結と出会って数週間後ーー。


 皐はまた、月明かりが光る夜道を歩いていた。もちろん、結に会うために。彼の足取りは軽やかで、表情も晴れている。魔女に与えられた力は未だに残っていると言うのに、まるで別人のようだった。


 結との出会いが彼を変えた、と気づくのは一目瞭然だろう。いつしか、結に会う時間が、彼にとって至福の一部となっていた。


 そんな彼の足取りを止めたのは、何気ない一声。


「ちょっと、そこの少年」


 鼓膜をくすぐった呼びかけに振り返ると、見覚えのある女性がひらひらと手を振っていた。


「お前……」


 皐は今までの雰囲気とは一転させ、警戒心を高める。無理もない。彼を呼んだ女性は、彼に特別な力を授けた、あの魔女だったのだから。


 僅かに構えの姿勢を取る皐に対し、なんの注意もしない素ぶりで彼女はゆったりと近づいてくる。


「あれからどうかな、私が授けた力の方は」
「おかげで散々な日々を送っているさ」
「そうか?私には君が喜んでいるように見えるが」
「は?」


 一体どこをどう見れば、喜んでいるように思えるのだろう。こちとらは苦労をしたというのに、と皐は怒りを覚えた。


「喜ぶ奴がどこにいる?聴きたくもない他人の声が流れ込むことに利点なんてねぇだろ」
「心の声だって?」
「とぼけるな。おまえが勝手に与えたんだろ?」
「もしかして君は勘違いをしているんじゃないか」
「勘違い?」

 
 突然告げられたことに、皐は思わず聞き返した。


「君、もしかして私が他人の心を読める力を授けたとでも思っているんじゃないか?」
「実際そうだろ?」
「いや、それは君がただ他人の心境を読むのが得意なだけだよ」
「はぁ?何言ってんだお前」


 いくら心境を読むのが得意でも、あれほどはっきりと他人の心の声。想像できるだろうか。


「もし仮にそうだとしたら、今までだって他人の声が読めるはずだろ?」
「まぁ、確かにな」
「けど、俺はそんなこと一度だって経験したこともない」


 皐がそうはっきりと告げると、魔女は顎に手を当てて「ふぅむ……」としばらく考える。


「これは憶測だが、それは力のせいで周りが見えすぎるようになったのは原因だろうな。だが、私は君に他人の声が聴こえるようになる力を授けた覚えはない」
「だったら、何の能力を授けたんだよ?」


 皐が尋ねると、女性は意味ありげに微笑みを浮かべる。


「運命の人と出会える力だよ」