「夏休みが始まってすぐ。家族旅行に出かけたら、事故にあったの。車を運転していたパパが、信号無視で飛び出してきた自転車を避けようと、ハンドルを切って」

 俯く雪の表情が見えない。

 「パパもママも病院で眠ったまま、ずっと意識が戻らない」
 
 俺は言葉を失った。

 「私たち凄く仲が良くて、毎年夏には旅行に出かけるの。それで今年は海に行こうって、私が提案したばっかりに……」
 少しだけ顔を上げた雪は、下唇をきゅっと噛んだ。

 「本当は、私じゃなくてパパとママに助かって欲しかった。二人が助かるなら、私の全てだって捧げるのに」
 俺は、ズボンの上から自分の太ももをぎゅっと握りしめた。

 「苦しかった。悔しかった。涙が止まらなくなった。でもね」
 「うん」
 こんな時、短い相槌を打つ以外、返事の選択肢がない俺が情けない。

 「想像の世界に遊びに行けるようになったのは、その日が境なんだ」
 「うん、うん」

 「神様が、現実逃避させてくれたのかな」
 雪はそう言って、やっと笑った。ほんの少しだけ、笑った。