「…藍詩さん、大丈夫?」
「あっ…。大丈夫です」
一瞬、あの日のことが今起こっているかのように、強烈に思い出してしまった。
本当は、全然大丈夫じゃない。
「…僕も、よければ話聞かせてください」
とても長い間黙ってしまった。
グルグルと、あの日言いたかった言葉やあの日伝えたかった感情が思考を走り回る。
脳はフラッシュバックの準備が完了しているようだ。
「…話、もう言うしかないじゃないですか」
これが、私に光をくれるのなら。
私は、手を強く握って、あの日のことを打ち明けた。

…藍詩、十歳。
頭はいい方で、スポーツも得意な私は、いわゆる「優等生」という人種であった。
人に対して思いやりを持ち、いつも誰かが一人で負担しないように、常に周りに気を配る。
そんな小学生とは思えないほどの気遣いの仕方で、誰からも信用されているような存在だった。
私は、人から頼られることも嬉しくて、それで誰かが笑顔になる瞬間を見られることに幸福感を抱いていた。
そのような平凡な日常に、小学四年生に進級して間もない頃、異変は起きた。
私の小学校では、四年生からは、学期ごとにクラスで男女二人が学級委員とならなければいけない決まりがあった。
担任からその話をされると、クラスのみんなは「めんどくせー」「そんなんいらないだろ」と、いかにもやりたくなさそうな顔をした。
確かに、先生の手伝いやクラスのまとめ役を務めなければいけないなんて、小学四年生にとってはめんどくさくてたまらないだろう。
けれど、私は少しだけ興味があったのだ。人の役に立てる、と。
それで、みんなの推薦と立候補により、真面目な男子と共に一学期の学級委員となった。
やはり仕事をこなせる達成感というのは大きかった。自分がどれだけ嫌な仕事でも、それに値するものが返ってくるのだ。
学級委員になって、ちょうど一か月が経った頃だろうか。
みんなの言葉の重みがなくなってきたように感じた。
確かに嬉しい言葉をもらっているのだが、中身が空洞で、なんとも違和感があるようだった。
その言葉をぺたぺた貼り付けた布で包んでいるだけで、中には何も無いような。
一学期は、それを不思議に思っていた。
二学期になり、私は一旦立候補を控えた。そして、女子たちは話し合いで決めることになったので、廊下へ出た。
すると、女子たちがひそひそと何かをぼやくようにしていた。
それが気持ち悪くて、私は今にも「何?はっきり言って、聞こえないよ」と言ってしまいそうだった。
ついに、一人の女子が聞こえる声量で言ったのだ。
「…藍詩とか、いいんじゃない?」
そう言うと、みんな似たような呟きをし始めた。
「…藍詩、向いてると思うよ。一学期もやってたし」
「確かに。私も藍詩ちゃんがいいと思う」
「藍詩はなんでもできるもんね」
…それ、本当に思ってるのかな。
「…なんで?二回目だよ、私…。み、みんなもやってみればいいじゃん。楽しいよ」
そんな私の意見に、すかさず反論を入れるのだ。
「いや、私たち自信ないもん…」
「藍詩ちゃんは、前回もやってて慣れてるでしょ?だからいいかなぁって」
私はそこで、これが心が痛むということなのかと知った。
皮肉が混じった、何目的なのかわからない言葉。そこで、気づいてしまった。
みんな、私に押しつけてきてるんだ。
自分がやりたくないから。大変な思いをしたくないから。めんどくさいから。
だから、都合のいい藍詩なら、って。