▶第4話
●軍学校一年Eクラス
ハルリアナ「本日よりEクラスに所属することになりました、編入生のハルリアナ・オルティシアと申します。以後お見知りおきを」
黒板の前に立ち、淡々と自己紹介するハルリアナ。(教室はうしろに行くにつれて机の位置が高くなる大学講堂のようなつくり)マチルダはその隣についている。
ハルリアナの名を聞くなり、クラスメイトはざわつく。
クラスメイト「オルティシア……?」
クラスメイト「代表の苗字だ。副大統領閣下の親戚か……?」
レオンハルト「……」
マチルダ「オルティシア、お前の席は右後段、エクレール――エクレール、挙手! 見えたな? あの隣とする。速やかに着席しろ」
ハルリアナ「はっ」
挙手をした白金の髪の少女(シャーロット・エクレール)の隣に座るハルリアナ。
ハルリアナ「よろしくお願いします」
シャーロット「……ええ。シャーロット・エクレールよ。よろしく」
ハルリアナ「エクレール……というと、もしやフェリシアの」
シャーロット「あら、ご存知なの? まあ、我が家ほどともなると当然ですわね。そう、わたくしはフェリシア王国はエクレール公爵家からの留学生ですわ」
少し誇らしげに笑うシャーロット。
長い髪をふぁさりと払う。
ハルリアナ<フェリシア王国。現在は賢王と名高い国王を頂点に戴く、三百年の王朝が続く国……>
ハルリアナ<その国の公爵家の娘が、留学生……なのはともかく、なぜEクラスに?>
シャーロット「あなた、なかなか教養があると見ましたわ。副大統領閣下の縁者なら当然かもしれないけれど……。でも、その漆黒の髪、どこかで――」
マチルダ「――静粛に!」
シャーロット「! (一瞬身を強ばらせたのち、すぐに姿勢を正して前を向く)」
マチルダ「お前たちもわかる通り、これは異例の編入だ。各自聞きたいことはあるだろうが、質問などは休憩時間に行うように!
それでは朝礼を始める――」
モノローグ)――朝礼後
クラスメイト男子「なあ、やっぱり、オルティシアってことは副大統領閣下のご親戚なんだよな?」
ハルリアナの席の周りにいる生徒が、ハルリアナに話しかける。少し離れた席の者も、興味深そうにチラチラとハルリアナを見てている。
クラスメイト女子「どうしてこの時期に編入を? 閣下のご意向?」
ハルリアナ「ええ、まあ……」
クラスメイト男子「それで俺ら落ちこぼれの集まるEクラスなんて、なんというか……」
クラスメイト男子「編入試験でヘマやったとか?」
ハルリアナ「編入の特別措置の代わりに、とのことです」
クラスメイト男子「へえ。じゃあ本当は優秀かもしれないんだな」
レオンハルト「――まさか。そんな恥知らずが優秀のはずがないだろう」
レオンハルトの声で、授業前の賑やかだった教室が静まり返る。ハルリアナは変わらず無表情。
クラスメイトは困惑している様子。
クラスメイト男子「……えっと、レオンハルト? なんだよ、突然刺々しいな……?」
クラスメイト女子「というか、レオンハルト君はハルリアナさんとどういう関係なの? 苗字が同じみたいだけど」
レオンハルト「……父が引き取ってきた帝国の亡霊だ」
クラスメイト「!」
シオン<ふーん……>
帝国、の名前を聞いた瞬間に、周りのクラスメイトが息を飲み、ハルリアナを振り返る。
周囲が驚愕に包まれる中、赤い髪の少年、シオンだけが観察するような目でハルリアナを見ている。
ハルリアナ<……なるほど。ここの生徒も和華の悪名は知っているようですね>
ハルリアナ<あの――差別と偏見にまみれた、最悪の帝政を>
ハルリアナの脳裏によぎる過去の映像。
地下に質素な服で閉じ込められて育てられていた時の暮らし。
弱冠七歳で戦場に送られる時、空港まで走るための車の窓から見た、収容所の高い壁。
そこで、働かせられる人々の姿。
シャーロット「(呆然と)じゃあやっぱり、その髪色は……」
レオンハルト「そう。帝国皇族の生き残りの証だ」
クラスメイト「……そんな」
クラスメイト「どういう……なんでそんな奴が……」
左前段の席に座っていたレオンハルトが立ち上がり、剣呑な表情で後段右の席のハルリアナに近寄っていく。
レオンハルト「俺は、あんな腐った国の皇女を引き取るなんて、ずっと父の気が知れなかった」
ハルリアナ<……まあ、腐った国というのは同意ですね>
レオンハルト「うちに来る前にお前の階級は知っている、元中佐殿。皇女の位で地位を買い、名誉だけ得て、どうせぬくぬくと後方にいたんだろう?」
ハルリアナ「……確かに、皇女特権で佐官になったのは事実ですね」
ハルリアナ<ほぼ無理矢理【魔人】部隊に捩じ込まれたので、ぬくぬくと後方にいた覚えはないですが>
再び、短いハルリアナの回想。
第1話で【怪魔】と激闘を演じるハルリアナの姿がここにも載る。
レオンハルト「そして、後ろ盾である帝国が倒れたら、すぐに戦場から逃げ出した――この、恥知らずが。
――よく、のうのうと副大統領の養女を名乗れるな」
ハルリアナ<――それは>
ハルリアナ<彼の言うと通りだ>
モノローグ)思い出す、共に戦った部下の顔。
モノローグ)【魔人】部隊として、戦友とともに戦場を舞ったあの時。
ハルリアナ<それらを全て放り出して、わたしは軍を離れなければならなかった>
ハルリアナ<恥知らずと罵られても――言い返せませんね>
レオンハルト「ここにいるEクラスのメンバーは、落ちこぼれと呼ばれてはいても、少なくとも人々を救おうという思いを抱いてここにいる。
……お前がどんなつもりでこの学校に来たのか、父が何を考えているのかは知らないが、俺たちの邪魔をするのであれば許さない」
ハルリアナ「……もとより邪魔をするつもりでここに来たのではありません」
何も言わず、表情を動かさずにレオンハルトを見るハルリアナ。
レオンハルトがさらに苦々しい顔になる。
クラスメイトも、シャーロットも厳しい表情でハルリアナを見ていた。
苛烈な差別政策を行った、人でなしの和華帝国皇族を見つめる瞳である。
レオンハルト「それだけか。反論も弁明もないのか?」
ハルリアナ「特にはありませんね」
レオンハルト「お前は……!」
シオン「――そのへんにしとけよ代表。
特に何をしたってわけじゃない奴の過去をあげつらうってのも行儀悪くねぇ?」
席中央部から聞こえてきた声に、クラスメイトも、レオンハルトも、ハルリアナも視線を向ける。
頬杖をつき、黒板を見たまま後段を振り返りもせず、だるそうに喋る少年の横顔がクローズアップされる。
レオンハルト「シオン……。お前は和華の出身だろう。皇帝と皇族の政策に一番苦しめられていた人間だ。何とも思わないのか?」
ハルリアナ<和華の出身……? 政策に苦しめられてきたということはまさか、魔素を持った平民の……?>
ハルリアナの顔色がわずかに変わる。
ハルリアナ<それならまさか、彼は収容所で育った――>
シオン「そりゃ思うところはたくさんあるぜ。何せ大っ嫌いな祖国の元お姫様だ。……ただ、それはお前が言うことじゃないだろ。俺の問題だからな」
レオンハルト「……それは、」
マチルダ「――おい、貴様ら何を揉めている?
本日一限は実技だ! とっとと第三校庭に集合!」
教室内に入ってきたマチルダの鶴の一声で、クラスメイトはざわめくのをやめた。
レオンハルトはハルリアナを一度睨み、自分の席に戻っていく。
●第三校庭
マチルダ「さて本日の実技は、予定していた通り、先日の小隊時戦闘訓練の応用とする」
士官学校の制服(規定上制服が軍服であると解釈されるため、戦闘服が制服となる)をジャケットまで着用し、校庭に集まったEクラスの生徒たち。その前に、マチルダが仁王立ち。
ハルリアナ<……一年生から実戦に近い訓練を?>
ハルリアナは少し驚いた表情。
マチルダ「三人一組を組み、【怪魔】側と統一軍側に分かれての戦闘訓練だ。……分かってはいるだろうが、統一軍は今まさに慢性的な人員不足だ。本来ならば二、三年次に行う訓練を前倒しで行っている」
ハルリアナ<――なるほど>(目を細める)
ハルリアナ<年次に見合わない訓練が行われているのは、そういうことでしたか>
マチルダ「貴様らもいつまでもEクラスと呼ばれたくなくば、こういった訓練で実力を発揮しろ。知っての通り、実技で優秀な成績を収めれば、上位クラスに上がれる可能性も出てくる!」
クラスメイト「「「はっ!」」」
マチルダ「……では今からランダムに選んだ三人一組及び配役を読み上げる。まずはアクランド、ダンシー、ラウラーソン、貴様らは――」
そして、マチルダが配役とチームを読み上げ終わる。
マチルダ「――そして今日編入のオルティシア! 以上だ!
協力し合い、相手チームに勝利を収めろ。負けたチームにはペナルティを与える」
ハルリアナ<……なるほど。協力し合い、ですか……。まあ、小隊で協力するのは【怪魔】討伐時の基本中の基本ですが>
三人一組となった、ハルリアナ、シオン、シャーロットが並んでいる姿。
シャーロットは嫌そうな、困ったような顔。
シオンは不機嫌そうにも見える顔でそっぽを向いている。
ハルリアナ<これはまた、協調そのものが大変そうな小隊ですね>
モノローグ)I班 ハルリアナ・オルティシア、シオン、シャーロット・エクレール――配役:統一軍