白夜様を大人しくさせるのには手を焼いたらしい。
基本、唯我独尊、誰かに指図されるのを酷く嫌う。
だが時に見せる無邪気さは子供のように可愛くて、普段の冷徹な姿からは誰も想像できないだろう。これは時雨にしか見せない時雨だけの特権だ。
「私…正直言うと人間に対して良い印象なかったんです」
お香は立ち止まるとポツリを呟いた。
「私の生まれ故郷には過去、花嫁が嫁入りしました。その方は鬼頭家が渡ってきた人でしたが…暮らしてみて分かりました。何とも傲慢で癇癪持ちな。とにかく妖である我々に良い顔をしませんでしたよ」
「術家の人間らしいですね。それで人間に対する印象が?」
「ええ。でもそんな中、鬼頭家で働き手を募集しているとの噂を聞いて。それで家を出たんです」
お香は鬼頭家の数ある分家のうち、末端に近い分家出身だった。
花嫁が嫁いできたのは数十年も前のことらしく、そこで初めて人間の花嫁というものを見たという。だがそれは嬉しいといった感情とはほど遠く、不愉快で嫌な印象だけを心に残した。
「花嫁は確かに隠世を救って下さいます。ですが彼女達が妖に向ける目はとても恐ろしくて。まるでゴミを見るかのようなあの瞳。今でも忘れられません」
「お香さん…」
「ですが嫌われても仕方ありませんね。邪気を出し人間を苦しめてきたのは我々妖の仕業ですから。住む世界は違えど、やはり人間と妖の共存とは難しいものです」
お香は悲しげに眉を下げれば顔を外に向けた。
夕方だが外はまだ明るく、鈴虫の声が響いていた。
「時雨様は今までのどの花嫁様とも違いました。我々妖を蔑むこともせず。お翠様まで救って下さいました。だから私も信頼できるのです。若様のことも。時雨様になら安心してお任せできます」
「私はただ当然のことをしたまでで。むしろ救われたのは私の方ですよ」
自分のいた世界で自分は認められなかった。
苦しかったあの日の思い出を隠世の皆が変えてくれた。
前よりもずっと生きやすくなった。
感謝したいのは自分の方。
「そんな優しい時雨様だからこそ…当主様はその道を通すことをお認めになったのかもしれません」
お香は人差し指を口元にあてた。
すると指先には鬼火が灯り、ゆらゆらと動きだす。
不思議と鬼火からは目が離せない。
「当主様がお待ちです。お気を付けて」
その声で鬼火は一斉に時雨を取り囲む。
気づけばそこはもう元いた場所とは違った。
多くの階段が複雑に入り組んでいれば何処に繋がっているのやら…そんな謎めいた異空間の中を時雨は下へ下へと落ちているようだった。
「時雨殿!」
「青龍⁈」
いつの間に起きていたのか、青龍は時雨の裾から飛び出すと大きな龍へ姿を変えた。
「しっかり捕まっていて下さい!」
青龍の背中に乗れば二本の角をしっかりと握りしめる。
振り落とされないよう捕まるので必死だ。
器用に階段と階段の間をすり抜けて行けば何やら奥の方が光り始め、青龍はそこになんの躊躇いもなく飛び込むとピカッと目には光が差し込んだ。
基本、唯我独尊、誰かに指図されるのを酷く嫌う。
だが時に見せる無邪気さは子供のように可愛くて、普段の冷徹な姿からは誰も想像できないだろう。これは時雨にしか見せない時雨だけの特権だ。
「私…正直言うと人間に対して良い印象なかったんです」
お香は立ち止まるとポツリを呟いた。
「私の生まれ故郷には過去、花嫁が嫁入りしました。その方は鬼頭家が渡ってきた人でしたが…暮らしてみて分かりました。何とも傲慢で癇癪持ちな。とにかく妖である我々に良い顔をしませんでしたよ」
「術家の人間らしいですね。それで人間に対する印象が?」
「ええ。でもそんな中、鬼頭家で働き手を募集しているとの噂を聞いて。それで家を出たんです」
お香は鬼頭家の数ある分家のうち、末端に近い分家出身だった。
花嫁が嫁いできたのは数十年も前のことらしく、そこで初めて人間の花嫁というものを見たという。だがそれは嬉しいといった感情とはほど遠く、不愉快で嫌な印象だけを心に残した。
「花嫁は確かに隠世を救って下さいます。ですが彼女達が妖に向ける目はとても恐ろしくて。まるでゴミを見るかのようなあの瞳。今でも忘れられません」
「お香さん…」
「ですが嫌われても仕方ありませんね。邪気を出し人間を苦しめてきたのは我々妖の仕業ですから。住む世界は違えど、やはり人間と妖の共存とは難しいものです」
お香は悲しげに眉を下げれば顔を外に向けた。
夕方だが外はまだ明るく、鈴虫の声が響いていた。
「時雨様は今までのどの花嫁様とも違いました。我々妖を蔑むこともせず。お翠様まで救って下さいました。だから私も信頼できるのです。若様のことも。時雨様になら安心してお任せできます」
「私はただ当然のことをしたまでで。むしろ救われたのは私の方ですよ」
自分のいた世界で自分は認められなかった。
苦しかったあの日の思い出を隠世の皆が変えてくれた。
前よりもずっと生きやすくなった。
感謝したいのは自分の方。
「そんな優しい時雨様だからこそ…当主様はその道を通すことをお認めになったのかもしれません」
お香は人差し指を口元にあてた。
すると指先には鬼火が灯り、ゆらゆらと動きだす。
不思議と鬼火からは目が離せない。
「当主様がお待ちです。お気を付けて」
その声で鬼火は一斉に時雨を取り囲む。
気づけばそこはもう元いた場所とは違った。
多くの階段が複雑に入り組んでいれば何処に繋がっているのやら…そんな謎めいた異空間の中を時雨は下へ下へと落ちているようだった。
「時雨殿!」
「青龍⁈」
いつの間に起きていたのか、青龍は時雨の裾から飛び出すと大きな龍へ姿を変えた。
「しっかり捕まっていて下さい!」
青龍の背中に乗れば二本の角をしっかりと握りしめる。
振り落とされないよう捕まるので必死だ。
器用に階段と階段の間をすり抜けて行けば何やら奥の方が光り始め、青龍はそこになんの躊躇いもなく飛び込むとピカッと目には光が差し込んだ。



