【原文】

大事を思ひ立たん人は、去り難く、心にかゝらん事の本意を遂げずして、さながら捨つべきなり。「しばし。この事果てて」、「同じくは、かの事沙汰しおきて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらん。行末難なくしたゝめまうけて」、「年来もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物騒がしからぬやうに」など思はんには、え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず。おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期は過ぐめる。
 近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ。身を助けんとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて遁れ去るぞかし。命は人を待つものかは。無常の来る事は、水火の攻むるよりも速かに、遁れ難きものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨て難しとて捨てざらんや。


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【現代版訳】

 ――教室、授業中。

「草野、おまえまた宿題忘れたんだって!? 今週で何度目だ? ちゃんと反省してるのか!?」
「先生! 私は先生に言いたいことがあります!」
「なんだ?」
「昨日の夜、実はうちの家が火事になりまして」
「な、なんだって!? 大丈夫だったのか!?」
「身ひとつで家を出たので。でも、急いでたから部屋の中に私の大切なものや大切な宿題を置き去りにしたままで……」
「いや、宿題なんてどうだっていい! 草野が無事だったならそれでいいんだ! 頭ごなしに怒鳴って悪かったな」
「いえ、いいんです。でも私、燃え上がる炎の前では、宿題なんてどうだっていいんだって気付きました……。火の手は荷造りなんて待ってくれませんからね!」
「先生、騙されないでください。リリカの家うちの向かいですけど、火事になんてなってないし、コイツただ宿題やってこなかっただけですから」
「草野、あとで職員室に来い」
「…………チェッ」

 ※たとえばもし今、隣の家から突然火が出たら、どうしますか。