私、自分でも思うんですけど、器量はそんなに悪くないんです。今は多少年を取り老けましたけど、箔がついたと申しますか、結構レベル高いと思います。
 中納言の夫だって、私を頼りにしていて、もちろんこの上なく愛されているのは間違いございません。
 子供も三男四女に恵まれて、これって夫婦円満だからの結果だと思うのです。夫とも良好な関係と申しますか、私のいう事はなんでも聞いてくれて私も幸せに思っておりました。
 夫は中納言という身分なので、外に女性がいるのはまあこれも時代ですから割り切っておりました。
 それでも私の方が立場は上の正妻で、あちらがどんなに美しく、また皇族出身だからといって、所詮、夫に選ばれるのは私の方であったから、気にしないようにしてました。
 屋敷の中では家族団らんであって、ついでに医者である叔父の典薬(てんやく)(すけ)まで居候させて、それは、それは幸せに暮らしておりました。
 ずっとこのままが続くと思っておりましたら、なんと夫が通っていたあの皇族出身の女君が娘を残して亡くなったというじゃありませんか。
 そりゃ、同じ母親ですから、子を残して死んでしまうというのはなんとも辛いことは頭ではわかります。
 夫も愛人が亡くなれば動揺するでしょうし、また残された子供は血の繋がった娘なので放っておくわけにもいかなかったでしょう。
 夫から、残された子供を引き取らないといけないといわれると同時に、私が継母となれと有無を言わせずに押し付けられた形となってしまいました。とんだ迷惑です。
 円満に暮らしていた中に急に異物が紛れ込んできてしまうんですよ。素直に喜べるわけがないじゃないですか。
 会えば、あの可愛らしさに嫉妬してしまうし、何しろあれだけかわいいと夫が私たちの子供を差し置いて溺愛してしまうんじゃないかと、それも心配にもなりました。だから色々と悪い噂を吹き込んでおきました。
 それをすっかり信じる夫もアレですけど、お陰で事が上手く運びそうです。
 いざ迎え入れれば、益々嫌になっていくと同時にとてつもなく存在自体が憎くなってしまって、一緒に暮らすのも許せなくなっていきました。
 しかし追い出せない立場から、ついつい粗末な部屋に追いやってしまいました。部屋があるだけでもまだましでしょう。そこの床が例え落ち窪んでいようと、生活はこちらが面倒見るんですから、恵まれているというものです。
 そういう部屋だったから、それにふさわしく『落窪の君』と名前を授けてあげましたわ。
 文句も言わずに静かにあの部屋で暮らし始められたんですから、それでいいってことですよね。
 従順なところは褒めて差し上げるべきなのですが、なんせしれっとした感じで何を言っても簡単に受け入れて堪えないようにも見えるんです。
 もしかして陰であの侍女の阿漕と悪口を言って私のことを小馬鹿にでもしているのか、得体の知れない気味の悪さすら感じることもあります。
 このままではこちらも気がすまないので、落窪の君が困ることをやってやろうと、衣装をたくさん仕立てることを命令しました。虐めながら得をするって感じでしょうか。
 何せ、娘たちのためにも殿方に相手されるには装束を用意するのが一番の策なんです。娘に殿方を満足させるだけの(かず)けものがあれば、殿方は喜んで娘に会いにきますからね。
 殿方の周りには何人もお慕いされる女君がいらっしゃいますから、例えその中の一人だとしても、一番通ってもらえればそれだけで寵愛される証です。
 とにかくたくさんの気に入られるものを用意することに越したことがないのです。
 特に装束は高価なものですから、殿方もたくさん自分で買えないんですよ。そこでこちらが用意すれば装束がもらえると思って喜んでやってくるというものなのです。
 またそれを用意できなければ母親の私が無能と思われて私の株も下がってしまいます。全く手を抜くことなんてできません。
 そういう時に落窪の君はいい仕事してくれるんです。とても裁縫が得意で、これまたすばらしい衣装を仕立てるんです。
 それはとても儲けものといいたいところなんですけど、落窪の君にとっては得意分野なだけに、簡単に作られると却って私にマウントとっているような気がしてしまってあまり頂けない。だから今まで以上に衣装を仕立てるのを命令してやりましたの。
 そしたら作れないと泣きつくものだから、さらに厳しく叱ってやりました。作れなかったら用なしですから、落窪の君も追い出されるのは嫌で必死に縫うんですよ。
 私に逆らえず、いつも謝りながら働いていますけど、それを可哀想などと微塵も思いませんわ。
 見る見るうちにやつれて、着ている装束もボロボロになりながら必死で縫っているその姿は面白いったらありゃしない。
 勝手に転がり込んできたんだから、これくらいしてもらわないと。ねぇ。
 阿漕が文句言いたそうにしてるけど、これ見よがしに無理やり三の君の世話係にさせましたの。落窪の君に容易に近づけないようにさせて、ますます孤立させてやりましたわ。
 落窪の君は誰の目にも触れさせず、存在の噂も立てさせず、世間では誰も知る由がないので一生こき使ってやりますわ。
 そうそう、三の君が成人し、結婚して蔵人(くろうど)の少将といういい夫に恵まれ、中納言家は益々安泰です。
 私って本当についているわ。ホホホホホホ。