それから10年。
 あの夏に見た美しい雪を忘れた日は、一日だって無い。

 「懐かしいなあ。あの日ね、舜の言葉、全部ちゃんと聞こえていたのよ」
 結婚式場の待合室。純白のウェディングドレスに身を包む雪が、顔をくしゃっとさせて笑う。

 「あのあと雪が目を覚まして。しかも、こうして舜くんと結婚するなんて本当に嬉しい」
 雪の母さんが、俺の母さんに向かってぺこりと頭を下げた。2人とも鮮やかな着物を羽織っている。

 「私もです。舜は雪ちゃんに出会ってから、凄く優しい子になりました。結婚できて良かったねえ」
 母さんが俺の背中をぽんと叩いた。

 「雪さんは運命の相手だって、出会った日からお互いに知っていましたから」
 俺は、ワイシャツの襟をぴしゃりと直した。

 「あら。どうして運命の相手だって思ったの?」
 雪の母さんが、目尻に皺を寄せて微笑みながら、俺と雪を交互に見つめる。

 「それはねえ……、秘密っ!」
 雪は長いイヤリングを揺らしてふふふと笑い、俺向かってウインクをした。

 「もう、仲良しなんだからっ」
 部屋中に全員の笑い声が響き渡る。

 「運命に、意味や理由なんていらないもん」
 雪は窓の外をぼんやりと見つめながらそう呟いたあと、「うわあ。綺麗~」とため息を漏らした。

 そこには、たおやかな妖精のような初雪が、二人の門出を祝福するようにちらちらと舞い踊っていた。