「嘘……だろ……」
 
 受付の人に案内された病室の氏名欄には、【佐倉 雪】と記されていた。
 俺が暫くそのまま中に入ることが出来ないでいると、スッーという音をたて扉が開いた。

 「もしかして、雪のお友達?」
 目を真っ赤に腫らした女性が、顔を出す。

 「あ、はい。一応」
 「はじめまして、雪の母です。良かったら、中に入って。顔を見てあげてちょうだい」

 俺は、言われるがまま病室に足を踏み入れた。
 「失礼します」
 次の瞬間、右手で掴んでいた鞄が、手から滑り落ちた。
 震える喉から、声にならない声が漏れ出る。
 「あ・・・・・」
 
 目の前にいたのは、紛れもなく図書館で出会った雪だった。
 
 それなのに、沢山の管に繋がれ、白いベッドの上に眠ったまま動かない。
 あんなに天真爛漫に笑う雪が、表情がころころと変わる雪が、楽しそうに歩く雪が、ベッドの上で目を瞑っている。

 「雪、雪・・・・・・!」

 俺はかすれた声でゆっくりと雪の名を呼びながらベッドに近づいた。

 「この子、事故にあってからまだ一度も目を覚ましていないの。この子だけが、犠牲になって」
 雪の母さんが、ハンカチで口を抑えた。
 
 「なあ雪、聞こえるよな?」
 頬が大粒の涙で濡れる。
 ベッドのすぐ横にしゃがみ込み、雪に話しかけた。

 「ほら、雪の父さんも母さんも、家族みんな無事だよ。お前、あれだけ願ってただろ。みんなが無事であって欲しいって。無事だよ、安心しろよ」

 ぎゅっと掴んだ雪の手は、あの日と同じ冷たさだった。

 「俺、こんなに誰かのことを考えたの、はじめてだったんだよ。誰かの笑顔を見たいって思ったのも、はじめてだった。泣いてほしくない。ずっとずっと、笑っていて欲しいって思ったんだ。だから頼むよ、目を覚まして笑ってくれよ」

 それから俺は、ベッドの横でわんわんと声を上げて泣いた。

 雪の母さんは、そんな俺の背中をずっと優しくさすってくれた。