「いいか、コノハ?」
サナの膝の上にちょこんと座るコノハを見上げた。
そして、俺は諭すような口ぶりで語り始める。
「俺は世の中に正しくありたいんだ」
綺麗に折りたたまされた足の上下を入れ替える。いや、もう感覚無くて分かんねえや。
目の前でゆらゆらと揺れる白い素足。まるで、いつでもその顎を蹴り上げるぞ、という思惑を感じる。
しかし、冷静に考えてみよう。世界一可愛い女の子のおみ足が目の前にあるのだ。これはご褒美なのではないだろうか。
――そう、実の妹でなければの話だ。
白磁の肌を伝うように視線をせり上げていく。無表情、だけど確かな軽蔑的な眼差しが俺の心をえぐった。
「一体、何の話でありまする?」
「だからな、今のこの状況は間違っている。そう言いたいわ――げふっ……! あ、はい……すんません」
顎に走る鈍い痛み。色んな思いも相まって、ほろっと涙が零れた。
「お兄、調子に乗らない……」
「そういわれましても、もう限界が近いと言いますか、とっくに越えている気がしてるといいますか。何だか、下半身が全て冷たいんですよね。ははっ……」
三時間だ。
事の顛末を洗いざらい話し、俺の誤解を解いてからもう三時間。俺は未だに正座の刑から逃れることは出来ていない。
誤解は解いたはずなのに、どうしてかって? 妹曰く、
「なんか、むかつく」
だそうだ。
これを理不尽と言わずして、何と呼ぶのか。
「っていうか、そもそもどうしてここにサナがいるんだよ」
「言ったはず。一か月後に学校卒業だって」
「それは聞いたけど、わざわざこんな辺境まで会いに来るなんてどうかしているぞ? だいたい、就職はどうしたんだ。卒業したら、すぐ働くのが基本だ」
「ニートのお兄に言われたくない……」
「うぐっ……」
何て鋭利なカウンターなんだ。破岩蛇も驚愕の数十倍返しだ。
「お兄に会うために、内定蹴って来た……」
「何しているんだよ、まったく。どこからお誘い貰ってたんだ?」
「宮廷魔法師団ってとこ……」
「宮廷魔法師団っ!?」
思わず聞き返した。宮廷魔法師団といえば、エリート中のエリート。魔法関連の職業で一番の高給取りだ。入団したが最後、生涯安泰、人生ゴールインだとさえ言われている。
「しかし、宮廷魔法師団といえば、どの国でも推薦方式だったはずでありまするよ?」
「よく分からないけれど、誘われた?」
「なんで疑問形なんだよ……」
しかし、ご覧の通り俺の妹はハイパー優秀な魔法使いだ。ローブの胸にきらりと輝く白金に赤玉を嵌めた記章は帝立魔法専門院を首席で卒業した証。S級冒険者なんて肩書きよりも、よっぽど価値のある代物だ。
というか、主席卒業? お兄ちゃん聞いてないんですけど?
そんな出来る妹だ。もちろん、S級指定の危険地帯を一人で闊歩することなど造作もなかっただろう。
優秀過ぎる妹を持ってしまったばかりに、俺は今、スローライフを大きく脅かされているわけだ。
「とにかく、コノハさんは安全。それは分かった」
「サナ殿、もっと気軽に呼んでほしいでありまする」
「……コノハ」
ぎゅむっとコノハを抱きしめるサナ。そういえば、サナはぬいぐるみだったり小動物が好きだったか。
うーむ、こうして見ている分にはただの超絶美少女なのに。
「でも、この女は駄目。お兄、危ない……」
そう言いながら、ちょうど出来上がった料理を卓に運びに来たユズリアを指さす。
というか、どうしてコノハもユズリアもこの状況で平然としているんだ? ちょっと薄情が過ぎませんかね。
「うん? 私?」
ユズリアは首を傾げる。
「魔力鳥に視界共有して、見てた」
「うん、それ超高等魔法な。そんな平然と使えると公言していいことじゃないぞ?」
遠距離での視界共有魔法なんて、一体この大陸で何人が出来る術だと思っているんだ。多分、サナを含めても片手で収まるぞ。
「この女、お兄と一緒に寝てた。つまり、お兄汚された。許せない……」
「おい、待て。実の妹に言いたかないが、俺はまだきれいさっぱり童貞だ」
「嘘……。男は獣。お兄が教えたこと」
「確かに言ったけど! 間違ってないんだけど!」
妹からの信頼度が低すぎて、もう何を言っても駄目そうだ。嘆かわしいかな、この状況。
「うーん、私としても手を出してくれたら話が早いんだけどねえ。というか、私の裸見といて夜這いの一つもないって、結構自信無くすわね」
サナの指輪が輝く。ぷらぷら揺れていた足がきらきらと星を纏って、蹴りだされる。
「あぁああああッ! こていぃッ!」
顎の先にサナのつま先がくっつく。煌めく星が目の前を飛び跳ねた。
「お兄、うるさい。……『解除』」
瞬間、脳天まで衝撃が突き抜け、視界が明滅した。
俺が唯一勝てない相手が妹だなんて、あんまりだ……。
サナの固有魔法『解除』。俺の『固定』と全くの正反対な性質で、あらゆるものとものを解きほどく魔法だ。
『魔法除去』に近いが、詠唱無しで二本指を横にスライドするだけで発動。『魔法除去』でも解除できないものさえ、全てを解除する。例えば、どんな魔法でも組み込まれた魔方陣と魔力を離してしまえば、効力が出ずに即座に霧散してしまう。物理に関しても衝撃と勢いを『解除』してしまえば、どんなに強力な一撃だろうとサナには届かない。
俺と同じく地味で、理不尽な魔法。それが『解除』だ。
ちなみに、分かるように『固定』との相性は最悪。加えてサナは『天体魔法』という派手で強力な魔法も使える。俺が勝てる要素は皆無だ。
「今日から、私がお兄と一緒に寝る」
「はあ!? ここに住む気なのか?」
「……そう。お兄の監視」
本気で言っているんだろうか。いや、マジなんだろうなあ。サナは昔からとんでもなく頑固だからな。
「意義ありッ!」
ユズリアがびしっと玉杓子でサナを指す。
なんだ? 不当裁判ならどうせ俺の有罪で終わるぞ?
「ロアは私の夫よ。だから、たとえ妹だとしても、一緒の寝室は譲れないわ! 私だって、さっさと既成事実を作らないといけないんだから!」
「何言ってるんだ、ユズリア?」
サナがコノハを抱えて勢いよく椅子から立ち上がる。
「違う。お兄は一生童貞」
「何言ってるんだ、サナ!?」
にらみ合う二人。なんということだ、バチバチと散る火花だけじゃなく、稲妻と煌めく星々まで見えてきた。
「じゃあ、某がロア殿と共に寝るでありま――」
「「それは駄目ッ!」」
「おおぅ……息ぴったりでありまするな……」
サナから逃れ、二人の圧に思わず後ずさりをするコノハ。分かるぞ、その気持ち。
「はぁ……。俺のスローライフが……」
言い争う二人を目の前に、俺は大きくため息をつくのであった。
サナの膝の上にちょこんと座るコノハを見上げた。
そして、俺は諭すような口ぶりで語り始める。
「俺は世の中に正しくありたいんだ」
綺麗に折りたたまされた足の上下を入れ替える。いや、もう感覚無くて分かんねえや。
目の前でゆらゆらと揺れる白い素足。まるで、いつでもその顎を蹴り上げるぞ、という思惑を感じる。
しかし、冷静に考えてみよう。世界一可愛い女の子のおみ足が目の前にあるのだ。これはご褒美なのではないだろうか。
――そう、実の妹でなければの話だ。
白磁の肌を伝うように視線をせり上げていく。無表情、だけど確かな軽蔑的な眼差しが俺の心をえぐった。
「一体、何の話でありまする?」
「だからな、今のこの状況は間違っている。そう言いたいわ――げふっ……! あ、はい……すんません」
顎に走る鈍い痛み。色んな思いも相まって、ほろっと涙が零れた。
「お兄、調子に乗らない……」
「そういわれましても、もう限界が近いと言いますか、とっくに越えている気がしてるといいますか。何だか、下半身が全て冷たいんですよね。ははっ……」
三時間だ。
事の顛末を洗いざらい話し、俺の誤解を解いてからもう三時間。俺は未だに正座の刑から逃れることは出来ていない。
誤解は解いたはずなのに、どうしてかって? 妹曰く、
「なんか、むかつく」
だそうだ。
これを理不尽と言わずして、何と呼ぶのか。
「っていうか、そもそもどうしてここにサナがいるんだよ」
「言ったはず。一か月後に学校卒業だって」
「それは聞いたけど、わざわざこんな辺境まで会いに来るなんてどうかしているぞ? だいたい、就職はどうしたんだ。卒業したら、すぐ働くのが基本だ」
「ニートのお兄に言われたくない……」
「うぐっ……」
何て鋭利なカウンターなんだ。破岩蛇も驚愕の数十倍返しだ。
「お兄に会うために、内定蹴って来た……」
「何しているんだよ、まったく。どこからお誘い貰ってたんだ?」
「宮廷魔法師団ってとこ……」
「宮廷魔法師団っ!?」
思わず聞き返した。宮廷魔法師団といえば、エリート中のエリート。魔法関連の職業で一番の高給取りだ。入団したが最後、生涯安泰、人生ゴールインだとさえ言われている。
「しかし、宮廷魔法師団といえば、どの国でも推薦方式だったはずでありまするよ?」
「よく分からないけれど、誘われた?」
「なんで疑問形なんだよ……」
しかし、ご覧の通り俺の妹はハイパー優秀な魔法使いだ。ローブの胸にきらりと輝く白金に赤玉を嵌めた記章は帝立魔法専門院を首席で卒業した証。S級冒険者なんて肩書きよりも、よっぽど価値のある代物だ。
というか、主席卒業? お兄ちゃん聞いてないんですけど?
そんな出来る妹だ。もちろん、S級指定の危険地帯を一人で闊歩することなど造作もなかっただろう。
優秀過ぎる妹を持ってしまったばかりに、俺は今、スローライフを大きく脅かされているわけだ。
「とにかく、コノハさんは安全。それは分かった」
「サナ殿、もっと気軽に呼んでほしいでありまする」
「……コノハ」
ぎゅむっとコノハを抱きしめるサナ。そういえば、サナはぬいぐるみだったり小動物が好きだったか。
うーむ、こうして見ている分にはただの超絶美少女なのに。
「でも、この女は駄目。お兄、危ない……」
そう言いながら、ちょうど出来上がった料理を卓に運びに来たユズリアを指さす。
というか、どうしてコノハもユズリアもこの状況で平然としているんだ? ちょっと薄情が過ぎませんかね。
「うん? 私?」
ユズリアは首を傾げる。
「魔力鳥に視界共有して、見てた」
「うん、それ超高等魔法な。そんな平然と使えると公言していいことじゃないぞ?」
遠距離での視界共有魔法なんて、一体この大陸で何人が出来る術だと思っているんだ。多分、サナを含めても片手で収まるぞ。
「この女、お兄と一緒に寝てた。つまり、お兄汚された。許せない……」
「おい、待て。実の妹に言いたかないが、俺はまだきれいさっぱり童貞だ」
「嘘……。男は獣。お兄が教えたこと」
「確かに言ったけど! 間違ってないんだけど!」
妹からの信頼度が低すぎて、もう何を言っても駄目そうだ。嘆かわしいかな、この状況。
「うーん、私としても手を出してくれたら話が早いんだけどねえ。というか、私の裸見といて夜這いの一つもないって、結構自信無くすわね」
サナの指輪が輝く。ぷらぷら揺れていた足がきらきらと星を纏って、蹴りだされる。
「あぁああああッ! こていぃッ!」
顎の先にサナのつま先がくっつく。煌めく星が目の前を飛び跳ねた。
「お兄、うるさい。……『解除』」
瞬間、脳天まで衝撃が突き抜け、視界が明滅した。
俺が唯一勝てない相手が妹だなんて、あんまりだ……。
サナの固有魔法『解除』。俺の『固定』と全くの正反対な性質で、あらゆるものとものを解きほどく魔法だ。
『魔法除去』に近いが、詠唱無しで二本指を横にスライドするだけで発動。『魔法除去』でも解除できないものさえ、全てを解除する。例えば、どんな魔法でも組み込まれた魔方陣と魔力を離してしまえば、効力が出ずに即座に霧散してしまう。物理に関しても衝撃と勢いを『解除』してしまえば、どんなに強力な一撃だろうとサナには届かない。
俺と同じく地味で、理不尽な魔法。それが『解除』だ。
ちなみに、分かるように『固定』との相性は最悪。加えてサナは『天体魔法』という派手で強力な魔法も使える。俺が勝てる要素は皆無だ。
「今日から、私がお兄と一緒に寝る」
「はあ!? ここに住む気なのか?」
「……そう。お兄の監視」
本気で言っているんだろうか。いや、マジなんだろうなあ。サナは昔からとんでもなく頑固だからな。
「意義ありッ!」
ユズリアがびしっと玉杓子でサナを指す。
なんだ? 不当裁判ならどうせ俺の有罪で終わるぞ?
「ロアは私の夫よ。だから、たとえ妹だとしても、一緒の寝室は譲れないわ! 私だって、さっさと既成事実を作らないといけないんだから!」
「何言ってるんだ、ユズリア?」
サナがコノハを抱えて勢いよく椅子から立ち上がる。
「違う。お兄は一生童貞」
「何言ってるんだ、サナ!?」
にらみ合う二人。なんということだ、バチバチと散る火花だけじゃなく、稲妻と煌めく星々まで見えてきた。
「じゃあ、某がロア殿と共に寝るでありま――」
「「それは駄目ッ!」」
「おおぅ……息ぴったりでありまするな……」
サナから逃れ、二人の圧に思わず後ずさりをするコノハ。分かるぞ、その気持ち。
「はぁ……。俺のスローライフが……」
言い争う二人を目の前に、俺は大きくため息をつくのであった。