「そういう訳で、私の名前は佐倉 雪って言うの。門倉第一の中学三年生」

 そういう訳ってどういう訳ですか。
 なんてことは言えず、「う、うん」と相槌を打った。

 というか、門倉第一って俺の母校だ。

 「呼び方は、雪で良いよ」
 雪は頬杖をついたまま首を傾げる。

 「あ、うん」
 「舜。雪って呼んでね」
 「……分かった」
 俺、一応先輩なんだけどな。まあいいか。
 それにしても、名前が似合う。白いワンピースが相まって本当に雪の妖精のよう。たおやかという言葉の意味は知らないけれど、雪は多分たおやかな人だ。

 「ねえ、雪って呼んでよ」
 すると突然、声色が変わった。
 甘ったるい猫のような声で、ねえねえ、と鳴く。

 「え、今?」
 「そう。今、呼んでよ」
 雪崩のように襲いかかるペースに、おたおたしてしまう。

 「お願い」
 真っ直ぐに俺の目を見つめる茶色い瞳が、小刻みに震える。

 「じゃあ。雪……」

 雪は下唇を噛んで、息を吐くように微笑んだ。
 「ありがとう、舜」

 雪は満足そうな顔をしたあと、「ごめんね。今日はもう行かなきゃ。また明日、同じ場所で待ってるね」と言って、すうっと姿を消した。

 「え? 行くってどこに?」

 俺はきょろきょろと辺りを見回した。

 赤ちゃんを膝に乗せて絵本を読む女性、席に座って真剣にページをめくる男の子。
 視界に入ってなかったけど結構人がいたんだな、と思うと同時に、周囲がざわざわと音を取り戻す。

 しかし、そのどこにも、雪はいなかった。