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 その約束通り、2人はまた、真夜中に同じ公園のベンチに座っていた。


「まさか本当に来るとはな……」
「そういう皐も、ちゃんと来たじゃないですか」
「いや、約束したらそりゃ来るだろ」
「みんなそうですよ」


 結はさも当たり前のように告げる。それはそうか、と皐は頷くしかなかった。


「てか、こんな夜中に、それも男と2人っきりとか大丈夫なのか?」
「ふふっ、そこ心配します?昨日だって、2人きりだったのに?」
「いや、まぁ……」
「私が大丈夫って言ってるので大丈夫ですよ」
「そうか」


 色々と心配はあるが、取り敢えず本人が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。皐はそれ以上、深く考えることをやめた。と言うより、これ以上聞いたところで、きっと結は、はぐらかすだけだろう。


「それで。まだ話したいことがあるのか?」
「話したいこと……。はい、まぁ、そうですね。……多分」
「……?」


 少し歯切れの悪い結の言い方に、皐は首を傾げて彼女を見つめる。だが、彼の視線に気づいた結は慌てて声を上げた。


「そっ、それで今日は何を話しましょうか?」
「いや、俺に聞かれても……」
「あはは、そうですよね……」


 気まずくなった2人は口を閉ざしてしまう。そのせいで、夜の公園には何やら微妙な空気が流れ始めた。


 皐は困惑する。この空気感を何とかして変えたい。だが、果たしてどうするのか。何故か、今は昨日のように結の心の声が聞こえない。故に、彼女が何を求めているのか、何を考えているのか分からない。


 ここは普通に尋ねるしかないか、と割り切って皐は口を開いた。


「それで、本当の理由はなんだ?」
「えっ?」
「話があるって雰囲気じゃないだろ。なら、なんで約束したんだ?」
「それは……」


 何かを話そうとして、しかし結は何故か口を閉ざしてしまう。一体なんなんだ、と皐は彼女を訝しんだ。昨日出会った人間だ。あまり事情を知らないから、その態度にどんな意味があるのかは分からない。


 無理に聞こうとしても彼女の事情が把握できなければどうしようもない。それに、赤の他人同然の人間のことを深く掘り下げるのも良くないだろう。


「まぁ、話したくないんだったら良いんだが……」


 こうするのが得策だと、皐はそう告げた。


 だがーー、


「話したく、無いわけではないんです。ただ、その……これを言ったら、皐が、どう感じるか……」
「?」


 予想外の返答に皐は面食らう。ますます、結という少女の心境が分からない。


「どう感じるかって、どういうことだ?」
「えっと……迷惑、とか、おかしい、とか思わないかなって」
「?人に会う理由に、おかしいも何もないだろ?」
「本当にそう思いますか?」
「ああ」


 それを聞くと、結は一気に緊張を解いて、微笑みながら皐を見つめる。何処か紅らんでいる頰に、皐の胸は不意に高鳴った。


 もじもじと指を遊ばせながら、結は思い切って口を開く。


「えっと……その、皐に会うため、だけなんです……」
「えっ?」
「だから、皐と一緒にいる時間を増やそうと……ごめんなさい。やっぱり変ですよね、こんなの」


 唐突に俯く結。


 皐は驚きを拭えない。聞き間違いでないのならば、彼女は自分に会う、そのためだけに約束を取り付けたと言う。果たして、そんな人間がいるだろうか。普通ならばそう疑問に思うはずだ。しかし、彼は妙に納得した。


「それでも、正当な理由じゃないのか?」
「えっ……?」


 まさかの返答に、結はガバッと顔を上げた。潤んだ瞳の上目遣いに、皐までもが顔を紅に染める。


「いや、その……別に俺は、会いたいっていうのが理由でも、悪い気はしないが……」
「そう、ですか」

 
 結は静かに笑った。


「そう言ってもらえて、嬉しいです。……よければ、これからもその理由で会えませんか?」
「え、あ、ああ、もちろんだ」


 即座に答えを出す皐に、結は今度はあからさまに笑い声を上げた。


 夜の公園。誰も知らない2人きりの時間が、穏やかに流れ始める。