「……凪ちゃん。凪ちゃん!」
 名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開けた。
 白い天井が広がっている。

 あれ。私はいつからここにいたのだろう。

 「凪ちゃん! 大丈夫? 凪ちゃん?」

 声がする方を向くと、大粒の涙を流しながら私の手を握るお母さんとお父さんの姿があった。

 「あれ。私どうして」

 「凪ちゃんはね、商店街で事故にあって丸2日寝たきりだったの。目を覚まして本当に良かった」

 部屋を見渡すと、病院のベッドの上で点滴に繋がれていた。

 「私、今まで薫ばあちゃんと一緒だった」

 頭がぼうっとする。

 「え? 薫ばあちゃんと?」
 お父さんが目を見開く。

 「うん」

 「......あらそうだったの。薫ばあちゃんに再会できたのね」
 お母さんが涙拭いて目を細めた。

 「お父さんお母さん、ちょっと待って」
 はっとして布団から右手を引き出した。ゆっくりと拳を開くと、そこには赤いルビーのような雨粒が握られている。

 私は思わずベッドから立ち上がり、病室の窓にかけられたカーテンを開けた。

 「やっぱりそう。本当にあるんだ、天国」
 空には、大きな半円のアーチを描いた虹がかかっていた。

 ーー〈誰1人として取り残すことなく、全ての人を平等に、健康に、些細な悩みすら持つことなく、尊重されながら、自由に日々を過ごせるように。全ての人が安心して過ごせるように留意する〉

 薫ばあちゃん、これはそういう意味だったんだね。
 天国にいる皆が、誰1人として取り残されることなく、平等に、幸せに、安心して暮らせるように。そんな皆の願いが詰まっているんだね。

 私の頬は、きっと今も溢れる涙で濡れているだろう。でも、それで良いんだ。泣いて良いんだ。だって、

 「向こうでは、ちゃんと雨が降っているんだよね」

 めそめそだって、わんわんだって、私は泣き虫のままで良い。

 きっと今ごろあの世界には、宝石の雨がきらきらと降り注いでいる。

 平和と永遠を願う全ての人たちが、潤った心で空の虹を、全ての美しい色を、見ているのだから。