「どう?ここらへんに見覚えは?」

 とりあえずアパートの前の光景を見せてみる。駅から十分程離れたこのあたりはどこにでもある住宅地だ。

「見覚えはないわね」
「コトは僕のご近所さんではなかったと。このあたりは散策しても意味がないかも。駅の方に向かおうか」

 コトと僕の視界はリンクしているらしいから、道中きょろきょろと周りを見渡すようにしたが、コトの見覚えのある場所はなかった。
 そうしているうちに最寄りの駅につく。居酒屋を指さして「あそこが僕のバイト先。見覚えは?」と聞いてみるけど「知らない」と返事が返ってきた。
 ひとまず駅前をぶらりと歩いてみたけれどコトの思い出せる場所はなかった。

「都会の方に出てみようか」
 十五分も電車に乗ればターミナル駅に出る。人がたくさん行き交う場所の方が思い出すヒントはありそうな気がした。

「そうね、でも今日はあのカフェに入ってみない?」
 あのカフェとは目の前にある猫カフェを指しているようだ。カフェの前の空間で猫がじゃれている――ように見える。立体的に見せる電子広告だ。

「イツキが触ったものを私も感じられるかどうか、試してみない?」
「猫が触りたいだけだろう」
「そうとも言う。でもこんなに惹かれるんだから私はネコが好きなのかも。触れ合ったら何か思い出すかもしれないわよ」
「わかったわかった」

 わかったと言うまで理由を並べてくる気がしたので、僕は早々に受け入れた。
 猫カフェは初体験だ。一歩踏み入れるとそこは白を基調とした明るい店内で、奥には何匹かの猫が見えるから「きゃあかわいい!楽しみ!楽しみ!」とコトが騒いでいる。

「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
 青い瞳の店員が案内してくれる。――青い瞳。彼はAIか。
 少子高齢化が進み労働力が大きく減少し、AI技術は飛躍した今。人間とほとんど見た目が変わらない日常活動型アンドロイドは、人材不足を補うべく様々な職業で採用されている。彼のように接客業をこなす者も多い。

 彼に案内されて僕たちは想像していたよりも広い部屋に通された。平日の午前中というのにそれなりに人も多い。漫画が並んだ棚やドリンクバーなどもあり、中ではご自由にお過ごしくださいということだ。

「あのこ!まずはあのこから!」脳内のコトは大はしゃぎで俺に指示する。僕は猫のことは全く知らないからこの子がなんという猫かも知らないけれど、指示された通り灰色の猫に近寄ってみる。

「なんていう猫かわかる?」
「ううん。私、猫に詳しいわけじゃないみたい。触ってみたら思い出すかも!早く!早く触ってみて!」
 猫に触るのは初めてだから緊張する。手を伸ばしてみるけれどするりと抜け出された。
「もう!下手ねえ!じゃあ次は横にいる猫ちゃんに触ってみて!」

 コトに指示されるまま、周りの人のマネをしておっかなびっくり茶色の猫に触ってみる。顎下を触ってみると気持ちよさそうにする。なるほど、猫は可愛い。

「可愛いー!」
「何か思い出した?」
「ううん。でもすごく幸せな気分になっているから、きっと猫が好きだったのね」
「そうか。コトは猫が好き、と」
「ねえそれよりイツキ独り言が激しいわよ」

 コトの言葉に回りを見ると、隣にいたカップルが訝しげに僕を見ていた。しまった、コトの言葉は周囲には聞こえない。周りからみた僕は誰かと喋るかのように独り言を続いているので、相当気持ち悪いに違いない。僕は「いいこですね」と猫に話しかけるふりをしてその場をやりきった。