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変な女、それがその子に抱いた第一印象だった。
ある日の朝、周りに人がいないのを確認すれば、読みかけの本を手にそっと屋敷を抜け出した。
生まれた時から置かれた自分の立ち位置とそれに準ずる相応しい居場所はまるでここであるとでも言うように。
ただ仕切られた部屋の中、一人静かに過ごす日々だけが続いた。
親はいるだろうが碌に会ったことはない。
物心ついた時から母親はおらず、狭い座敷牢の中、半ば軟禁生活を強いられてきた。
四方の格子をびっしりと覆う複数の呪符。
施錠された頑丈な扉とかかる鍵。
成長するにつれて覚える違和感も、特別な血を宿すという自分の存在は、限られた日だけを除いて安易に外へ出ることが許されなかった。
誰も助けてくれる者もいない。
それでも時間通りにやって来る使用人。
嫌に畏まり、恐縮な態度で媚びへつらう態度には格子内から見ていて実に恐怖を覚えた。言うこと全てにことを進める姿に、自分が偉い立場にあることを知った。
気味が悪くて仕方なかった。
それらが向ける自分への眼差しにいつの日か諦めを覚えた。何が正解かも分からず、気づいた時にはもうどうでもよくなっていたのだ。
でもそんな時、僕は本に出会った。
厳重な監視下の元で日々勉学に励む中、ある一人の使用人が暇つぶしに持って来た本を手に取れば今までにない感情に心揺さぶられた。
外の世界を初めて知ったその日から、ひっきりなしに本を読み漁る日々が続いた。
知識も教養も本であらかた理解することができる。
元々、地頭は良い方で一回見れば大抵のことが習得できた。
そうして辿り着いた封鬼という存在。
言わずもがなその正体を確かめるかのごとく、伝手を渡っては人を利用し情報をかき集めた。
そうして外の世界を知れば知るほど、自分の存在に終始点を打つかのように屋敷を抜け出せば都でも有名な図書館へと入り浸った。
「いい加減にしなさいよ!!」
いつものように本を選び、涼しい木の上で昼寝をしていれば聞こえてきたのは怒鳴り声。
チラリと目をやればなにやら揉め事の真っ最中。
喧嘩なんて初めて見たがこれが俗に言う不快感という感情だろうか。
せっかくの昼寝を妨害されれば自然と機嫌も悪くなるようで、追い払うかのように冷たい視線で女を睨めば子供呼ばわりされる始末。
「ありがとう…」
そうお礼を言う彼女はどこかホッとした様子だった。
「別に…昼寝の邪魔だっただけだから」
お礼を言われたのは生まれて初めてのことだったため内心驚いてしまう。
それから彼女とは図書館まで行くこととなったが、他人と話すことなんて普段しない自分には特に話すこともなかった。そんな中、不慣れではありつつも、必死に自分へと話を振る彼女の姿が少し印象的だった。
変な女。
でもまあ、、悪くはないのかも。
ーーグプス、グプス!!大変だよ~~!!
ボーっとさっきまでの出来事を考える僕の元へアヅチが勢いよく駆け込む。
「何?そんなに慌てて。っていうか彼女はどうしたの?僕もう結構待ってたんだけど」
焦ったようにグプスの元へとやって来たアヅチとは反面、随分と長い間ここにいたのか何処か待ちくたびれた様子のグプスはテレパシーを送ればアヅチの感情を読み取る。
ーーそれが時雨がいなくなっちゃったんだ!!
「いない?ずっと一緒だったんでしょ?」
アヅチの言葉にグプスはピクリと眉を動かした。
ーーそれが…急に光が現れて、時雨ごと何処かに攫っちゃったんだ!アイツの仕業だよ!!
「…アイツ?」
アヅチは真っ赤な色でメラメラと怒ったように灯ればさっきまでの出来事を話した。
「…ふ~ん、で、消えたと」
全てを聞き終えたグプスは何処かめんどくさそうに顔を歪めた。はあと溜息をもらせば「行くよ」と図書館を後に外に出る。
ーーグプス、時雨は人間なんだ!!鬼頭家の花嫁なんだよ!!
ずんずんと黙ったまま歩くグプスをアヅチは後ろから追いかけた。
ーー彼女は鬼神の、鬼頭白夜の花嫁なんだ
「うん、知ってる。何となくだけどそんな感じはしてたし」
ーーだったら直ぐにでも鬼頭家に知らせないと!時雨が攫われたって!
「…え、それ僕がやるの?」
げんなりとした顔でグプスは盛大に顔を歪ませればアヅチを見つめた。厄介ごとには関わりたくないのか心底迷惑そうだ。
ーーグプスの他に誰がいるの⁈時雨が攫われたんだよ?グプスは時雨と会えなくなっちゃってもいいの??
「会えないもなにも。僕、鬼頭家の連中は嫌いなんだ」
そもそも僕が助ける義理ないし…と渋る様子の彼にアヅチはパチパチと火花を飛ばした。
ーーまたそんなこと言って。鬼頭家が嫌いなことと時雨は関係ないだろ!それとも何?君は自分の尊厳の為なら友達の一人も守れない…
「ああもう、分かった分かった!言えばいいんだろう⁈…全くなんでこうなるかな」
グプスは声を張り上げれば、今日一番の大きな溜息をついた。これはまた面倒くさいことになったなと、急かすアヅチに続いて通りの中を進んでいった。
変な女、それがその子に抱いた第一印象だった。
ある日の朝、周りに人がいないのを確認すれば、読みかけの本を手にそっと屋敷を抜け出した。
生まれた時から置かれた自分の立ち位置とそれに準ずる相応しい居場所はまるでここであるとでも言うように。
ただ仕切られた部屋の中、一人静かに過ごす日々だけが続いた。
親はいるだろうが碌に会ったことはない。
物心ついた時から母親はおらず、狭い座敷牢の中、半ば軟禁生活を強いられてきた。
四方の格子をびっしりと覆う複数の呪符。
施錠された頑丈な扉とかかる鍵。
成長するにつれて覚える違和感も、特別な血を宿すという自分の存在は、限られた日だけを除いて安易に外へ出ることが許されなかった。
誰も助けてくれる者もいない。
それでも時間通りにやって来る使用人。
嫌に畏まり、恐縮な態度で媚びへつらう態度には格子内から見ていて実に恐怖を覚えた。言うこと全てにことを進める姿に、自分が偉い立場にあることを知った。
気味が悪くて仕方なかった。
それらが向ける自分への眼差しにいつの日か諦めを覚えた。何が正解かも分からず、気づいた時にはもうどうでもよくなっていたのだ。
でもそんな時、僕は本に出会った。
厳重な監視下の元で日々勉学に励む中、ある一人の使用人が暇つぶしに持って来た本を手に取れば今までにない感情に心揺さぶられた。
外の世界を初めて知ったその日から、ひっきりなしに本を読み漁る日々が続いた。
知識も教養も本であらかた理解することができる。
元々、地頭は良い方で一回見れば大抵のことが習得できた。
そうして辿り着いた封鬼という存在。
言わずもがなその正体を確かめるかのごとく、伝手を渡っては人を利用し情報をかき集めた。
そうして外の世界を知れば知るほど、自分の存在に終始点を打つかのように屋敷を抜け出せば都でも有名な図書館へと入り浸った。
「いい加減にしなさいよ!!」
いつものように本を選び、涼しい木の上で昼寝をしていれば聞こえてきたのは怒鳴り声。
チラリと目をやればなにやら揉め事の真っ最中。
喧嘩なんて初めて見たがこれが俗に言う不快感という感情だろうか。
せっかくの昼寝を妨害されれば自然と機嫌も悪くなるようで、追い払うかのように冷たい視線で女を睨めば子供呼ばわりされる始末。
「ありがとう…」
そうお礼を言う彼女はどこかホッとした様子だった。
「別に…昼寝の邪魔だっただけだから」
お礼を言われたのは生まれて初めてのことだったため内心驚いてしまう。
それから彼女とは図書館まで行くこととなったが、他人と話すことなんて普段しない自分には特に話すこともなかった。そんな中、不慣れではありつつも、必死に自分へと話を振る彼女の姿が少し印象的だった。
変な女。
でもまあ、、悪くはないのかも。
ーーグプス、グプス!!大変だよ~~!!
ボーっとさっきまでの出来事を考える僕の元へアヅチが勢いよく駆け込む。
「何?そんなに慌てて。っていうか彼女はどうしたの?僕もう結構待ってたんだけど」
焦ったようにグプスの元へとやって来たアヅチとは反面、随分と長い間ここにいたのか何処か待ちくたびれた様子のグプスはテレパシーを送ればアヅチの感情を読み取る。
ーーそれが時雨がいなくなっちゃったんだ!!
「いない?ずっと一緒だったんでしょ?」
アヅチの言葉にグプスはピクリと眉を動かした。
ーーそれが…急に光が現れて、時雨ごと何処かに攫っちゃったんだ!アイツの仕業だよ!!
「…アイツ?」
アヅチは真っ赤な色でメラメラと怒ったように灯ればさっきまでの出来事を話した。
「…ふ~ん、で、消えたと」
全てを聞き終えたグプスは何処かめんどくさそうに顔を歪めた。はあと溜息をもらせば「行くよ」と図書館を後に外に出る。
ーーグプス、時雨は人間なんだ!!鬼頭家の花嫁なんだよ!!
ずんずんと黙ったまま歩くグプスをアヅチは後ろから追いかけた。
ーー彼女は鬼神の、鬼頭白夜の花嫁なんだ
「うん、知ってる。何となくだけどそんな感じはしてたし」
ーーだったら直ぐにでも鬼頭家に知らせないと!時雨が攫われたって!
「…え、それ僕がやるの?」
げんなりとした顔でグプスは盛大に顔を歪ませればアヅチを見つめた。厄介ごとには関わりたくないのか心底迷惑そうだ。
ーーグプスの他に誰がいるの⁈時雨が攫われたんだよ?グプスは時雨と会えなくなっちゃってもいいの??
「会えないもなにも。僕、鬼頭家の連中は嫌いなんだ」
そもそも僕が助ける義理ないし…と渋る様子の彼にアヅチはパチパチと火花を飛ばした。
ーーまたそんなこと言って。鬼頭家が嫌いなことと時雨は関係ないだろ!それとも何?君は自分の尊厳の為なら友達の一人も守れない…
「ああもう、分かった分かった!言えばいいんだろう⁈…全くなんでこうなるかな」
グプスは声を張り上げれば、今日一番の大きな溜息をついた。これはまた面倒くさいことになったなと、急かすアヅチに続いて通りの中を進んでいった。