それから俊哉と週に三回程度、真夜中にメールするようになって瞬く間に二カ月が過ぎ去った。
いつのまにか私の真夜中のひとりぼっちの時間は俊哉のおかげで寂しさが紛れるようになっていたが、学校では相変わらず友達はできずひとりぼっちだった。
(もう……秋も終わりか)
五限目の授業を受けながら、窓から校庭を眺めれば、校庭に植えられた樹々の色づいた葉はもうほとんど落ちてしまっている。春にまた蕾をつけ芽吹くために植物たちは冬支度にはいったようだ。
(こうやって今年も友達できずに終わるんだろうな……別にひとりは慣れてるけど……)
私は手元の腕時計を見ると小ぶりのスケッチブックを机の中からそっと取り出した。
それと同時に授業終了のチャイムが鳴り、ホームルームが終わればすぐに教室はいつものようにあっという間に空になる、はずだった。
「……春野さん」
私の名前を呼ぶ声に顔を向ければ隣の席の長谷川純菜が立っていた。私は彼女を見てすぐに《《あのこと》》だなと気づく。
「今日はこれ有難う」
長谷川さんは私の隣の席なのだが、筆箱を忘れてしまったというので私は予備のシャーペンを貸したのだ。
「ううん、全然いいよ」
私は長谷川さんから貸していた水玉模様のシャーペンを受け取る。そのまま筆箱に戻そうとして、長谷川さんの視線が私の手元のスケッチブックに向けられのがわかった。咄嗟に隠そうとしたがすでに長谷川さんは物珍しそうに私のスケッチブックをのぞき込んでいた。
「それ、時計?」
「えっと……うん。暇だから自分のつけてる腕時計の模写の続きしよっかなって……」
「え、すごいね! 動き出しそう! まるで本物みたい」
いつもなら放課後、私が教室で絵を描いていても誰も見向きもしない。私は私の描いたものに対する彼女の口から出た『本物』という言葉が絵に命が宿っていると言われたみたいでなんだか嬉しかった。
「……ありがとう……」
いつもなら会話はここで終わりだ。でも自分の絵を褒めてくれた長谷川さんに私はなにか自分からも長谷川さんのことを聞こうと思った。
「えと……長谷川さんはいつも何読んでるの?」
長谷川さんはクラスの学級委員を務めているのだが、物静かで誰とでも当たり障りなく話す大人しい印象だ。私の知る限り休み時間はいつも一人で静かに本を読んでいることがほとんどだった。
そして言葉にしてからこんな風に誰かと積極的に関わろうとしている自分自身に驚く。
もしかしたら、いやきっと俊哉の言葉のおかげかもしれない。
「えっと、あのね……」
クラスの子とほとんど会話をしない私が話しかけたからかもしれない。長谷川さんが少し驚いたような顔をしてから小さく口を開いた。
──『ミステリー小説なの。赤川太郎の寝台列車あかつき連続殺人事件』
「えっ、そうなんだ。あの、勝手に童話とかファンタジーとかなのかと思ってた」
まさか大人しい長谷川さんが殺人の要素があるものを好んで読んでいるとは全く想像もしていなかった。
「よく言われる。でも私も意外だった。いつも春野さんって放課後ひとりで何書いてるんだろうって時々気になってたんだけど、あんな絵が上手だなんて……」
「えと。あの私も驚いた……。長谷川さんがまさかミステリー小説好きだなんて」
「ふふ、本当だね。お互い知らないことだらけだね。あ……っ! えと、やっぱりいい」
長谷川さんが何かを言いかけて口籠った。
「えっと……どうかした?」
「あの……あのね、ほんともし良かったらなんだけど……今度クラスのクリスマス会で皆んなに配る栞なんだけど、私、絵が下手だからイラスト書くの困ってて……良かったら春野さん書いてくれたら助かるなって……」
「え、私でいいの?」
「勿論! 春野さんが嫌じゃなかったら……。みんな驚くし喜ぶと思う、春野さんの絵ってなんだかあったかくて優しい感じがするから」
その言葉が嬉しいのに気恥ずかしくて私は長谷川さんに小さく頷くと、初めて学校で笑った。
いつのまにか私の真夜中のひとりぼっちの時間は俊哉のおかげで寂しさが紛れるようになっていたが、学校では相変わらず友達はできずひとりぼっちだった。
(もう……秋も終わりか)
五限目の授業を受けながら、窓から校庭を眺めれば、校庭に植えられた樹々の色づいた葉はもうほとんど落ちてしまっている。春にまた蕾をつけ芽吹くために植物たちは冬支度にはいったようだ。
(こうやって今年も友達できずに終わるんだろうな……別にひとりは慣れてるけど……)
私は手元の腕時計を見ると小ぶりのスケッチブックを机の中からそっと取り出した。
それと同時に授業終了のチャイムが鳴り、ホームルームが終わればすぐに教室はいつものようにあっという間に空になる、はずだった。
「……春野さん」
私の名前を呼ぶ声に顔を向ければ隣の席の長谷川純菜が立っていた。私は彼女を見てすぐに《《あのこと》》だなと気づく。
「今日はこれ有難う」
長谷川さんは私の隣の席なのだが、筆箱を忘れてしまったというので私は予備のシャーペンを貸したのだ。
「ううん、全然いいよ」
私は長谷川さんから貸していた水玉模様のシャーペンを受け取る。そのまま筆箱に戻そうとして、長谷川さんの視線が私の手元のスケッチブックに向けられのがわかった。咄嗟に隠そうとしたがすでに長谷川さんは物珍しそうに私のスケッチブックをのぞき込んでいた。
「それ、時計?」
「えっと……うん。暇だから自分のつけてる腕時計の模写の続きしよっかなって……」
「え、すごいね! 動き出しそう! まるで本物みたい」
いつもなら放課後、私が教室で絵を描いていても誰も見向きもしない。私は私の描いたものに対する彼女の口から出た『本物』という言葉が絵に命が宿っていると言われたみたいでなんだか嬉しかった。
「……ありがとう……」
いつもなら会話はここで終わりだ。でも自分の絵を褒めてくれた長谷川さんに私はなにか自分からも長谷川さんのことを聞こうと思った。
「えと……長谷川さんはいつも何読んでるの?」
長谷川さんはクラスの学級委員を務めているのだが、物静かで誰とでも当たり障りなく話す大人しい印象だ。私の知る限り休み時間はいつも一人で静かに本を読んでいることがほとんどだった。
そして言葉にしてからこんな風に誰かと積極的に関わろうとしている自分自身に驚く。
もしかしたら、いやきっと俊哉の言葉のおかげかもしれない。
「えっと、あのね……」
クラスの子とほとんど会話をしない私が話しかけたからかもしれない。長谷川さんが少し驚いたような顔をしてから小さく口を開いた。
──『ミステリー小説なの。赤川太郎の寝台列車あかつき連続殺人事件』
「えっ、そうなんだ。あの、勝手に童話とかファンタジーとかなのかと思ってた」
まさか大人しい長谷川さんが殺人の要素があるものを好んで読んでいるとは全く想像もしていなかった。
「よく言われる。でも私も意外だった。いつも春野さんって放課後ひとりで何書いてるんだろうって時々気になってたんだけど、あんな絵が上手だなんて……」
「えと。あの私も驚いた……。長谷川さんがまさかミステリー小説好きだなんて」
「ふふ、本当だね。お互い知らないことだらけだね。あ……っ! えと、やっぱりいい」
長谷川さんが何かを言いかけて口籠った。
「えっと……どうかした?」
「あの……あのね、ほんともし良かったらなんだけど……今度クラスのクリスマス会で皆んなに配る栞なんだけど、私、絵が下手だからイラスト書くの困ってて……良かったら春野さん書いてくれたら助かるなって……」
「え、私でいいの?」
「勿論! 春野さんが嫌じゃなかったら……。みんな驚くし喜ぶと思う、春野さんの絵ってなんだかあったかくて優しい感じがするから」
その言葉が嬉しいのに気恥ずかしくて私は長谷川さんに小さく頷くと、初めて学校で笑った。