私が初めてこの世から居なくなりたいと思ったのは小学1年生の時だった。

 気がつけばいつも一人だった。要領が悪いとか、運動音痴とか、臭いとか。理由は人それぞれだろうが、とにかく私は一人だった。
 テレビや教科書でみたり、先生の口から発せられる『友だち』という言葉を、私はひどく他人事に感じていた。
 そんな中、一人だけ私と遊んでくれるクラスメイトがいた。
 今にして思えば、彼女も私のようにどこかまわりとずれていた。
 彼女はよく一人でいた。だが決して孤独ではなかった。そこが私とはちがった。
 おっちょこちょい。天然。不思議ちゃん。
 だから、みんなが仲間はずれにしている私と遊んでいても、彼女は許され、ついでに私も許された。
 しかし、子どもが許しても、大人は許してくれなかった。
 ある日の学校終わり。
 私は彼女を公園へさそった。昨日と同じように。一昨日と同じように。
 だが、彼女は首を振った。
「ママから理沙ちゃんとは遊んじゃダメ、って言われちゃった」
 私以上に落ち込んだ様子で話す彼女の前で私はなにも言えなかった。
 久しぶりに一人で帰る道は、とても長かった。
 なのに意識は、彼女に誘いを断られた時から止まったままだった。どうしても飲み込むことができずに、口の中に残ったホルモンのように、彼女の言葉が消えなかった。
 家に帰ると、母が居間で洗濯物をたたんでいた。
「どうしたの?」
 早く帰ってきたからか、私の顔が曇っていたからか、母はしゃがむことなく、私の前に立って尋ねた。
 いつもだったら言わないのに、私はつい話してしまった。
 そこからの母はすごかった。
 私の腕をうっけつするほど強く握り、嫌がる私を引きづって学校に怒鳴りこんだ。
 彼女を呼びつけ罵声を浴びせ、彼女のママを呼びつけ泣き喚き、先生を含め、その場にいた全員に私にではなく、自分にむかって土下座をさせた。
 母はそういう人だった。
 母は私の代わりに怒っているわけではない。母は『仲間外れにされているかわいそうな娘の母』になりたくなくて怒っていた。
 きっと家に帰ったら、私も土下座をさせられるだろう。
 お前のせいで私が恥をかいた、と。
 あぁ、どうして母に話してしまったのだろう。
 私は赤く腫れた腕をおさえてそう思った。

 このとき、理沙は生まれて初めて、この世から居なくなりたいと強く願った。

 この日から私は自分から人をさけて生きた。
 先生も、クラスメイトも、みんな敵。すれちがう人はみんな敵。
 仲間外れにされているんじゃない。自分がまわりをさけているんだ。そういうことにした。
 そうすれば母はかわいそうな娘の母じゃなくなる。私はかわいそうじゃなくなる。
 母のため、みんなのため、そして自分のために虚勢を張り続けた。今はもう、私がいじめられたって母は怒鳴りこまないのに。

 母は私が小学3年生の時に離婚し、私が中学生になるころに再婚した。
 母の意識はもう私には向いていない。新しい父も私に興味がないようだ。本当の父もまた新しい家庭を持ち、子どもが生まれていた。それを知ったのは偶然だった。
 ショッピングモールで小さな子どもと手をつなぐ父を見かけた。小さな子どもに笑いかける父を見て、父は私たち家族という失敗を経て、子育てのやり直しをしているのだと、そう思った。一瞬、父と目が合ったが父は私から目をそらした。
 中学の卒業式が終わり、アルバムの最後のページをめくる。誰からのメッセージもない寄せ書きのページを見て、これが私なんだと思った。
 真っ白。空っぽ。なにもない。それが私。
 私はアルバムをコンビニのゴミ箱に捨てて帰った。

 私の孤独は限界を迎えていた。
 私は友だちが欲しかった。だけど、友だちが分からない私に、友だちの作り方は分からなかった。
 高校生になって数日。みんなは同じ中学、同じ習い事、同じ趣味をきっかけに言葉を交わし、いつしか友だちになっていた。
なのに私はまだ誰とも話をしていない。
 私は今日も教室から逃げるように、保健室にかけこむ。保健室の若い女の先生に腹痛です、と訴え、「また?」と小言を吐かれながら、怪しむような視線をカーテンで遮り、白くてかたいベッドに寝転ぶ。
 たくさんのクラスメイトと教室で過ごすよりも、保健室に一人でいるほうが孤独がまぎれた。
 結局、また独りか。
 天井のまだら模様の黒い粒を見ていると、保健室の扉が開く音が聞こえた。
「せんせー、あたまいたいからねる」
「また?」
 甘ったるい声の女子は先生を無視して、私が寝るベッドのカーテンをシャッと開く。
「あ」

 それが、姫香との初めての出会いだった。