「温かな香りの香水ですね。心地が良い」

 その言葉を聞いた瞬間、目の前にいる幹夫さんが二重に見えた。ぼやけた私の視界から垂れる一本の雫。何度流したか分からない涙。しかし、これは確かに嬉し涙だった。

「これは主人からの贈り物なんです。還暦祝いで貰いました」

 自分の口から発した主人という響きが、自分の耳に突き刺さる。

「ご主人は素敵な趣向をお持ちですなあ」

 そう言って、幹夫さんは笑った。照れくさそうな表情。はにかんだ笑顔。私は、何処に居ても何をしていても、この笑顔を愛おしく思う。とうに還暦を過ぎた今でも、変わらない。

 私は、昔と変わらない。

 ううん。私だけは、昔と変わらないんだ。