嫁いだ身とは言え、それは望まない結果となる。
加えて生まれるのは自分の血が半分混ざる半妖の子供。
忌み嫌う妖への不快感。
彼女達、術師に不服を与える材料としてはそれだけで十分だ。
「本来、妖が鬼頭家に嫁ぐにはそれに見合う高い妖力が必須。父は直ぐに数ある分家の中から自身の側室を探し始めた」
「それがご当主様のお母様だったというわけですね」
「ああ。だが不運にも母は強い妖力を持つ代わりに、心臓には生まれつき重い持病を患っていた。例え妖力は強くとて生まれる子供にそれが遺伝した時を考えれば側室には出来ぬと周りはこれに強く反対した。だが父は聞かなかったのだ」
「と、言いますと?」
「父は母を昔からずっと愛していたのだ。だが今後の立場を考えれば自分には花嫁を術家から娶り、邪気への体制が効く子を成さねばならない義務があった。だからこそ母の存在を一度は諦めたという」
鬼頭家当主としての役目を果たすためにも術師の花嫁と結婚をした。
でもそれは決して良い未来にはならなかった。
花嫁は当主を拒み、当主もそんな花嫁に子供を作らせるための無理強いはできなかったのだろう。
だがよく考えてみれば、それはまたとないチャンスだったのではないか。
「妖家の当主は術家の花嫁とのみ、子供を作ることが原則として許されている。強い妖同士が結婚した場合、産まれる子供は高確率で強く邪悪な邪気を生み出すとされ危険視されているからだ。それが妖家の者同士なら尚のこと。父はどんな理由があれ、正妻との間に子を作らねばならなかったのだ」
「…」
「だが父はそれを破り、正妻との間に子を成さぬままほどなくして正妻は邪気にあてられ死んだ。そうして父へと残されたのは、持病により死んだ愛する女の残した、同じくその持病を体へと宿し生まれた私だけだった」
私はそんなご当主様の話に黙って耳を傾けていた。
こうしてご当主様の話を聞ける機会ももう残り僅かなはずだから。
聞けるうちに少しでも多くの話を聞いておけるように。
自分には何もできないかもしれない。
それでも話を聞くことぐらいはできる。
相手の心情を知り、その理解者となりたかった。
「では、ご当主様が術師を花嫁に迎い入れなかった理由にも、お父様の存在が大きく影響しているということでしょうか?」
「それも一理あるがな。だがなにより…」
「?」
深夜は縁側から視線を時雨へと戻した。
赤い瞳は優しさを含ませるとキラリと輝いていた。
「例え規約に反したとて、望まぬ結婚など互いにするべきじゃなかろ?妖にも心はある。持病持ちと卑下され、それに固執し術師を娶ったとて無意味」
「ご当主様…」
「相手は妖でも唯一自分が愛した女だ。守りたいもの一つ守れず、それに何の意味がある。プライドとはまた違う。自分の守りたいものは自分が決めるものだからな」
な、なんか…カッコよすぎない?
普段は温厚な性格が顔からあふれ出ているせいか、いまいち感情は読み取れない。敢えてそれを悟られないようヘラヘラしているようにも見えるのに。
誰にでも気さくに話している姿が印象に残るせいか、怒っても怖い要素はゼロに近かった。
流石にさっきのにはビビッてしまったが。
だが裏ではこんなにも真剣に物事と向き合っていただなんて。初め知った彼の一面には驚かされてばかりだ。
「花嫁は信頼できる分家へ送った。こればかりは花嫁には申し訳ないがな。それでもこの世界で生きるため、安心してその身を預けられる者の側にいた方がまだ安心じゃて。結婚後、アイツには無理も多くさせた。白夜の存在は中でも負担が大きすぎたのだ」
「え??」
白夜様が?
あ、そう言えば、白夜様のお母様は彼が生まれてすぐ亡くなられたと。
「母体が宿したのは過去、もっとも恐れられた白鬼の妖だった。残酷なことに白鬼をこの世に戻すためには、それと引き換えに母体の妖力と活力の全てを引き渡さねばならなかったのだ」
「で、では…白夜様のお母様が生まれて直ぐ亡くなられたのは」
「アイツは選ばねばならなかったのだ。鬼神を今世に残すか、それとも私との余生を生き抜くか。だが迷うことなく、アイツは前者を選んだ。未来ある隠世のために。それはアイツなりの私への恩返しだったのだろう」
あの日、白夜様は母親の存在を何も知らないと言っていた。だが今までその理由を聞かされていなかった原因はこれだ。
ご当主様からすれば、両世界が定めた契約に反してまで自分は愛する人との未来を選んだ。
結果、自分達の間に生まれた子供が過去に偉業を成し遂げた白鬼の生まれ変わりだと知り、この世に産み落とすためにはそれなりの対価が必要だった。
それが例え母体の命だったとしても。
自分が生まれた代わりに命を引き換えに母親が死んだだなんて。口が裂けても彼本人には話せないのだ。
「…ご当主様は後悔していませんか?」
加えて生まれるのは自分の血が半分混ざる半妖の子供。
忌み嫌う妖への不快感。
彼女達、術師に不服を与える材料としてはそれだけで十分だ。
「本来、妖が鬼頭家に嫁ぐにはそれに見合う高い妖力が必須。父は直ぐに数ある分家の中から自身の側室を探し始めた」
「それがご当主様のお母様だったというわけですね」
「ああ。だが不運にも母は強い妖力を持つ代わりに、心臓には生まれつき重い持病を患っていた。例え妖力は強くとて生まれる子供にそれが遺伝した時を考えれば側室には出来ぬと周りはこれに強く反対した。だが父は聞かなかったのだ」
「と、言いますと?」
「父は母を昔からずっと愛していたのだ。だが今後の立場を考えれば自分には花嫁を術家から娶り、邪気への体制が効く子を成さねばならない義務があった。だからこそ母の存在を一度は諦めたという」
鬼頭家当主としての役目を果たすためにも術師の花嫁と結婚をした。
でもそれは決して良い未来にはならなかった。
花嫁は当主を拒み、当主もそんな花嫁に子供を作らせるための無理強いはできなかったのだろう。
だがよく考えてみれば、それはまたとないチャンスだったのではないか。
「妖家の当主は術家の花嫁とのみ、子供を作ることが原則として許されている。強い妖同士が結婚した場合、産まれる子供は高確率で強く邪悪な邪気を生み出すとされ危険視されているからだ。それが妖家の者同士なら尚のこと。父はどんな理由があれ、正妻との間に子を作らねばならなかったのだ」
「…」
「だが父はそれを破り、正妻との間に子を成さぬままほどなくして正妻は邪気にあてられ死んだ。そうして父へと残されたのは、持病により死んだ愛する女の残した、同じくその持病を体へと宿し生まれた私だけだった」
私はそんなご当主様の話に黙って耳を傾けていた。
こうしてご当主様の話を聞ける機会ももう残り僅かなはずだから。
聞けるうちに少しでも多くの話を聞いておけるように。
自分には何もできないかもしれない。
それでも話を聞くことぐらいはできる。
相手の心情を知り、その理解者となりたかった。
「では、ご当主様が術師を花嫁に迎い入れなかった理由にも、お父様の存在が大きく影響しているということでしょうか?」
「それも一理あるがな。だがなにより…」
「?」
深夜は縁側から視線を時雨へと戻した。
赤い瞳は優しさを含ませるとキラリと輝いていた。
「例え規約に反したとて、望まぬ結婚など互いにするべきじゃなかろ?妖にも心はある。持病持ちと卑下され、それに固執し術師を娶ったとて無意味」
「ご当主様…」
「相手は妖でも唯一自分が愛した女だ。守りたいもの一つ守れず、それに何の意味がある。プライドとはまた違う。自分の守りたいものは自分が決めるものだからな」
な、なんか…カッコよすぎない?
普段は温厚な性格が顔からあふれ出ているせいか、いまいち感情は読み取れない。敢えてそれを悟られないようヘラヘラしているようにも見えるのに。
誰にでも気さくに話している姿が印象に残るせいか、怒っても怖い要素はゼロに近かった。
流石にさっきのにはビビッてしまったが。
だが裏ではこんなにも真剣に物事と向き合っていただなんて。初め知った彼の一面には驚かされてばかりだ。
「花嫁は信頼できる分家へ送った。こればかりは花嫁には申し訳ないがな。それでもこの世界で生きるため、安心してその身を預けられる者の側にいた方がまだ安心じゃて。結婚後、アイツには無理も多くさせた。白夜の存在は中でも負担が大きすぎたのだ」
「え??」
白夜様が?
あ、そう言えば、白夜様のお母様は彼が生まれてすぐ亡くなられたと。
「母体が宿したのは過去、もっとも恐れられた白鬼の妖だった。残酷なことに白鬼をこの世に戻すためには、それと引き換えに母体の妖力と活力の全てを引き渡さねばならなかったのだ」
「で、では…白夜様のお母様が生まれて直ぐ亡くなられたのは」
「アイツは選ばねばならなかったのだ。鬼神を今世に残すか、それとも私との余生を生き抜くか。だが迷うことなく、アイツは前者を選んだ。未来ある隠世のために。それはアイツなりの私への恩返しだったのだろう」
あの日、白夜様は母親の存在を何も知らないと言っていた。だが今までその理由を聞かされていなかった原因はこれだ。
ご当主様からすれば、両世界が定めた契約に反してまで自分は愛する人との未来を選んだ。
結果、自分達の間に生まれた子供が過去に偉業を成し遂げた白鬼の生まれ変わりだと知り、この世に産み落とすためにはそれなりの対価が必要だった。
それが例え母体の命だったとしても。
自分が生まれた代わりに命を引き換えに母親が死んだだなんて。口が裂けても彼本人には話せないのだ。
「…ご当主様は後悔していませんか?」