春の日差しが燦々と降り注ぎ、若草を輝かせる。
穏やかに吹き抜ける風に乗って、微かに魚の焼ける良い匂いが漂ってきた。さてはそろそろ昼時かな。
膝の上で猫のように寝転がるコノハも匂いにつられて、二股の白茶尾をぴくりと動かした。
「コノハって、猫みたいだな」
「ロア殿、某は狐でありまする」
でも、喉を撫でるとゴロゴロ鳴くんだよなぁ。狐もそうなのだろうか。そんなどうでもいいことを遮るように朗らかな笑い声が隣から聞こえてきた。
「ふぉっ、ふぉっ、今日も孫たちは元気じゃの」
小柄なおじいさんがそこにいた。
「いつから俺たちはリュグ爺の孫になったんだよ」
魔族の襲撃から四日。家から畑まで全てが壊されたが、それも今ではすっかり元通りだ。何なら、家とかは前よりもスケールアップしているくらいだ。
荒れ果てた草原も泉の力なのか、二日と経たないうちにまた若草の絨毯を隅々まで生やした。畑に植えた作物が三日で実をつくるくらいだ。今さら驚くようなことでもない。
こうして、平和な日常が戻って来た。
「それにしても、今でも驚きじゃ」
「何がだ?」
「お前さんたちだけで魔族を倒したことじゃ。あの魔族は五十年前の魔族とは比べ物にならんかった」
「俺たちというより、ほとんどこの泉のおかげだけどな。それに、リュグ爺たちは三人でもう片方の魔族を倒したじゃないか」
俺たちが雌型の魔族を泉の力で倒したすぐ後、リュグ爺たちはほとんど無傷で聖域へと戻って来た。ドドリーは高らかに笑い、セイラは紅潮して、そして、リュグ爺はぐったりと疲れて見えた。
話を聞けば、あの幼体も逃げ続けるうちに成体へと進化をしたらしい。それを泉の力無しに三人で倒してしまうのだから、恐ろしい話だ。
「あの二人はよくやってくれたわい。本当、」
リュグ爺は思いだしたように目を細め、そして身震いした。
「今時の若い者は何というか、恐ろしいのぉ」
あぁ……なるほど。二人の戦いっぷりを浮かべて、リュグ爺が疲弊して帰って来た理由がよく分かった。
ドドリーはリュグ爺よりも年上なんだけどなぁ。というか、若い者というくくりにしないでいただきたい。俺たちだって、あの二人の奇行にはドン引きなんだから。
「むっ、俺たちの話をしていたのか、兄弟?」
ちょうどドドリーとセイラが新築の家から仲良く出てきた。
「ドドリーの筋肉はいつ見てもすごいなぁって話してたんだよ」
「おぉっ! よく分かっているではないか兄弟!」
ドドリーが肩を組んでくるので、それを払いのける。
代わりにコノハを肩に乗せた。ふさふさとした尻尾が首を撫でる。暑苦しい邪気が浄化されていくのを身に染みて感じた。これだけは泉の浄化能力でも出来るまい。やはり、コノハしか勝たん。
「言ったのはリュグ爺な。だから、一緒に筋トレでもしてくるといい」
「孫や、何を言うておる!?」
セイラが優し気に微笑む。なぜだろう、もう二度とセイラの笑顔を純粋に受け取れない自分がいる。
「リュグ爺様、日々の健康は長寿の秘訣ですよ。たまには運動もしませんと」
「みんなー! お昼出来たわよー!」
振り向くと、ユズリアとサナが互いに押しのけ合っていた。二人して一目散に俺の元へ来る。そして、いつもの如く両脇を固められた。
「あらあら、ロアさんは今日も人気者ですねえ」
がっしりホールドされる両腕。目の前では二人が手に持つ玉杓子と木べらが揺れ動く。
「ねっ、ロア! 今日のお昼は魚のムニエルよ! 上手に出来たから、早く行きましょ!」
「ユズリアは甘い。お兄は魚の塩焼きが大好物。だから、先に私の料理を食べるべき」
「塩焼きは昨日食べたばかりじゃない! ロアは毎日違うものを食べたい派なのよ」
「それは他の人に気を使っているだけ。昔は一週間ずっと同じもの食べてた」
今日も二人は仲がよろしいことで何よりだ。しかし、毎回俺を挟んで言い争わないでいただきたい。
コノハの頭を撫でる。それに合わせて左右に揺らめく尻尾。癒されるなあ。
「ロア殿は甘えん坊でありまするなあ」
それは否定しない。しかし、どうせ甘えるならやはり年上のお姉さんじゃないと。
「ロア、私にはいつでも甘えていいんだからね!」
「コノハはいい。でも、ユズリアは駄目」
「どうしてよ!?」
「お兄がいやらしい目つきになる。そしたら、私はお兄を殴らないといけない」
「妹よ、意味が分からん」
みんなが笑う。それにつられて、俺も笑みが零れた。
清涼な風が俺たちの間を通り抜ける。
気が付けば、俺とユズリアだけだった聖域にたくさんの人が増えた。その全員がS級冒険者かそれ相当の人物だなんて、今考えてもおかしな話だ。
理想のスローライフをするには色んな問題事が起きすぎるけれど、こうしてみんなで笑い合えるのならば、それでもいいと思えた。
なんだか、まだまだ村人は増えそうな予感がする。
俺の勘はあまり外れないんだ。
やれやれ、次はどんな人物が訪れるのやら。
「――ロア先輩!」
聞き覚えのある声が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。
(終)
穏やかに吹き抜ける風に乗って、微かに魚の焼ける良い匂いが漂ってきた。さてはそろそろ昼時かな。
膝の上で猫のように寝転がるコノハも匂いにつられて、二股の白茶尾をぴくりと動かした。
「コノハって、猫みたいだな」
「ロア殿、某は狐でありまする」
でも、喉を撫でるとゴロゴロ鳴くんだよなぁ。狐もそうなのだろうか。そんなどうでもいいことを遮るように朗らかな笑い声が隣から聞こえてきた。
「ふぉっ、ふぉっ、今日も孫たちは元気じゃの」
小柄なおじいさんがそこにいた。
「いつから俺たちはリュグ爺の孫になったんだよ」
魔族の襲撃から四日。家から畑まで全てが壊されたが、それも今ではすっかり元通りだ。何なら、家とかは前よりもスケールアップしているくらいだ。
荒れ果てた草原も泉の力なのか、二日と経たないうちにまた若草の絨毯を隅々まで生やした。畑に植えた作物が三日で実をつくるくらいだ。今さら驚くようなことでもない。
こうして、平和な日常が戻って来た。
「それにしても、今でも驚きじゃ」
「何がだ?」
「お前さんたちだけで魔族を倒したことじゃ。あの魔族は五十年前の魔族とは比べ物にならんかった」
「俺たちというより、ほとんどこの泉のおかげだけどな。それに、リュグ爺たちは三人でもう片方の魔族を倒したじゃないか」
俺たちが雌型の魔族を泉の力で倒したすぐ後、リュグ爺たちはほとんど無傷で聖域へと戻って来た。ドドリーは高らかに笑い、セイラは紅潮して、そして、リュグ爺はぐったりと疲れて見えた。
話を聞けば、あの幼体も逃げ続けるうちに成体へと進化をしたらしい。それを泉の力無しに三人で倒してしまうのだから、恐ろしい話だ。
「あの二人はよくやってくれたわい。本当、」
リュグ爺は思いだしたように目を細め、そして身震いした。
「今時の若い者は何というか、恐ろしいのぉ」
あぁ……なるほど。二人の戦いっぷりを浮かべて、リュグ爺が疲弊して帰って来た理由がよく分かった。
ドドリーはリュグ爺よりも年上なんだけどなぁ。というか、若い者というくくりにしないでいただきたい。俺たちだって、あの二人の奇行にはドン引きなんだから。
「むっ、俺たちの話をしていたのか、兄弟?」
ちょうどドドリーとセイラが新築の家から仲良く出てきた。
「ドドリーの筋肉はいつ見てもすごいなぁって話してたんだよ」
「おぉっ! よく分かっているではないか兄弟!」
ドドリーが肩を組んでくるので、それを払いのける。
代わりにコノハを肩に乗せた。ふさふさとした尻尾が首を撫でる。暑苦しい邪気が浄化されていくのを身に染みて感じた。これだけは泉の浄化能力でも出来るまい。やはり、コノハしか勝たん。
「言ったのはリュグ爺な。だから、一緒に筋トレでもしてくるといい」
「孫や、何を言うておる!?」
セイラが優し気に微笑む。なぜだろう、もう二度とセイラの笑顔を純粋に受け取れない自分がいる。
「リュグ爺様、日々の健康は長寿の秘訣ですよ。たまには運動もしませんと」
「みんなー! お昼出来たわよー!」
振り向くと、ユズリアとサナが互いに押しのけ合っていた。二人して一目散に俺の元へ来る。そして、いつもの如く両脇を固められた。
「あらあら、ロアさんは今日も人気者ですねえ」
がっしりホールドされる両腕。目の前では二人が手に持つ玉杓子と木べらが揺れ動く。
「ねっ、ロア! 今日のお昼は魚のムニエルよ! 上手に出来たから、早く行きましょ!」
「ユズリアは甘い。お兄は魚の塩焼きが大好物。だから、先に私の料理を食べるべき」
「塩焼きは昨日食べたばかりじゃない! ロアは毎日違うものを食べたい派なのよ」
「それは他の人に気を使っているだけ。昔は一週間ずっと同じもの食べてた」
今日も二人は仲がよろしいことで何よりだ。しかし、毎回俺を挟んで言い争わないでいただきたい。
コノハの頭を撫でる。それに合わせて左右に揺らめく尻尾。癒されるなあ。
「ロア殿は甘えん坊でありまするなあ」
それは否定しない。しかし、どうせ甘えるならやはり年上のお姉さんじゃないと。
「ロア、私にはいつでも甘えていいんだからね!」
「コノハはいい。でも、ユズリアは駄目」
「どうしてよ!?」
「お兄がいやらしい目つきになる。そしたら、私はお兄を殴らないといけない」
「妹よ、意味が分からん」
みんなが笑う。それにつられて、俺も笑みが零れた。
清涼な風が俺たちの間を通り抜ける。
気が付けば、俺とユズリアだけだった聖域にたくさんの人が増えた。その全員がS級冒険者かそれ相当の人物だなんて、今考えてもおかしな話だ。
理想のスローライフをするには色んな問題事が起きすぎるけれど、こうしてみんなで笑い合えるのならば、それでもいいと思えた。
なんだか、まだまだ村人は増えそうな予感がする。
俺の勘はあまり外れないんだ。
やれやれ、次はどんな人物が訪れるのやら。
「――ロア先輩!」
聞き覚えのある声が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。
(終)