ーーーー 「バルダン様! ユリシア様のお姿がありません! 恐らく逃げ出したのかと」

「何だと!!」

バルダンは、自室の壁に拳を打ち付ける。

「誰かが手引きしたに違いない。 いいな! 必ず見つけ出せ! 見つけ次第、分かっているな? 」

「はっ!!」

バルダンの剣幕から逃げるように、直属の部下である兵士が部屋を後にする。

「国王。あなたの仕業ですね。判断力の衰えたあなたは、いい加減に隠居すべきです。そして、ユリシア様がいなくなれば、我が孫。ロランに王座をつかせる。そうなれば、この国は間接的に私のもの」

バルダンは、窓に映る不気味な笑みを浮かべる男を見つめ、邪な思惑を巡らせていた。

ーーーー オーランドの助けもあり、無事に城を抜け出したロランとユリシアは、国を抜け出し、手を繋ぎ深い森を駆けていた。

「ロラン! いい加減に止まってよ! 疲れた!」

しかし、そのユリシアの制止は、ロランの耳に届かなかった。

「死なせない。絶対に。死なせない」

そう何度も呟く声は、雨音に混ざりユリシアの耳にもうっすらと届いていた。

「ロラン!!」

次にユリシアが発したその声は、そんな雨音さえも切り裂く、怒声に似たものだった。

これには、ロランも思わず足を止める。

「もう! いい加減にしてよ! 何をそんなに焦っているの!? 何から逃げているの!?」

ユリシアの浮かべた困惑と、震え混じりの声が、じわじわとロランの心に、罪悪感を植え付けた。

「ご、ごめん。そうだよね。ちゃんと話しておくべきだったよね」

ロランは自分の不甲斐なさを戒めるように、空いている手で強く拳を作る。

「ここら辺だよね? 昔、私がお城から抜け出して、迷子になって、帰れなくなって。そしたら、ロランが助けに来てくれて。 近くの洞窟で、夜を越したんだっけ? あの洞窟、まだここら辺にあるよね? 」

そうユリシアが辺りを見渡すと、当時と変わらぬ姿の、岩壁に出来た穴を見つける。

「とりあえずさ。あそこに隠れようよ。そして、あそこで全部話して」

ロランはその提案に小さく頷くと、今度はユリシアが先導して、繋いだ手を引いて洞窟へと入っていった。

すっかり慣れ親しんでしまった雨から身を隠すように、二人肩を触れ合わせる。

雨音だけが岩壁を叩いて、洞窟内を揺らしていた。