白鬼の封印師 二

先は長くない。
深夜本人の口からそれを聞くことになろうとはあまりに残酷だ。
回帰の素振りすら見せず、命の灯が尽きるその日まで。
残り僅かとなった余生を静かに生き抜くことを決めた深夜にとって、残された白夜だけが気がかりであると。深夜からはそう心配視する気持ちも汲み取れた。

「…そこまでなのですか」
「とてもそんな風には見えぬだろ?」

深夜は笑って遠くを見つめた。

「私には生まれつき持病がある。百年はもてど最近は重みばかりが増していく。妖力を正常に保ち続けることも苦しい。ならば体は限界に近いのだろう。逆に言えばよくここまで持った」

年代的に見れば二十代後半の男性。
黒い髪をなびかせ、前髪から覗く赤い瞳が魅力的な美しい黒鬼。鬼頭家の頭を務め、圧倒的な妖力と知性で冷静かつ穏やかな笑みで妖達の信頼を得てきた。半不老不死の妖からすれば、百年しか生きられないなんてあまりにも短すぎる。

「不思議に思わないか?鬼頭家当主の身である私が…なぜ今の今まで現世から花嫁を娶ることをしなかったか」
「あ、」

花嫁は数十年に一度のペースで隠世に嫁入りする。
三大妖家の当主ともあれば現世から花嫁を娶るのは必須条件。
妖家の力は強い。
それぞれの領土を支配するため自身の妖力を高め、邪気の支配を受けないためにも花嫁の異能力が必須。半永久持続する寿命を持てとすれば問題が発生しない限り、当主の座も数百年は揺るがない。反対に花嫁は数十年で朽ちることとなれば次なる花嫁が要請される。

「白夜様が生まれたのも最近のようですね」
「ああ。本来であれば私も現世から花嫁を娶り、子を成す使命があった。だが不徳にも私はこの運命を知って花嫁を現世から迎え入れたことは一度もない」
「なぜ…」
「好いた女がいたのだ」
「!!」

深夜は過去を懐かしむかのように縁側の外へ顔を向けた。
気がつけば青龍の姿もない。
何処へ行ったのか、辺りを見渡せば案外直ぐ見つかった。
時雨の袖の中、何処かふてくされた顔で酷く落ち込んだミニ青龍。
正座する時雨の膝上へ移動すれば様子を伺うように何度もチラチラと上を向いてくる。「怒ってないよ」と優しく撫でてやれば、彼は安心したのかそのまま目を閉じ眠ってしまった。全く…こんな時にも眷属は吞気なんだから。

「彼女とは昔からの仲で俗に言う幼馴染というやつでな。当主に成り立ての頃、病の身では先の後継者不足に不安を暗じるだろうと早々に花嫁を娶られそうになった。子を成し、自身が死んだ後の後釜を作る目的の方が家には大きかった。それ故、周りからの圧が酷く手に負えないほどだった」
「…」
「花嫁の噂は聞いていた。母にあたる人物も術家の出身。私は前当主と術家の花嫁との間に生まれた子供…と言われていた」
「言われていた?」

深夜の父親にあたる前鬼頭家当主が現世の花嫁と結婚。つまりその花嫁もまた隠世に送り込まれた悲劇の花嫁。だが花嫁の持つ異能の効果は絶大で生まれる子供は必ず強力な妖力に恵まれる。

「病があるとはいえこの成りだ。生まれつき強い力に恵まれた私を誰も疑いはしなかった。だが本当を言えば、私はその花嫁の実の子ではない。父には妖の側室もたくさんいた。私はその内の一人が産んだ側室の子だった」

正室と側室。
正室には術師の花嫁を娶り、その役目は後継者を生むこと。
逆に側室には妖の女を娶り、娯楽要因に当てた。
鬼頭深夜は一夜の過ちで側室が身籠った子供でしかなかった。

「父は正室の花嫁との間に子供が授からなかったと聞く。正室はその年にしては珍しく異能力がピカイチではあったが長く子供のできにくい体質に悩んでいた。長年の苦労も報われることなく、遂に子を授かれぬままこの世を去った花嫁に対して父は最後まで無頓着だった。早々に花嫁の興味が失せ、それ以上の花嫁を要請することもせず側室を設けては娯楽に溺れていった。今となってはどうでも良かったのだろう」