「いったい、どういうこと……?」

 その日の夜、私は二日続けて真夜中のお散歩に繰り出していた。

「意味わかんない。知らないふり、してるのかな」

 いつもなら無言で歩き続けるのに、今はいやに口の弁が緩かった。頭の中で処理しきれない感情が、次から次へとこぼれ落ちてくる。

「なんでそんなこと、って、クラスメイトがいるからか」

 あのあと。小鳥遊くんの、「なに訳のわからないこと言ってんだ、こいつ。頭大丈夫か?」と言いたげな視線から逃げるように、私はダッシュで教室を後にした。
 それからは、一日中小鳥遊くんのことを避けた。避けた、といっても彼は至っていつも通りで、べつに私に話しかけようとしていたわけではないだろうけど。

 一応の理由は想像できる。
 あの時、クラスにはまだ数人ほど人がいた。それに、真夜中の公園じゃなくて真昼の学校だ。当然、警戒心は強くなるし、思わず否定してしまうのもわかる。というか、きっと私でも同じことをしていただろう。寝不足だったし、どうやら正常な判断ができなくなってしまっていたらしい。小鳥遊くんには、申し訳ないことをした。
 ただ、ひとつ気にかかるとすれば、彼の反応だった。あれは、本当に何のことかわからないといった感じだった。演技だとすれば、きっと役者になれると思う。

「でも、ちょっとショックだったな……」

 口にしてから、ハッとした。慌てて首を振って思考を掻き消す。
 違う。
 違う違う。これは、そんなんじゃない。
 余計な感情も含めて頭の中を再度整理していると、いつの間にか私は昨日の公園に来ていた。相変わらず街灯がぽつぽつとあるばかりで、人の気配はない。
 もしかしたら、と思っていた。
 もしかしたら、ここに来れば今日も彼に会えるんじゃないか。昼間のことも含めて、改めて謝罪とお礼を言えるんじゃないか。そう、思っていた。
 けれど、今日は誰もいなかった。昼の陽気とは打って変わった冷気が、ちくちくと肌を刺激してくる。昨日と違って、今日はベンチでぼんやりもできなさそうだった。

「帰るか」

 諦めて、私は帰ろうと踵を返した。

「雪城さん、こんばんは!」

「ほわぁっ!?」

 変な声が出た。続けて、2、3歩後ずさる。
 バクバクと激しく鼓動を打つ胸を押さえつつ見上げると、昨日と変わらない笑みを浮かべた彼が立っていた。

「た、小鳥遊、くん……」

「あは、あははっ! ほわぁって、ナイスリアクションだったよ、雪城」

 前言撤回。昨日と変わらないんじゃなくて、意地悪なタイプの笑みだ。

「……何してるの?」

「あれ。雪城、もしかしなくても怒ってる?」

「……」

 当たり前だ。昼間、というか今日一日どれだけ思考を巡らせたと思っているのか。
 無言を肯定と受け取ったのか、目の前の小鳥遊くんはそれとわかるほどに慌て始めた。

「ご、ごめん! 怒らせるつもりは全然なくて! ただ、ちょーっと驚かせようかなって。その、悪戯心というか、出来心があったわけで……」

「……」

「はい、すみません。反省してます。ごめんなさい」

「……はあ、もういいよ」

 なんだか、あんなにいろいろと考えていたのがバカらしくなってきた。これで、昨日のお礼と昼間の謝罪はチャラにしてもらおう。
 ただ、それとはべつに、ひとつだけどうしても確認したいことがあった。

「それより、さ。あなたは本当に、小鳥遊涼くん、なんだよね?」

「え、そうだけど。なにその質問」

「いや、だって、今日の一限のあと……」

 思い出して、声がしぼむ。どうやら、あの出来事は想像以上にショックだったらしい。

「あ、あーっ! ご、ごめん! あれは、その、なんというか……」

「ううん、大丈夫」

 再び慌て出す小鳥遊くんを、私は手を振って制す。あれは私も配慮が足りなかった。

「その、私もごめんね。いつも話してるわけじゃないのに、いきなり話しかけて。今思えば、言い方も誤解されそうな感じだったし……」

「いやいやいやいやいや!」

「慌てすぎだよ……ふふっ」

 気怠そうに授業を受けている普段からは想像できない慌てぶりに、思わず笑みが溢れた。可笑しい。

「おっ、やっと笑ったね」

「え?」

「昨日から、全然笑わないなーって思ってさ。雪城は、もっと笑ったほうがいいよ」

「え、え?」

 今度は私が慌てる番だった。まさか、そんなことを言われるなんて。

「それとさ、クラスだとなかなか素直になれないけど、できれば普通に話しかけてもらえると嬉しい」

「え、えぇっ!?」

「だから慌てすぎだって。あはははっ!」

 真っ暗な寒空に、明るい笑い声が響き渡った。