「なるほどなぁ。そんな事情があったのか」
後日、ユズリアから今までの事を洗いざらい聞いた。
「本当にごめんなさい……」
目の前でしょんぼりと俯くユズリア。もう何度謝罪の言葉を受けたのか数えるのも億劫なくらいだ。
「だから気にするなって言ってるだろ? 大体、あれは俺が勝手に暴走しただけだから、ユズリアは何も悪くないんだよ」
「……でも、ロア苦しそうだった」
ため息が漏れる。全く、ユズリアは何も分かっていない。
「俺はユズリアに感謝しているんだ」
「えっ……?」
ようやく顔を上げたと思ったら、目が合った瞬間そらされてしまう。……嫌われたか。仕方のない話だ。助けたとは言え、あんな姿を見られたのだから。
「父親のことを知れて良かったよ。ずっと誤解してた。それが間違いだって分かったんだ。だから、俺はユズリアにありがとうって言いたいよ」
今でも父親のことは整理しきれていない。しかし、少なからず前のような印象ではなくなった。
今度、墓でもつくるとしよう。せめてそれくらいはしないとな。なんせ、家族なんだから。
さっきからチラッ、チラッと俺を盗み見るユズリア。目すらそんなに合わせたくないって言うのか……あかん、泣ける。
「と、とにかく、ローリックは逃がしたけど、もう手出しはしてこないだろ。だから、無理して俺のことを伴侶にする必要もなくなったわけだ」
「そ、それは……」
もごもごと口を動かすユズリア。そんなに言いづらいことなのだろうか。俺を傷つけまいとするその優しさだけで十分だ。もう結構傷だらけだけどね。
「その通り。だから、これからお兄は私と毎日一緒に寝る」
肩にぽんとサナの手が乗る。
「いつの間に入って来たんだよ……」
「外で全部聞いてた。それよりお兄、アレ使ったの……?」
べきっと聞こえてはいけない音が肩から聞こえた。
「痛てててっ! おい、折れるだろ!」
「折れたら、セイラが治す。それか泉に放り込めば大丈夫。だから、安心して」
「出来るか! 治す前提で話すんじゃねえ! ちょっ、痛ッ! あっ、いや、すいません……二度と使いません……」
駄目なくらい凹んでるって! これ、元に戻るのか!?
「そう!」
急に前のめりで声をあげるユズリアに少々驚いた。
「な、なに……?」
さっきまでよそよそしかったのに、じっと真面目な眼差しで見つめてくるユズリア。
「あの魔法、もう二度と使わないで」
悲しそうな、それでいて怒っているような、なんとも読みにくい表情だ。
「……そうだよな。分かった、もう使わないよ。サナも、心配かけたな」
サナはふんっと鼻を鳴らす。
「心配はしてない。お兄がぶっ壊れたら、誰が私の世話をするの?」
「そう思うなら、もう少し普段から優しくしてくれよ……」
「それは無理。躾は大事だから」
そう言い残してサナは部屋を出て行った。
あいつ、俺のことを犬か何かと勘違いしていないか?
ユズリアが俺の手を強く握る。少しだけ、震えていた。悲し気な表情の彼女に罪悪感が零れた。
「本当にロアが壊れちゃうかと思ったの……。怖くて、そんなの嫌だって思ったら涙が出てきて……とにかく、あんな魔法は二度と使っちゃ駄目」
じわっとユズリアの瞳が潤んだ。
そうだ、泣かせてしまったんだ。また、母親の言いつけを守れなかった。
あんな魔法に頼るしかない俺はまだまだ弱いんだ。せめて、近くの存在くらいちゃんと護れるようにならないと。
「俺、もっと強くなるよ。ユズリアも、もちろんここの皆も護れるくらい」
「私もロアが二度とあの魔法を使わなくていいくらい、強くなる。もっと、ロアにすごいって思ってもらえるように頑張る!」
ユズリアはようやく相好を崩した。本当、ユズリアは何も分かっていない。
「ユズリアはもう十分すごいよ」
「どうして? 私、今回何も出来てないよ?」
俺は噛み締めるように首を振る。
「俺が戻ってこれたのはユズリアのおかげだ。あの声が、温もりが、俺をあの世界から引きずり出してくれたんだ。こんなこと、今まで一度も無かった。だから、ユズリアはすごいんだよ」
眼前の少女の頬が桜色に染まる。潤んだ瞳が細くなり、ツーっと一筋の涙が零れ落ちた。嫣然とほほ笑むその表情に、思わず胸が強く波打つ。
「ねっ、目閉じてよ」
「どうして?」
「いいから!」
言われた通りに目を閉じた。視界が黒く染まる。嫌いだった暗闇と沈黙が、少しだけ心地よく感じた。
不意に頬に柔らかな感触が伝った。すぐそばで聞こえる吐息と体温が混ざり合う。
目を開けるのと、頬から感覚が離れるのはほぼ同時だった。目の前には真っ赤になったユズリアが照れたようにえへへっと笑う。
「私、これからは本気で落としに行くから……覚悟しといてよね!」
そんな堂々とした宣言を受けてしまった。
「そこにいるサナちゃんも、覚悟しときなよね!」
ドアが開き、サナがその前に立っていた。まだ聞き耳立ててたのかよ……。
「残念ながら、ユズリアは敵じゃない」
「そう言ってられるのも今のうちよ!」
「一番の敵はドドリー。あれは危険」
「おい、待て! どうして、ドドリーの名前が出てくるんだ!?」
ユズリアも「確かに……強敵ね」なんて言いながら頷いている。
共通認識になっているのおかしいだろ。
何にせよ、再びやかましい日常が戻って来た。
大きく伸びをして、深呼吸をした。
頭の中を漂う感情に、もう『固定』は必要なかった。
後日、ユズリアから今までの事を洗いざらい聞いた。
「本当にごめんなさい……」
目の前でしょんぼりと俯くユズリア。もう何度謝罪の言葉を受けたのか数えるのも億劫なくらいだ。
「だから気にするなって言ってるだろ? 大体、あれは俺が勝手に暴走しただけだから、ユズリアは何も悪くないんだよ」
「……でも、ロア苦しそうだった」
ため息が漏れる。全く、ユズリアは何も分かっていない。
「俺はユズリアに感謝しているんだ」
「えっ……?」
ようやく顔を上げたと思ったら、目が合った瞬間そらされてしまう。……嫌われたか。仕方のない話だ。助けたとは言え、あんな姿を見られたのだから。
「父親のことを知れて良かったよ。ずっと誤解してた。それが間違いだって分かったんだ。だから、俺はユズリアにありがとうって言いたいよ」
今でも父親のことは整理しきれていない。しかし、少なからず前のような印象ではなくなった。
今度、墓でもつくるとしよう。せめてそれくらいはしないとな。なんせ、家族なんだから。
さっきからチラッ、チラッと俺を盗み見るユズリア。目すらそんなに合わせたくないって言うのか……あかん、泣ける。
「と、とにかく、ローリックは逃がしたけど、もう手出しはしてこないだろ。だから、無理して俺のことを伴侶にする必要もなくなったわけだ」
「そ、それは……」
もごもごと口を動かすユズリア。そんなに言いづらいことなのだろうか。俺を傷つけまいとするその優しさだけで十分だ。もう結構傷だらけだけどね。
「その通り。だから、これからお兄は私と毎日一緒に寝る」
肩にぽんとサナの手が乗る。
「いつの間に入って来たんだよ……」
「外で全部聞いてた。それよりお兄、アレ使ったの……?」
べきっと聞こえてはいけない音が肩から聞こえた。
「痛てててっ! おい、折れるだろ!」
「折れたら、セイラが治す。それか泉に放り込めば大丈夫。だから、安心して」
「出来るか! 治す前提で話すんじゃねえ! ちょっ、痛ッ! あっ、いや、すいません……二度と使いません……」
駄目なくらい凹んでるって! これ、元に戻るのか!?
「そう!」
急に前のめりで声をあげるユズリアに少々驚いた。
「な、なに……?」
さっきまでよそよそしかったのに、じっと真面目な眼差しで見つめてくるユズリア。
「あの魔法、もう二度と使わないで」
悲しそうな、それでいて怒っているような、なんとも読みにくい表情だ。
「……そうだよな。分かった、もう使わないよ。サナも、心配かけたな」
サナはふんっと鼻を鳴らす。
「心配はしてない。お兄がぶっ壊れたら、誰が私の世話をするの?」
「そう思うなら、もう少し普段から優しくしてくれよ……」
「それは無理。躾は大事だから」
そう言い残してサナは部屋を出て行った。
あいつ、俺のことを犬か何かと勘違いしていないか?
ユズリアが俺の手を強く握る。少しだけ、震えていた。悲し気な表情の彼女に罪悪感が零れた。
「本当にロアが壊れちゃうかと思ったの……。怖くて、そんなの嫌だって思ったら涙が出てきて……とにかく、あんな魔法は二度と使っちゃ駄目」
じわっとユズリアの瞳が潤んだ。
そうだ、泣かせてしまったんだ。また、母親の言いつけを守れなかった。
あんな魔法に頼るしかない俺はまだまだ弱いんだ。せめて、近くの存在くらいちゃんと護れるようにならないと。
「俺、もっと強くなるよ。ユズリアも、もちろんここの皆も護れるくらい」
「私もロアが二度とあの魔法を使わなくていいくらい、強くなる。もっと、ロアにすごいって思ってもらえるように頑張る!」
ユズリアはようやく相好を崩した。本当、ユズリアは何も分かっていない。
「ユズリアはもう十分すごいよ」
「どうして? 私、今回何も出来てないよ?」
俺は噛み締めるように首を振る。
「俺が戻ってこれたのはユズリアのおかげだ。あの声が、温もりが、俺をあの世界から引きずり出してくれたんだ。こんなこと、今まで一度も無かった。だから、ユズリアはすごいんだよ」
眼前の少女の頬が桜色に染まる。潤んだ瞳が細くなり、ツーっと一筋の涙が零れ落ちた。嫣然とほほ笑むその表情に、思わず胸が強く波打つ。
「ねっ、目閉じてよ」
「どうして?」
「いいから!」
言われた通りに目を閉じた。視界が黒く染まる。嫌いだった暗闇と沈黙が、少しだけ心地よく感じた。
不意に頬に柔らかな感触が伝った。すぐそばで聞こえる吐息と体温が混ざり合う。
目を開けるのと、頬から感覚が離れるのはほぼ同時だった。目の前には真っ赤になったユズリアが照れたようにえへへっと笑う。
「私、これからは本気で落としに行くから……覚悟しといてよね!」
そんな堂々とした宣言を受けてしまった。
「そこにいるサナちゃんも、覚悟しときなよね!」
ドアが開き、サナがその前に立っていた。まだ聞き耳立ててたのかよ……。
「残念ながら、ユズリアは敵じゃない」
「そう言ってられるのも今のうちよ!」
「一番の敵はドドリー。あれは危険」
「おい、待て! どうして、ドドリーの名前が出てくるんだ!?」
ユズリアも「確かに……強敵ね」なんて言いながら頷いている。
共通認識になっているのおかしいだろ。
何にせよ、再びやかましい日常が戻って来た。
大きく伸びをして、深呼吸をした。
頭の中を漂う感情に、もう『固定』は必要なかった。