あの日から、僕の隣の席は空いたまま埋まらない。
机に溜まっていくプリントと、空いていく出席簿の確認印。
あの日、彼女の傷を見た後すぐに彼女は眠ってしまった。きっと眠ったフリをしていたのだと思う。
目が覚めて彼女の眠っていた布団を見ると、そこに彼女はいなかった。慌てて(ふすま)を開けた先で、いつも通りに微笑む彼女がいた。その彼女の顔に、痣は見当たらない。
その後の新幹線では、普段の調子で前日の思い出話をしていた。普通に笑って、普通に言葉を交わしていた。
変わらぬ距離で、明るい声の彼女が笑っていた。そのまま駅で別れ、僕達は『また週明けに学校でね』と手を振りそれぞれの家へ向かった。
それが、彼女と僕が交わした最後の会話。

「どうして……」

 少しでも部屋に入るタイミングが遅ければ、部屋に入る前に確認さえすれば、彼女を傷つけることを避けられていたかもしれない。
傷を目にした時に、戸惑わず彼女を安心させられるような言葉を掛けられればよかった。器用な言葉じゃなくても、素直に、思った通りに『傷があったとしても叶愛が好きなことに変わりはない』と伝えられれば、今頃何かが変わっていたのかもしれない。
僕の勝手な決心と不器用さが、彼女を傷つけてしまった。
ほんの少し前まで知らなかった『叶愛』という存在がいない現状に、酷く胸が苦しくなる。
きっと我儘に苦しさを感じる権利なんて、僕には許されていないはずなのに。

「想」

「……神楽、どうしたの」

「このプリント、回収するから重ねて前に回してほしい」

「ごめん、全然聞いてなくて……わかった」

 授業はおろか、人の話すら頭に入ってこない。
少しでも集中を切らすと、全ての音が雑音に聞こえてしまう。そしてあの二日間を思い出して、言葉にできないほどの喜怒哀楽と、そのどれにも当てはまらない混沌とした感情に呑まれていく。
全ての瞬間に彼女がいて、どれだけ目を逸らそうとしても逸らすことはできなかった。

「想」

「どうしたの?」

「今日の放課後、何か用事入ってたりする?」

「……特に何もないよ、いつも通り帰るだけ」

「じゃあこの前一緒に行ったカフェに行かない?」

「どうして……?」

「理由なんて一つしかないだろ、楪さんのこと。ちょっと落ち着いて話す時間をつくろう、寧々も手伝いが終わり次第こっちに来れるらしいから」

「僕は大丈夫だけど……神楽、弟さん達は?」

「その時間だけ寧々のお母さんに面倒をみてもらう、親同士も仲がいいから安心して預かってもらえるよ」

「なんだか申し訳ないな……ごめんね」

「申し訳ないなんて言ってる場合じゃないだろ。楪さんはいないし、想だって顔色とか目つきとか最近様子が危ないんだよ」

「そんなことないと思うけど……」

「普段想のことをほとんど話さない寧々が何回も『心配だ』って言うくらいなんだから自覚してもらわないと困る、頼むから俺と寧々にできることは協力させてくれ」

 半ば強制的にバス停へ手を引かれ、乗車する。
乗客はいつもより少なく、妙な静けさが走っている。

「想、どうした?」

「いや……大丈夫、次の信号で一つ前の席に移動するね」

「一つ前に……どうして?」

「ちょっと風に当たりたくて、窓際に行きたくてさ」

 数日間の睡眠不足が祟ったのだろうか。乗り物酔いなどしたことのない僕が、たった数分間のバス乗車で酔った。
視界が回る、立ち上がることすら億劫な状態の意識の中で何度も彼女の影がちらつく。

ー*ー*ー*ー*ー

「寧々!遅くなってごめんな、伝えた通り想も一緒だよ」

「無事に来れてよかった、席はどこでも大丈夫だから好きなところに座って待ってて」

「わかった、寧々は明日の仕込みが終わってから?」

「うん、もう今日は店を閉めたから後少ししたら行けると思うよ」

 僕の話をするために、今日は店を貸切としたらしい。
目の前には冷たいレモン水と焼き菓子が置かれていた。普段は少し乱雑な性格の白石の気遣いに申し訳なさを感じる反面、安心感を覚えた。

「寧々が来る前に、俺にだったら話せることを話してほしいと思ってる」

「神楽になら話せること……?」

「寧々には少し遠慮しちゃうこととか、男同士だから話せることとかがあったら聴かせてほしいと思ってる」

「それで言うなら……一つ思い当たることがある」

「いくつでもいいよ、その思い当たる一つってどんなこと……?」

「神楽からみて、僕は……」

「うん」

「僕は、いい彼氏だったのかな」

 今になって、僕自身のことを『彼氏』と名乗っていいのかすらわからない。
形だけの関係だったけれど、僕は彼女のことを本当の『彼女』のように接していた。もし彼女自身が僕のことを一瞬でも本当の『彼氏』と思ってくれていたのなら、その時間の答え合わせをしたい。

「いい彼氏か……」

「神楽からみた僕でいいんだ。全て偽物だったから、この質問自体おかしいのかもしれないけどね」

「いい彼氏だったと思うよ。すごく優しくて、彼女のことが本当に大好きないい彼氏だったと思う」

「そっか……それならちょっと安心できる」

「想」

「何?」

「想が言う『いい彼氏』ってどういう彼氏なの?」

「どういう彼氏……」

「どんな条件が揃ってて『いい彼氏』ってなるの?」

「それは……相手のことを思ってて、優しくて……言葉にすることは難しいけど、神楽みたいな彼氏」

「急に褒めるなよ、照れるだろ。それにそんな虚な目で誉められても反応に困る」

「ごめん、でも本当に感覚的にはそうなんだよね。自分では僕がそうなれているのか不安でさ」

「答えがないから言い切ることは難しいけど『いい彼氏』だったと思うぞ。だって……俺も寧々もわからなかったから、想と楪さんが本当は形だけなんてわからなかった。想も楪さんもすごく楽しそうで、お互いのことが大好きなんだってすごい伝わってきてたから」

「そんなに……」

「楪さんが嘘をついてるとは思ってないけど、いまだに本当のふたりの関係の話を信じきれてない自分がいるんだ」

「混乱させてごめんね」

「そんなことはいいんだよ、それに想が楪さんのことを好きな気持ちは本当のことだと思うから」

「叶愛のことは、気づいた時には好きだったんだ」

「いつ気がついたの?」

「告白されて、最初は何も思わなかった。でも神楽に叶愛の素敵なところを話した時に気付かされたんだ、ずっと気づかないフリをしてただけなんだって」

「ちょっと遅いけど、想らしいな」

 神楽の言う通り、僕が僕自身の気持ちに気がつくまで必要以上の時間がかかった。僕の中の恐怖心を超えるまでの時間が長すぎた。
隣の席から聞こえる声も、不定期にかかってくる電話も、今思うと彼女なりの『彼女らしさ』だったのかもしれない。そんな健気さにも蓋をしてしまっていた僕自身の言動を、今更になって心底後悔している。

「想」

「何?」

「想は本当に叶愛さんのことを『大切』に思ってたんだな」

「え……?」

「だって俺が何日か学校に来なくてもここまで心配しないだろ、想がここまで気を落とすって相当のことだと思うからさ」

「傷つけたことへの罪悪感かな、ずっと重苦しい何かに刺されているみたいで」

「いいんだよ、素直に寂しいとか悲しいとか心配とか言えばいい。言ったって減るものじゃないし、それほど相手のことを思ってるって改めて確かめられるから」

「……隣をみて、叶愛がいないことはやっぱり寂しい。ちょっと前までそれが当たり前だったのに、今はそれがすごく苦しい」

 今、やっと言葉にして伝えられた気がする。
僕が本当に感じていたことは罪悪感なんて器用な言葉に収まるような感情じゃない。
僕のせいで彼女が姿を現さなくなったという申し訳なさ、それでも一度でいいから会いたいと思ってしまう我儘、隣をみた時に笑った顔の彼女がいてほしいという願い。
いくら言葉を並べても足りないほどの感情が、今の僕の中にはある。

「その気持ちを楪さんに伝えられたらいいのにな」

「まずはちゃんと謝らないといけないな、僕にそんな冷静さが残っているか怪しいけど」

「冷静さなんていらないよ、思ったことを伝えたらいい。次にまたいつ会えるかなんて誰にもわからないものだからさ」

「神楽でもそんなこと考えるの……?」

「考えるよ。確かに寧々とは毎日会って色んな話をするけどさ、いつかこういう会話もできなくなる日が来ちゃうのかなって寂しくなったりもするよ」

「そうだったんだ……」

「俺は忘れっぽいし、話したことの大半は曖昧にしか覚えられてないかもしれない。だからこそ伝えたいことをすぐに伝えたり、形に残すようにしてる」

「形に……?」

「写真とか手紙とか、ちょっと恥ずかしい時もあるけど……それもきっと幸せな証拠だからさ」

 神楽の恋愛論を真面目に聴いたことは今までなかったけれど、今の話は妙に真っ直ぐ僕の中へ響いた。
珍しく自信のない表情で、何かを躊躇いながら言葉を並べていく神楽の表情と言葉が強く胸に刺さる。

「僕がもう少し素直になれれば、何かが変わってたのかな」

「そんなことはもうわからないけど、今からでも遅くないんじゃない?」

「え……?」

「また楪さんに会えた時に、想が思っていることを全部伝えてみればいい。難しいことは考えなくていいから、その時に思ったことをそのまま言えばいいと思う」

「難しそうだね……僕にできるかな」

「旅行の時、想は何か難しいこと考えてた?」

「どういう意味?」

「水族館で水槽をみた後に発する言葉を難しく選んでた?」

「選んでない、叶愛との会話に自然に答えてた」

「そういうことだよ、寂しいでも苦しいでも嬉しいでも綺麗でもなんでもいい。その時の想が、その場で感じたことを言葉にすればいいと思う」

「もしそれでまた叶愛を傷つけてしまったら……どうすればいいのかな」

「その時はふたりで話し合えばいい、最初から全てを理解するなんて難しいから。それに本当のことすら言えないまま相手を傷つけることが、きっと一番辛いはずだから」

 『本当のことすら言えないまま相手を傷つける』その言葉がすごく痛かった。
綺麗な言葉を探そうと何も伝えられなかった僕自身をそのまま映したかのような言葉。
次に彼女と会った時は、どんな状況だったとしても彼女に真っ直ぐ僕の言葉を伝えたい。もしもその言葉に彼女が傷付いたら、神楽が言う通り二人で話し合う。
お互いの誤解を解いて、時間をかけながら、本当に伝えたかった心を交わしたい。もうこれ以上、何も知らないまま時間を過ごすようなことはしたくない。

「神楽、ありがとう」

「大したことはしてないよ、想と楪さんの距離を縮めようとしてたのは俺だからその責任をとっただけ」

「神楽」

「どうした?」

「神楽はこれから、白石とどんな時間を過ごしたい?」

「どんな時間か……難しいけど、ずっと隣で笑ってたいな。くだらない話をしながら病気もせずに『楽しいね』って言っていたい」

「素敵な時間だね」

 僕は彼女とどのような時間を過ごしたいのだろう。
まだまだ日の浅い僕と彼女は、きっと知らないことに溢れている。初歩的な自己紹介ですらギャップが生まれてしまいそうなほど僕達は未知に満ちている。

「想は」

「え?」

「想は、楪さんとどんな時間を過ごしたいの?」

「僕は……もっとお互いのことを知りたいな、そしてもっとお互いを好きになれたら嬉しい」

 今、僕の口から発された言葉は全て紛れもない本心だ。
彼女のことを知りたいということも、彼女のことを好きでいたいということも。そして欲を言うなら、僕も彼女に好きになってもらいたいということも。

「そんな希望があるなら、必ず楪さんとちゃんと話し合わないとね」

「……」

「そんなこと急に言われても怖いし困るよな……ただ今は厳しいことも言わせてほしい。これは俺のエゴだけど、想がこのまま後悔したままで終わることだけは嫌なんだ」

「神楽の優しさは伝わってる、エゴなんかじゃない」

「それは嬉しい、ただ一つ想に言える確実なことがある」

「何?」

「これはずっと想といた俺だからこそ言えること」

「神楽だから言えることって何……?」

「想は、楪さんと出逢って変わったってこと」

「この間も言ってくれたよね」

「ふとした時に感じるんだよ、変わったっていうか……人としての成長って言うのかな。俺が言えるようなことじゃないのかもしれないけどさ」

「僕も思うよ、叶愛に出逢ってから僕は変われたって」

「そうやって素直に笑ってくれる回数も増えたよな、俺は友達として嬉しいよ」

「神楽には申し訳なかったけど、僕が変われるまで友達を辞めないでくれてありがとう。改めて意識したことはなかったけどさ、神楽がいてくれて本当によかった」

「急に言われると照れるだろ、申し訳ないなんてお互い様なんだから気にするな」

「卒業しても友達でいてほしい、たまに会った時に何の躊躇もせずに手を振り合えるだけでもいいんだ」

「当たり前だろ、大人になったらその時は寧々と楪さんも連れて旅行にでも行こうよ」

 過去に囚われていた僕は今、未来の話をしている。
抱く感情の全てに希望が隠れていて、想像する未来を心から待ち望んでいる僕がいる。
そしてまだ言葉にできずに僕の中にいる何かは、想像すらできていない未来への希望なのだと思う。

「遅れちゃってごめんね……久遠君、叶愛ちゃんとは連絡取れてるの?」

「白石、疲れてるだろうに来てくれてありがとう」

「そんなのいいの、律の数少ない大切な友達なんだから見放すわけにはいかないでしょ」

「二人には本当にお世話になってばっかりだな……」

「楪さんと想がそれぞれ本当に望んだ結果になればいいよ、それがどんな結果だったとしてもな」

「私も律と同意見、二人が後悔しない結果になることが一番重要だと思うから」

「そうなれるためにも、僕がちゃんと話をしてくる。それに叶愛の気持ちもちゃんと聴きたい」

「その言葉を久遠君の口から聴けて安心した、叶愛ちゃんと会う方法って今の時点だと何があるの?」

「一番望ましいのは叶愛が学校に来る日を待つことだけど、いつになるかわからないから……連絡もずっと既読がつかなくてさ」

「既読がつかなくなったのはいつから?」

「旅行から帰ってきた日の夜からかな」

「私が最後に連絡したのは旅行の前日だから……律は最後いつ連絡した?」

「俺は連絡先持ってないよ、学校で話すだけにしてる」

「そうなると……叶愛ちゃんの安否から不安になるよね」

「僕も家まではわからないし、他に確かめる方法が思いつかなくてさ」

 連絡がつかなくなった日から毎日、朝と夜に一回ずつ僕は何の深い意味もないメッセージを送り続けている。白石が全ての教科で補習対象となったこと、神楽が調理コンテストで入賞したこと、非常勤講師が一週間の臨時担任を担当していること、図書室の本が三冊増えたこと。
くだらないような話をすることで、隣にいるような気持ちになって欲しかった。普段なら言葉にすらしないような事柄を並べていくことで日常を形にしてみたかった。

「どうにか久遠君と叶愛ちゃんがもう一回会える方法ないかな……でも既読すらつかないなら厳しいってことなのかな」

「願えば叶うのかな」

「想、今何て言った?」

「願えば叶うのかなって、不意に思ってさ」

「……そんな言葉、久遠君から聴いたことない」

「えっ」

「私は中学校から一緒だけどさ、想は何かあるといつも現実的に全部切り捨てて考えるから……今の言葉にちょっとびっくりしてさ」

「それくらい楪さんに会いたいってことなんじゃないのかな、俺は叶うと思うよ想の願いなら」

「神楽、白石」

「どうしたの?」

「叶愛に会いにいく前に、一つだけ訊きたいことがあるんだ」

 僕にとっての彼女は大切でかけがえのない人。だからこそ、その気持ちが一方的なものでないかが怖い。彼女の中に大切でかけがえのない人が他にいるのなら、僕はその気持ちを尊重したいと思う。

「彼女にとって、僕はどんな存在だと思う?」

「どんな存在……?」

「急に難しいことを言ってごめん、こんなこと僕自身で考えないといけないってわかってるけど……」

「どんな存在かは私にはわからないことだけど、叶愛ちゃんは想君のこと失いたくないって言ってたよ」

「……そうなの?」

「二人の本当の関係について相談された時に、私が叶愛ちゃんに訊いたんだ。これから先、想と一緒にいたいかどうか」

「叶愛は何て言ってたの……?」

「さっき言った通りだよ『期限を設けてしまったのは私だけど今になって後悔してる、想君と一緒にいたい、失いたくない』って」

「想はもう余計なことは考えなくていいんだよ、楪さんとちゃんと向き合って伝えてくることができればそれが正解だと思う」

 わかるはずもない。何度考えても彼女の中にある模範解答に僕が完璧に沿うことは、ほぼ不可能に近いことだと思う。ただそんな途方もないことを考えてしまうほど、僕は彼女を失いたくない。
伝えたい二文字すら伝えられぬまま最後を迎えたくなかった。

「もしかしたら楪さんは、想が生涯で好きになる唯一の人かもしれないね」

「僕もそんな気がしてる。こんなことを言ったら『愛が重い』なんて言葉で括られてしまうかもしれないけど、それくらい好きなんだと思う」

「今言ったこと、叶愛ちゃんに会った時に伝えられたらいいね」

「ちゃんと伝えないとね、仮に期限が延長されなかったとしても今はまだ叶愛の『彼氏』だから」

「たまにはかっこいいこと言うじゃん、叶愛ちゃんも惚れなおしちゃうね」

 何が彼女にとっての正解か、僕にはぼんやりとしかわかっていない。
まだ彼氏らしいことを何一つできていない僕にとってその正解を探すことは、きっとすごく時間のかかることだと思う。
ただそんな僕にも彼女を想うことだけはできる。ただ彼女を好きだと、大切だと想うこと。それが今の僕と彼女を繋ぎ止める唯一の方法なのかもしれない。

「久遠君、さっきからずっと電話鳴ってない?」

「えっ嘘……」

「……誰から?」

「……叶愛から」

 怯んでしまいそうになる僕自身の臆病さを取り払う、振動を止めスマートフォンの画面を耳元にあてる。
僕は今、二度と会えないかもしれないと思っていた彼女の名前を呼べることに言い表せないほどの喜びを感じている。

「叶愛……僕だよ」

「電話、出てくれてありがとう。少し話したいことがあるんだよね」

「話したいこと……」

「うん、だからもし想君の都合が大丈夫だったら、今から言う場所に来てほしい」

「わかった、どこに行けばいい?」

「大学病院の大通り沿いにある空き地に来てほしい」

「大学病院の大通り……わかった、すぐに向かうから待ってて」

 告げられた場所に違和感を覚える、彼女と全く関連性のない場所。
真意はわからないけれど『会わない』という選択肢は僕の中に存在しない。

「神楽、白石ありがとう。叶愛とちゃんと話をしてくる」

「想」

「ん?」

「大丈夫だから、絶対大丈夫。俺と白石はしばらくここで待ってるよ、話が終わって帰ってきたくなったらいつでも来て大丈夫だから」

「ありがとう、それじゃあいってくるね」

ー*ー*ー*ー*ー

「急に呼び出しちゃってごめんね、来てくれてありがとう」

「謝らなくていいよ、叶愛が謝ることなんて何一つないんだから」

 妙に沈んだような雰囲気と、どこか落ち着かないような彼女の様子に嫌な予感がした。

「ずっと立っているのも疲れると思うからさ、一旦座らない?」

「ありがとう想君、それなら少しゆっくり話せるね」

 彼女の指す『話したいこと』を聴くことが怖かった。
それを告げられる前に、一緒にいられる時間を一秒でも長く続けていたい。くだらなくても、意味がなくてもいい、ただ一緒に時間を過ごしたい。

「叶愛、体調はどう?体調以外でも気分とかさ」

「今はもう大丈夫だよ、来週からは学校にも普通通りに通う予定でいるんだ」

「それなら少し安心したよ、旅行にも行ったから疲れたよねって思って」

「心配かけてごめんね、想君は大丈夫?」

「僕も大丈夫、隣の席がずっと空いていたのは寂しかったけどね」

「嬉しいことを言ってくれるね、来週からは嫌でも顔を合わせなくちゃいけなくなっちゃうのに」

 逃げていても仕方がない。僕が今本当にしなければいけないことは、話を逸らすことでも時間を稼ぐことでもなくて、彼女の言葉を聴くこと。

「叶愛」

「ん?」

「電話で言ってた話したいことって何?」

「……ごめんね、すごく身勝手なことだけど伝えさせてほしいんだ」

 覚悟はできた。彼女からの言葉に、どんな言葉を返すかは数秒後の僕の気持ちに委ねることにする。

「聴かせてほしい」

「……私と、別れてほしいんだ」

「……そっか」

 五月蝿いほどの感情が生まれているはずなのに、言葉はこれしか出てこなかった。
考える。数時間後の僕が伝えそびれて後悔すること、数年後の僕が尋ねておけばよかったと今の僕を恨むことを。

「答えられる範囲でいいから理由が聴きたいな」

「理由……」

「言えないなら、言えないって教えてほしい。ただ叶愛がどうしてその答えを出したのか僕は知りたい」

「理由なんて今更言う必要もないと思うな」

「どうして?別れるっていう決断になるなら、僕は知りたいよ」

「だって私達は……」

「だって……?」

「そもそも本気じゃなかったじゃん、形だけの付き合いだったから理由なんていらないでしょ?」

 笑っている、というより口角が上がっている。それが今の彼女の表情。
無理矢理、ぎこちなくつくられた口元の曲線が苦しい。

「僕の中で叶愛はもうそんな中途半端な存在じゃないんだよ、きっと叶愛もそうなんじゃないかな」

「……」

「僕は大切な人と、理由もわからないまま離れるなんてしたくないんだ」

 言葉を選んでいるのか、伝えることを躊躇っているのか、表情で察することが珍しく難しい。
少し赤くなっている瞳と小刻みに震えている手をみて申し訳なさが積もる。

「僕が……叶愛の傷をみたから……?」

「え……?」

「頑張って隠してくれていたものを無神経に僕がみてしまったから、そう言ったの?」

「……まだ想君の質問に答えられてないけど、想君に一つ訊いてもいい?」

「いいよ」

「あの日、私の顔にある傷をみてどう思った?」

「……あの傷をみても、僕が叶愛のことを好きなことに変わりはなかった」

「気持ち悪いとか思わないの……?」

「思わない、傷があってもなくても叶愛は叶愛のままだから」

「ずっと隠したままだったこと怒ったりしないの?」

「毎日頑張って隠してたってことだと思う、それってなかなかできることじゃないからすごいと思うよ」

 今振り返ると、彼女が体育をいつも見学していたことも、持っていたポーチが白石に比べて大きかったことも、辻褄が合う。
それは全て僕に知られないために、神楽や白石に察されないように、彼女の秘密を守っていたことの証明だった。

「でも……顔に傷がある彼女は嫌でしょ?想君はまだまだこれからたくさんの素敵な人に出逢えると思う、もっと綺麗な人にだってたくさんね」

「そんなこと気にしないよ。傷があってもなくても僕には関係なくて、僕は叶愛に隣にいてほしい」

「そんなこと言ってくれるなんて、想君は優しいんだね」

「優しいなんてことはない、僕はただ本当に思ってることを言っただけで……」

「でももういいよ、もともと形だけだったんだから。私達は、終わっても続いても関係ないような距離だったってことにしようよ」

 伝えられた、ずっと喉に引っかかっていた言葉を発することができた。ただ彼女から返ってきた言葉は冷酷で、鋭いものだった。
伝えられたという達成感が積もる僕の心とは対照的な表情の彼女が何を抱えているのか、今はその全てを知りたい。

「叶愛?」

「……何?」

「僕に別れを切り出した理由は傷のことがきっかけ?」

「それもあるけど……全てがその理由かって言われるとちょっと違う」

「話してほしい、全部をちゃんと知りたいんだ」

「話したくない、傷つけたくないの」

「大丈夫だから、絶対、絶対大丈夫」

「大丈夫じゃない、これは想君を傷つけることになる」

「それでもいいから、僕に本当のことを教えてよ」

 無意識に声を荒げてしまった。
誰もいない空き地で、彼女の肩を掴みながら問い詰めてしまったことを後悔する。ただ本当に知りたかった。逃げるように『傷つける』と僕を守ろうとする彼女の手を僕は離したくなかった。

「ごめんね、でも本当に知りたいんだ」

「私が話すことが想君を傷つけることだとしても、想君は知りたいと思うの?」

「僕を傷つけることだとしても知りたい……傷ついてもいい、このまま終わることだけは嫌なんだ」

「もしもそれが想君が触れられたくないようなことだったとしても、知りたいと思える……?」

 意味深な質問に言葉が詰まる。
彼女の抱えていることを知りたいという思いが揺らぐことはないけれど、妙に慎重な口ぶりと険しい表情に頷くことを数秒躊躇ってしまう。

「知りたい、それがどんなことだったとしても」

 僕の言葉に彼女は戸惑う。
時々肌に馴染む色で隠された痣を撫でながら、深く息を吸う。正直僕も、彼女から何を告げられるのか怖い。

「久遠 類」

「……えっ」

「久遠 類さん、想君のお兄さんの名前だよね」

「そうだけど……僕、叶愛にお兄ちゃんの名前教えてことあったっけ?」

「教えてもらったことはないよ」

「……じゃあどうしてその名前を知ってるの?」

「一旦、その質問には答えないで話を進めるね」

「……わかった」

「どうして今日、私がこの空き地を話す場所として選んだと思う?」

「それは……僕にはわからない」

「十年前の夏、ここで交通事故があった」

「……それがどうかしたの?」

「逆走者の巻き込み事故。死者は二人、一人は逆走者の運転手、そしてもう一人は想君のお兄さん」

「……どうしてそのことを」

「ここまで私が話したことに間違いはないよね」

「ないけど……急に何を話しだすの、その事故がどうしたの、僕のお兄ちゃんがその事件の加害者だから別れたいって言いたいの……?」

「違う、そんなことが言いたいんじゃないよ」

「じゃあ何が言いたいの……」

「その逆走者の運転手が私のお父さんだったんだよ」

「え……」

「そしてお父さんが運転する車の助手席に当時乗っていたのが、当時八歳の私」

 彼女から告げられた秘密は、想像を遥かに超えるものだった。
僕の『知りたい』なんて言葉では片付けられないほどの事実が、彼女の中に秘められていた。

「じゃあその傷は……」

「この傷は、その事故でついたもの」

「ねぇ叶愛」

「何?」

「……僕のお兄ちゃんの事故のことを知っていたから、そのことを深く探るために僕と付き合っていたの?」

「それは違うよ」

「じゃあいつ、その事故のことを知ったの……?」

「初めて想君のお家に招いてもらった日、お兄さんの写真を見せてくれた後に想君言ったよね」

「何を……?」

「お兄さんは『事故で亡くなった』って」

「確かにそうは言ったけど……そこからどうやって結びつけたの?」

「聴いたあと、瞬間的にもしかしたらって予感がしたんだよね。詳しく尋ねた時に十年前に大学病院前で起きた事故って想君が話してくれて、そこでお父さんのことと重なったんだ」

「……そこから先は、どうやって確信したの?」

「その事故のことをインターネットで検索したの、記事に想君のお兄さんの写真が掲載されてた。想君に見せてもらった写真に写ってた顔と同じで、予想が確信に変わったの」

 十年越しに知る、新たな事故の真相。
知りたいと思っていた反面、避け続けていたことが、食い止めることのできない波のように襲ってくる。

「でも、どうして……」

「え……?」

「叶愛が僕に告白してくれたのは、お兄ちゃんの話をする前……まだ事故のことは知らないはずだよね」

「私、実は転校前の学校でいじめられてたんだよね」

「……そうだったの?」

「顔の傷のことで煙たがられてさ、誰かに優しく接してもらうことってなかったんだよね」

「……」

「だから、疑いもなく優しさをくれた想君のことが好きになっちゃったの。単純だよね、本当に」

「単純なんて言葉で無理に片付けなくていいんだよ……」

「でも傷のことを知られちゃったら嫌われるって怖くなって、あんな卑怯な告白をしちゃった……本当にごめんなさい」

「そんな謝らなくていいよ……僕も嬉しかったから」

「想君ならきっとそう言うと思った、でも事故のことを知ってちゃんと離れる決心がついたんだよね」

「決心……」

「全て知られないまま、終わろうって私自身の中で整理ができたんだ」

 彼女の口から初めて告げられた、あの日の言葉の真理。
その全ては、形の違う優しさでできていた。

「想君」

「……何?」

「もう時間を巻き戻すことはできないからこそ言わせてほしい。本当に、申し訳ありませんでした。お兄さんのことも、想君のことも、ご家族のことも」

「どうして叶愛が……」

 彼女は頭を深く下げたまま動かない。
どれだけ肩をさすっても、名前を呼んでも彼女は首を横に振ったまま謝罪の言葉を続ける。

「あの時、お父さんが逆走したのは……きっと私のせいだから」

「そんなことは背負わなくていい、だから話を聴かせてくれないかな」

「あの日、大学病院に入院していたお母さんの容態が急変したの」

 彼女の母は幼い頃から難病を患っていたらしい。成人することも難しいと告げられていた彼女の母親は、奇跡的に彼女を授かり闘病を続けながら彼女を育てた。
ただ彼女が小学校に入学する頃、病気が進行し再入院。それから何度も手術を繰り返し、何とか命を繋ぎ止めていたらしい。

「お母さんは、いつ息が止まってもおかしくないような状態だったんだ」

「そうだったんだ……」

「私はまだ幼かったから詳しくは理解できていなかったけど、一緒にいられる時間が長くないことは何となく察してた」

「……」

「そんな中でお母さんが、最後の手術を受けることが決まったの。体力的にもこれが最後の手術になるだろうって」

「その手術が、事故の起きる三日前……」

「二日間眠ったままで、目を覚ましたっていう連絡のすぐ後にお母さんが危篤だっていう連絡が来たんだよね」

「そんな……」

「その時に私がお父さんを急かしちゃったんだ、早く行かないとお母さんに会えなくなるって」

「でもそれは悪いことじゃないよ、誰だって大切な人が危ない状態だったら焦るだろうし……ましてや小学生なんてまだ小さいから仕方ないよ」

「だからお父さんはいつもと違う道を走ったんだ『こっちの方が早く着くはずだ』って」

「……」

「角を曲がって少し走り始めた後に、正しい進行方向に逆らって車が進んでることに気づいたの」

「それで逆走に……?」

「故意じゃないことは確かなんだよね、でも引き返そうと思った頃にはもう遅くて……」

 彼女からの真実を聴いて、一つわかったことがある。
僕の兄と、彼女の父親の息が止まったあの事故はこの世の不運が全て重なったような事故だったということ。
誰を責めることも気が引けるような事故、不慮の事故という言葉の意味をそのまま表したかのような残酷。
それが、十年前のあの日。

「だから、このことを想君が知る前に私が先に離れようと思ったの。これ以上傷つけたくなかったから」

「……話してくれて、ありがとう」

「お礼を言われるようなことは何もできてないよ」

 誰にも尋ねることができずにいたことが、彼女の言葉によって明らかになった。
彼女は僕よりも遥かに重い(おもり)を、あの日から背負い続けてきた。彼女自身も傷を負いながら、その傷を隠し償い続けてきた彼女を抱きしめる。

「想君……?」

「ごめんね、ずっと気づけなかったからこんな形になっちゃた……もっとちゃんと叶愛のことを僕がみていれば気づけたことなのかもしれないのに」

「いいんだよ、私が隠してたことに気づかないでいてくれたことが私にとってはすごく救いになっていたから」

「救い……?」

「私が高校三年生になったばっかりの時に、前に通っていた学校で事故のことがバレちゃったんだ」

「それがさっき話してくれた転校前の学校でのこと……?」

「そうだよ、バレてからはずっと腫れ物扱いだった。先生達は妙に優しく接してくるし、揶揄ったり、犯人の娘だって後ろ指を刺してくるクラスメイトもすごく多くてね。お父さんもお母さんもいないから、これ以上波風を立てないように、いつも学校行事は欠席だった」

「……」

「だから誰も、私のことを知らないところを選んだの。私の過去も秘密も、何も知らない人に囲まれたら『普通』になれると思ったから」

「そうだったんだ……」

「でもやっぱり普通にはなれなくてね、高校三年生の夏に転校してくるなんて裏があるって疑われることも多くてさ」

「……うん」

「さっきは『優しさをくれた』って言ったけど、想君はいい意味で私に無関心だったのかもしれない」

「無関心?」

「話しかけても興味がなさそうで、一度言った名前も初めてかのように訊いてくる想君に惹かれたんだよね。干渉されていないような気がしてさ」

「僕はそのこと、すごく反省してるんだけど……」

「興味なんてなさそうなのに、邪険にせずに接してくれたから。気づいたら好きになってたんだよね、初めて人のことを好きになったの」

「そうだったんだ……」

「ずっと怖かった。両親を失って唯一近くにいる親戚からは『可哀想な子』っていうレッテルが貼られて、誰も私自身をみてくれていないような気がして、かけられる言葉が全部嘘のように感じちゃってさ。怖かったし、寂しかった」

「……」

「誰かを信じることなんてできなかったし、信じた後に本当の私を知って離れていかれることが怖くて」

 彼女が秘密にしていただけで、僕の本心と彼女の本心が恐ろしいほど似ているということを今初めて知った。
明るくて、少し抜けていて、笑顔の素敵な彼女の内側に僕と似たような影が住み着いていることを、不謹慎だけれど少し幸せと感じてしまう。

「僕もだよ」

「え……?」

「僕も、誰かを信じたり好きだと思ったり『大切』だと認めることが怖かったんだ」

「そうなの……?」

「僕は生まれつき心臓が悪くて中学校までは、ほとんどの時間を病院で過ごしてきたんだよ」

「……じゃああの時プールを見学してたのも」

「よく覚えてくれてたね、そういうことだよ」

「……」

「だから友達もいなくて、唯一話せる存在がお兄ちゃんだったんだよね」

「……そうだったんだ」

「だからこそ亡くした時のショックは大きくてさ、全てを失ったみたいな感覚。その事故が原因でお父さんもお母さんも別人みたいに変わっちゃってさ」

「想君の人生も事故で変わっちゃったところ、きっと大きいよね……」

「『大切』って言葉が怖かったんだ、その存在がなくなってしまった時の穴がどうしても埋まらないことを知っちゃってから」

 生まれて初めて、僕の本当のことを話している。
怖い、ただそんな気持ちよりも伝えたいが先行している。心の奥底に眠り続けていた感情を全て言葉にしたい。
それで嫌われてしまったとしても未練はない、今はただ僕の中の秘密を全て明かしていきたい。

「でも、叶愛と一緒に過ごす時間を重ねていく度にその怖さを超えて、叶愛と一緒にいたいと思うようになったんだ」

「想君……」

「だから夏祭りでの告白は、寂しかったけどそれ以上に嬉しかった。当時は素直に言えなかったけど、ありがとう」

「夏祭りの告白、さっきも言っちゃったけど、素直に言えなくてごめんね」

「大丈夫だよ。ただ一つだけ教えてほしいことがあるんだけど、訊いてもいいかな」

「……何?」

「計り知れないくらいの躊躇いがあった中で、叶愛が僕に気持ちを伝えてくれたのはどうして?」

「それが、私のお母さんの最期の教えだったから」

「……最期の教え?」

「お母さんは私宛てに一通の手紙を書き遺していったの、その最後に書いてあったんだ」

「何て書いてあったの……?」

「『大切な人の隣にいつまでいられるかなんてわからない、だから後悔のないように想いを伝えなさい』って」

 彼女の頬には静かに滴が伝っている。
それでも拭うことをせず、懸命に僕の目をみて話を続ける。不規則な呼吸で苦しそうに息を吸いながら、想いを届ける。

「でも……そんな言葉を遺してもらったのに私は」

「うん」

「あんなに卑怯な告白をした」

「卑怯なんかじゃないよ、言ってくれたでしょ?叶愛はちゃんと本当の想いも、僕に話してくれてたよ」

「そうだけど……私はすごくあの日の言葉を反省してる」

「反省……?」

「ただ好きってまっすぐに伝えていればよかったって、ずっと後悔と反省を繰り返してる」

「そうだったんだ……気づけなくてごめんね」

「だから私決めたんだ」

「決めた……?」

「もう心に嘘をつくことは辞める、隠しごとも抱えたくない。全てを明かすことはやっぱり怖いこともあるけど、想君にはそれすら知ってほしいって思えたから」

「叶愛……」

 僕達の距離を遠ざけていたものは、お互いを守るための秘密だった。
傷つけないために、察されないために隠し通してきた秘密。ただ、その秘密を知った今僕達はよりお互いを愛せる準備ができた気がする。
過去を変えることはできないし、傷を消すことも僕と彼女にはできない。ただそれを超えるくらいの幸せを未来でつくることは僕達次第だと思う。

「叶愛」

「どうしたの?」

「やっぱり僕達別れよう」

「え……」

「もう『形だけの恋人』なんて辞めようよ」

 次に彼女へ好きを伝えるときは、本当の僕として伝えたい。
開き直ったわけでも、無かったことにするわけでもない。全てを抱えて背負ったまま僕は僕の、彼女は彼女の人生を命が尽きるまで生き続ける。
だからその中で、新しい僕と彼女が存在しなかった『愛』を育てていきたい。

「叶愛」

「うん」

「僕の彼女に、かけがえのない大切な存在になってください」

「想君」

「うん」

「隣でずっと笑わせてね、好きでいさせてね」