わたし、雪街奏(ゆきまちかなで)は料理を食べるのが大好きな圭南(けいなん)大学の文学部に所属する大学1年生。いわゆる、女子大学生なのだ。

 そんなわたしは、双子の妹でありそして大切な恋人の美優羽(みゆう)ちゃんと同棲生活をしている。

 変わり者と言われたら確かにそうだけど、好きな人と一緒に居れるのだからそう言う事は気にしてない。と言っても、周りの人に気を遣わせるのはあまり好きじゃ無いから、美優羽ちゃんと恋人という事は、一部の仲のいい人以外には隠している。別に言って回ることでもないからねぇ。

 前置きはおいといて、今わたしは麻婆豆腐が食べたい。ただ普通の麻婆豆腐ではない。美味しい麻婆豆腐が食べたい。具体的に言うと、高校2年生の頃に食べた神麻婆(しんまーぼ)と言う店のような、本格的な麻婆豆腐が食べたい。

 赤赤しくて滅茶苦茶辛いんだけど、その辛さの中に奥深いコクと旨みがあってご飯がとても進む麻婆豆腐なんだよねぇ。アレをまた食べたい。

 食べに行けばいいんだろうけど、今のあの店は移転して遠くになった上に15時までしか空いていない。今が2限目が終わって13時を過ぎた頃。移転先には1時間かかる。さらにあの店は平日でも平気で1時間以上待つと聞いている。だから今行ったところで食べられない可能性が高い。だから、お店に行くのは現実的では無いのだ。

 となると今日は我慢するしかないのかあなぁ。そう思って、スマートフォンで動画サイトのMeTube(みーちゅーぶ)を開いた時だった。オススメ欄に有名中華料理店の麻婆豆腐の作り方なる動画が出てきたのだ。名前を四郎飯店(しろうはんてん)。確か、神麻婆の人が学んだ店はここだったと思う。と言う事は、この作り方を観れば、それに近い味が行かなくても食べられるのではないか。だったら観る価値は十二分にありそうだ。気がつくとわたしは、食い入るように作り方の動画を見ていた。




 動画を見終わると、わたしは買い出しに出かけた。幸いにも、うちの近くには少し大きめのスーパーがあるので、そこで材料が揃えられそうだ。

 入り口の近くが近いから、まずは葉にんにくから買おう。と言っても葉にんにくは普通は売ってないって言ってたし、にんにくの芽で代用できると言ってた。にんにくのコーナーは……売ってた。100円で安く手に入る。これは1袋でいいかな。そんなに大量には使ってなかったし。一袋手に取りカゴに入れた。

 次はその近くにあるネギ。細い万能ネギじゃなくて、太い方のネギだ。わたしは適当に選んだネギ一本をカゴに入れた。

 次は豆腐。葉にんにくのコーナーから真っ直ぐ進むと、豆腐のコーナーがある。そこに行く。豆腐は木綿を使ってるって言ってたから、木綿豆腐を2……いや、3丁買っておこう。わたしはいっぱい食べるから、そのくらい買っても食べ切れると思う。余ったら明日食べればいいし。そんなことを考えながら3丁を買い物カゴに入れる。

 売り場的に次は調味料だ。左の方に2メートルほど進むと調味料コーナーに着く。お酒と醤油はあるから、甜麺醤(てんめんじゃん)豆板醤(とうばんじゃん)豆豉(とうち)、一味唐辛子、ラー油、中華スープの素、おろしにんにくあたりを買えばいいかなあ。多いけど、一つずつ見ていこう。

 甜麺醤、一味唐辛子、おろしにんにくはすぐに見つかった。チューブと詰め替え用だけど、一般家庭ならこれでいいだろう。それから中華スープの素とラー油も見つかった。四郎飯店はこう言うのもこだわってそうだけど、普通の家庭ならこれが限界だよね。これでいいや。買い物カゴにポイポイと入れた。

 豆板醤もあった。あったけど、本家のレシピはピーシェン豆板醤と言ってた。3年熟成させてると言ってたから、これが重要なんだろうけど、ない以上はこれでやるしかないかなぁ。次やる時はそれを使おう。そう心に近い豆板醤を入れた。

 問題は豆豉だ。豆豉がない。豆豉醬はあるけど、豆豉はない。豆豉醬でも代用できるなら、今日はこれにするしかないがどうなんだろうか。スマホで調べると代用ができるらしい。なら今日はこれだねぇ。豆豉醬の瓶をカゴに入れた。

 あとは豚ひき肉。これは量の多いのを買っておこう。大きいパックを選びカゴに入れる。片栗粉は家にあったから、これで準備は完了だ。よし、頑張るぞぉ! 心を少し奮わせてレジへと向かった。




 少し重い買い物袋を家まで持って帰ってくることができた。夏だったら汗だくだろうけど、今は冬だからそんなことを心配する必要はない。むしろ寒くて手が凍えそうだった。部屋に入るなりエアコンをつけて、少し暖を取る。寒いのはあまり得意じゃないから、エアコンの存在は本当にありがたい。

 さて、10分程したら身体も暖まったから作り始めよう。今は16時12分。今から作れば、美優羽ちゃんが帰ってくる17時には十分完成しそうだ。

 料理の腕は美優羽ちゃんには到底敵わないけど、この1年で随分成長した。それに今回は作り方を確認しているからきっと美味しいのが作れるはず。よし、作っていこう。わたしはキッチンへと向かった。

 まずは、にんにくの芽を包丁で叩いてから削ぎ切りにしていく。動画の料理人さんは中華包丁でスラスラとやっていたけど、削ぎ切りって難しい。上手く切れない。少し不恰好な形になってしまった。ま、まあいいや。これは香り付けって言ってたはずだし、味には直接影響しないはず……。だ、大丈夫大丈夫。自分にそう言い聞かせた。

 次はネギのみじん切り。こうやって線を入れるように切ってと。これは上手くできそうだ。いい感じにみじん切りになった。この技は色々と応用できそうだ。

 そして豆腐。豆腐は切り方に指定はないから、普通に4×4くらいの大きさで切る。ちょっと端の方が崩れたけど、大丈夫。これはざるに入れておこう。

 切るのはこれで終わりで次は肉味噌を作る。少しだけ油を引いて、豚ひき肉を炒めていく。じゅーじゅーと炒めていくと豚肉から油が出る。この油が透明になるまで炒めないといけないらしい。なんでも豚肉の匂いを出し切るためらしい。木べらで動かしながらその時を待つ。少しすると、油が澄んできた。このタイミングだ。

 醤油と料理酒を全体に絡む程度に入れた。さっと混ぜたら今度は甜麺醤を入れ、全体に絡める。全体に色付いたので、これで良さそうだ。肉味噌をフライパンからお皿に移して一旦置いておく。

 そしたら今度は素を作っていく。おろしにんにく、豆板醤、一味唐辛子、ラー油を入れる。動画ではそこまで多く入れてはなかったけど、多めに作るから結構入れちゃおう。思うがままの量を入れた。入れたら、混ぜながら強火で炒める。これはあまり炒めすぎると焦げるらしいので、さっと美味しい匂いがしたら火を止める。止めたら、あらかじめチューブの素を溶かしておいた中華スープを入れて素を伸ばしていく。これで素は完成。試しに少し味見をする。うん。少し濃ゆいけど、美味しい。ちょっと水を足しておこう。私は少量だけ水を入れた。

 次は豆腐を茹でる。いつも茹でずに作ってたから、驚いたけど、これが美味しくなるコツらしい。お湯に塩を入れて少ししょっぱくする。そこに豆腐を入れて茹でる。しばらくすると、豆腐が踊るように動きだす。このタイミングがベストらしい。ざるに湯を切りながら入れる。これで豆腐もよし。この豆腐を、素の中に優しく入れる。麻婆豆腐らしくなってきた。そのタイミングで肉味噌も加えて優しく混ぜる。

 少しグツグツしてきたら、にんにくの芽も入れて混ぜ、料理酒と少量の醤油を入れて味を整える。その後に豆豉醬とコショウを少し入れて旨味を足していく。この時点で美味しそうだ。

 そこに更にネギを足して混ぜて、水溶き片栗粉を入れて火を入れながらとろみをつける。とろみが出てきたら、ラー油を追加していく。本当は山椒の油を入れないといけないが、そんなのは売ってないから無しでいこう。しっかりととろみもついて火が入ったので完成だ。

 お皿によそって、うん美味しそうな見た目だ。ご飯も丁度いいタイミングで炊けた。用意しておいて、美優羽ちゃんを待っていよう。いそいそとわたしは食事の準備を始めた。

「ただいまー」

 丁度準備ができたタイミングで美優羽ちゃんが帰ってきた。

「おかえりー。美優羽ちゃん。ご飯できたよぉ」

「お姉ちゃん一人で作ったの⁈……まあ最近は料理の腕も上がってるから、大丈夫よね……?」

 美優羽ちゃんは少し心配そうな顔をしている。これに関してはいくつも前科があるから、強く否定できない。

「大丈夫だよぉ。今日はちゃんとレシピ見てるから」

「本当? じゃあ信じるよ」

 そう言って美優羽ちゃんは自分の部屋に荷物を置きに行った。そして、美優羽ちゃんの準備が済んでいざ実食。

 パクリ。

 これは、美味しい! 新麻婆の味とはちょっと違うけど、かなり近いものができた!

 本物はもっと辛い、と言うか痛い。これはそこまでの辛さはない。けど、塩味も旨味も効いている。肉味噌も少し甘めなんだけど、麻婆豆腐の邪魔をしていない。いい感じに引き立てている。まさに最高のパートナーだ。主役の豆腐は茹でたことで弾力のある美味しいお豆腐になっている。

 これは次に次にと箸を進めたくなる味だ。

 それと同時にご飯も止まらない。味がしっかりしているから、お米との相性が抜群。ご飯多めに炊いておいてよかったと心の底から思った。

「これ美味しいね! 美優羽ちゃん」

「うん。ちょっと濃ゆいけど、お姉ちゃんの料理は薄いのが多いからこれくらいでいいよ!」

 美優羽ちゃんに痛いところを突かれた。わたしは苦笑いをして誤魔化すしかなかった。

「でも、よくこんな美味しいレシピが見つかったわね。MeTubeとかで見つけたの?」

「うん。MeTubeで載ってたんだぁ」

「そうなの。私も次作る時参考にしたいから、あとで送って」

「うん、わかったよぉ」

 そう言ってわたし達は麻婆豆腐とご飯に手をつけていった。

 あまりの美味しさに黙々と食べ進める。だって、箸が止まらないんだから仕方がない。麻婆豆腐かき込んで、そこにご飯をドーンと口に頬張る。それでも旨みが消えないので、ご飯をもう一口追加する。これがずっとループする。いやぁ、本当に美味しすぎる。

 そうやって食べていると、美優羽ちゃんが少し箸を止めていた。一体どうしたんだろうか。

「美優羽ちゃん、箸が止まってどうしたのぉ?」

 そう言うと、美優羽ちゃんは少しびくんと驚いたような反応を見せていた。

「いや、お姉ちゃんが餌を頬張るリスみたいでかわいいなあって思ってたら見惚れちゃった」

 美優羽ちゃんは頬を赤くしていた。わたしって、ご飯食べる時そう見えてるんだ。リスみたいなんだ。ってことは、頬が膨らんでいるってことなんだろうなぁ。そう考えると、少し恥ずかしくなった。

「そんな恥ずかしそうにしないで。それもお姉ちゃんのいいところだから。そういうの私もっと見たいから! お願い」

 ちょっと恥ずかしいけど、いつも通り食べようか。その方が美優羽ちゃん嬉しそうだしね。わたしはまた、食べ進め始めた。