翌日は入学後テストが行われた。魔力や属性などを再測定するもので、ここでミアが光属性だということが判明する。
私は白けた気持ちで、大騒ぎする教師陣を見ていた。
ミアはこの日まで平凡な田舎の男爵令嬢だった。魔力が少しあるから学園に通うことになっただけ。それなのに光属性唯一の人として日々がガラリと変わっていく。
『花咲くロマンス学園』はパラ上げゲーだ。上級のファーストクラスと下級のセカンドクラスがあり、正規攻略対象たちは皆ファーストクラスだ。一年が終わるまでにファーストクラスに居続けられるパラメータがなければエンディングを迎えることができない。
ミアはこの瞬間まで、当たり前にセカンドクラスのはずだった。
「能力ある者に平等に学ぶ機会を!」と掲げる学園だけれど、それは結局きれいごとでファーストクラスとセカンドクラスではしっかりと身分差がある。よっぽど何かが秀でていなければ、上位貴族しかファーストクラスには行けない。
「ミア・ハリディはファーストクラスに編入させることにしましょう」
話し合いを終えて、メガネをかけた先生が宣言した。
やはりゲームの展開通り、私はファーストクラスに入ることになりそうだ。しかし――。
「先生、セカンドクラスのままではダメですか?」
「どうしてですか?ファーストクラスは名誉なことなんですよ」
「ええ。でも私は今まで魔力はほとんどないと思っていましたから。まずはセカンドクラスで基礎を学びたいのです。知識をつけて、私に本当に能力があるとわかってからの方が学園にとってもよいのではないでしょうか?」
それっぽい理由を並べてみる。教師たちは顔を見合わせるけど、それでもいいと思っているに違いない。
クラス編入は前例のないことだし、私はファーストクラスに行けるような身分ではない。光属性というおとぎ話の中だけの属性は価値があるのかもわからない。本人が希望しているならばまずはセカンドクラスで様子を見たいというのが本音だろう。
「わかりました、では一学期の成績を見てから考えましょう」
『ハナロマ』も一学期ごとに成績審査がある。目標パラメータを満たさなければノーマルエンドに到達する。私は誰かを攻略するつもりはない。このエンドしか考えられない。
その日の行事を全て終えて、寮に戻ろうとしていると「ミア!」と聞き慣れた声が聞こえてきた。振り向くとそこには美しい金髪を揺らしたアンバー様がいた。
「ミア、聞いたわよ。ファーストクラスに入らないんですって?」
「ええ」
「どうして?」
「どうしても言われましても……」
ゲームのミアは自動的にファーストクラスになる。ゲームと異なる進行になったことを不思議に思ったのだろう。アンバー様にいつもの余裕そうな微笑みはなかった。
「貴女と同じクラスになれると思って楽しみにしていたのよ」
アンバー様の声が廊下に響いて何人かの女生徒が見ている。「あら、またあの子よ」と噂話が始まるのを感じる。
「ミア、遠慮しなくてもいいのよ。ファーストクラスって名誉なことだし一緒に――」
私の肩にアンバー様が触れる。思わず反射的にその手を振り払ってしまった。
「きゃっ」
アンバー様が声をあげると、後ろにいた令嬢たちが私を睨むのを感じる。
「申し訳ありません、当たってしまいました。――それでは失礼します」
ファーストクラスに行かないということは、レオ様を攻略しないという意思表示なのに。どうしてそれじゃあダメなのかしら。
・・
「遠慮しなくてもいいのよ」あの時もお姉ちゃんはそう言った。
私たちは小学校から大学まであるエスカレーター式の学校に通っていた。だから二十二年、私はずっとお姉ちゃんの後をついていくことになった。
高校生になった頃には、お姉ちゃんへの違和感が大きく膨らんでいたから本当は別の進路がよかった。
他の大学も調べたし、なんなら就職してもいいと思って、両親に相談してみたけれど「なんのために私立小学校を受験して、ずっと高い学費を払ってきたんだ」と泣かれてしまい、それ以上は抵抗できなかった。
「萌々香もいるんだから、安心できるでしょう?」と呪いのように母は囁いた。
だから就職して、初めてお姉ちゃんと別の道に進んだとき、ようやく肩の荷が降りたような気がした。お姉ちゃんは大手の広告代理店で働いていて、私は希望していた出版業界に入り、小さいけれど好きな出版社に入社した。
お姉ちゃんの影にならなくていい日々は想像していた以上に自由で、私は家を出て行くことに決めた。
家を出るための目的の金額が貯まってきた頃、夕食の席でお姉ちゃんは言った。
「転職することにしたの、もう内定も出た」
そう微笑む姿に嫌な予感がした。悪い予想は当たるもの。お姉ちゃんが語った会社は、私の第一志望で、最終面接で落ちた出版社だった。
「まあ大手じゃない!」
「転職なんてドキッとしたけど、さすが萌々香だな」
「キャリアアップね!」
両親はその会社が私の第一志望だったと知っていたはずだけど、もうとっくに忘れてしまっているのかもしれない。
「菜々香と同じ業界になるわね。萌々香、菜々香をよろしくね」
母は安心したようにお姉ちゃんに言った。私の方が先に働いているのに。
「あの出版社が出したものはパパもたくさん読んでいるよ。菜々香の出版社は知らないところだったからなあ」
機嫌よく父はビールを飲んだ。
会話の中心にいるお姉ちゃんはニコニコしていて、三人だけの家族のようだ。私が一人黙って唐揚げをつつくのを誰も気にしていないのだから。
「あ、そういえば。菜々香もうちの会社受けてたんじゃないっけ?良かったら紹介してあげようか?」
お姉ちゃんは私に笑顔を作る。まだ働いてもいないくせに、と嫌味を言いたくなったがどうせお姉ちゃんはそこでもうまくいくんでしょうね。
「ううん、私は今の会社が好きだから」
「えーっ?遠慮しなくてもいいのよ」
お姉ちゃんにはわからないのだろう。私の仕事の楽しさが。素敵な作品に出会えた時の幸福が。それは会社の大きさで決まることではない。