、栗生神影だった。
「いい歳なんだから、こんなところで、往来の邪魔になるような事はしないの! 全く、恥ずかしいったらありゃしない! 」
頬を膨らませて、分かりやすく怒りを露にする神影。
「ご、ごめん委員長」
神影の登場により、拘束を解かれた洸は、直ぐ様神影に向き直ると、腰を曲げる。
「はぁ~。まぁどうせ、尚人が戦犯だろうけど。ほどほどにしてね」
「ほどほどならいいのか?」
「黙れ! ニュアンスで分かりなさい!」
「何じゃそれ? 」
神影と尚人のそんな会話は、夫婦漫才と称され、クラスメイト達に、親しまれていた。
もっとも、当の本人たちには迷惑極まりない事のようだが。
「ほら、二人とも! 早くいかないと、遅刻しちゃうよ! 」
そんな洸の仲介もあり、漫才はそこで終演して、神影と、二人は少し距離を空けながらも、無事に登校を済ませる事が出来た。