「それでね私、事故の日に車の中で話した会話が、ずっと忘れられないの」
 「どんな会話か聞いても良い?」
 俺は首を傾げた。

 「『パパとママは運命の人なんだよ。恋人でも、夫婦でも、友達でも、どんな関係でも、誰にでも、必ず運命の人はいる』って、そんな会話をしたの」
 「運命の人、か」

 「それが、最後の会話になっちゃったけど」
 雪は話を続けた。

 「だから私も、運命の相手を知りたかったの。ちゃんと見つけられたら、パパもママも少しは安心するかなって」
 雪は、今度こそ笑った。強く優しい顔で笑った。

 「それで、泣いていたの?」
 出会った日、陽に照らされていた頬の雫を思い出す。
 「え? あっうん」
 雪は節目がちに、髪の毛を耳にかけた。

 「舜に声をかけられた時、この人が運命の相手だって思った。不思議だけど直感的に。だから、私と出会ってくれてありがとうね」

 それを聞いた瞬間、俺は席から立ち上がり、雪の手を握った。意思とは関係なく、体が勝手に動いていた。

 「なあ雪、一緒に病院に行こう」
 「えっ?」
 雪は顔を上げ、うるうるとした瞳を小刻みに揺らす。

 「俺が運命の人だって、ちゃんと家族に紹介しよう」
 「いいの? 私の話、信じてくれるの?」

 「当たり前だろ。俺、頭良くないからさ、運命がどうとかあんまり分かんないけどさ。でも、俺らが出会ったことには絶対意味があると思うんだよ」

 「あのね」と呟く雪の睫毛の裏に、涙が溜まっているのが見えた。
 「想像の世界にいる時は場所を動けないの。だから、病院には行けない……」

 「そんなの、現実で会えば良いだけのことだろ。門倉第一中学で待ち合わせしよう。あそこなら絶対間違えないよな」
 雪の頬に涙がはらはらと零れ落ちる。
 「私たち、きっとちゃんと会えるよね」

 だめだ。もうこれ以上泣いて欲しくない。
 俺は雪の頬に手を伸ばし、それを両手でぬぐい取った。

 「今日はもう遅いから。明日の朝9時、校門前に集合な」
 
 雪は静かに何度も頷きながら「ありがとう」と微笑んだ。