「最初は、『雪国』のことを考えている時だった。ぱっと顔を上げたら温泉旅館にいたの。窓から見えたのは、一面の銀世界」
ねえねえ、川端康成の『雪国』って読んだことある?
ママが近代文学を好きなこともあって、私も沢山、本を読むの。
中でも好きな小説が『雪国』。
『雪国』のことを想像していた時、気が付いたら温泉旅館に移動してた。
つまり、私がいたのは物語の舞台、越後湯沢だったってこと。
最初はなにがなんだか分からなくって、びっくりした。
雪は、身振り手振りを加えながらつらつらとこんなことを語った。
「ねえねえ、信じてくれる?」
うるうるとした茶色い目で俺を見つめたあと、俺の返事を待たずして遠くを見た。
「目の前に、島村がいた。駒子もいた。嬉しくなって、行男と葉子にも会いに行った。その時、行男、まだ生きてた」
俺は『雪国』を知らないけれど、どうやらその登場人物らしい。
「それからは、色んな小説の世界に遊びに行った。そしたらある日、小説だけじゃなくて、想像さえすればどんな場所にも飛んで行けるって気が付いたの」
「想像すれば、好きな場所に移動できるってこと?」
「そう。今も私、ベッドの上にいる」
「え?」
「ベッドの上で、『雪の運命の人に会わせて下さい』って想像したら、ここに着いて、すぐに舜と出会ったの」
「えええ。運命の人?」
俺は目を丸くした。
「そう。だから、私と舜は運命の相手ってことになる」
想像の世界。小説。雪国。運命の人。好きな場所に飛んで行ける。
初めて聞いた沢山の単語が、頭の中でぐつぐつと沸き立つ。沸騰する直前でぶんぶんと頭を横に振り、我に返った。
仮に雪の言うとおり、俺たちが運命の相手なのだとしても、でも、どうして、
「どうして、そんな想像をしたんだ?」
すると雪は神妙な面持ちで口を開いた。
「・・・・・・きっかけ。聞いてくれる?」