私の額より少し高い棚に手を伸ばす。腕を目一杯伸ばすと、ちょうどの位置で手に掴むことの出来る柄。
私のお腹の位置に合わせられた水道周り。藍色の台所用品たち。私が料理をしやすいよう計算尽くされた台所は、全てが幹夫さんの愛の証。
私たちの、心中立て。
この家を建ててからずっと、たっぷりの優しさで私を包み込んでくれた。
そんな私たちの暮らしには、幸せがぽつりぽつりと訪れた。幸せとは連続するものでは無く、断片的に訪れるからこそ有難く、嬉しいんだ。
幹夫さんは、そんなことを教えてくれた。
藍色の冷蔵庫に小鳥のマグネットで貼付けてある献立表を眺めながら、ふと、そんな思い出に浸る。
<水曜日のお献立>
ごはん一杯、かぶの鳥そぼろ煮、春菊と豆腐の和え物、里芋の味噌汁、苺
「晩ご飯の支度が出来ましたよ。いらして下さい」
献立表通り、寸分の狂いもない晩ご飯を机に並べ、幹夫さんを呼ぶ。
「いつもすみませんね。ありがとう」
ゆっくりとリビングに歩いてきた幹夫さんは、「今日も美味しそうだ。苺の季節ですねえ。いいですねえ」と零す。
色々なことを忘れても、四季に応じた食材の移り変わりは覚えているのだから、あの人らしい。日本の四季は美しい、誇りに思うよと、幹夫さんは言っていた。
春にはお花見、夏には山登り、秋には紅葉狩り、冬には温泉。幹夫さんは毎年4回、私を遠くへ連れて行った。目的地まで電車に揺られ続ける時間は、何を話すわけでも無い。
風にふんわりと泳ぐ幹夫さんの香りは、私を安心感で満たしてくれる。寄り添い合って手を繋ぎ、2人揃って眠りに落ちる。目覚めると必ず肩に掛かっている幹夫さんの上着が、大好きだった。
ちょっとした充足感。
妻である私だけの特権。
思い出す度、ぽつり、ぽつり、幸せが溜まっていく。