それでも、私は覚えている。
 薫ばあちゃんと見上げた露草色の空を。
 雨空のあとの虹の綺麗さを。
 空に広がる色彩の深みを。
 この世界できっと私だけが、その潤いを覚えている。

 10年前。私がまだ小学校1年生のころのこと。
 漁に出ていたお父さんが3ヶ月ぶりに帰ってくることになった。

 一刻も早く会いたくて、帰りのホームルームが終わるや否や教室を飛び出る。
 先生さようなら、と叫んで廊下を走り抜け、校門をくぐり、商店街を颯爽と走っていた。
 朝お母さんが結んでくれたポニーテールには、赤い宝石のような髪飾りが2つちょこんと乗っている。お誕生日にお父さんから貰った大切な髪飾り。
 私は宝石と共に風に乗って、息を切らして走っていた。

 その時、
 ぽつん。

 一粒の滴が私の頬を濡らした。

 ぽつん、ぽつん、ぽつんぽつんぽつん。
 雨だ。

 雨は、次第に強くなり、あっという間に小さな私の体では立っていられないほどの強さに変わった。
 次第に下がる気温が、しんしんと身体を冷やす。白い靄が広がって、前が見えない。
 研ぎ澄まされた耳に、雷音がずしりと響く。遠くで聞こえていたはずの轟音が、神輿のようにどんどんどんと迫りくる。

 早くお父さんに会いたいのに。それだけなのに。楽しみにしていた日なのに。

 どうして今日に限って雨なんか! 
 雨なんか大嫌い! 

 私は致し方なく、かろうじて視界に入ったオレンジ色のビニール屋根の下で雨宿りをすることにした。