▶第3話


●オルティシア家食堂

ハルリアナ「は……軍学校に、ですか……?」
ラッセル「ああ」

呆然とし固まるハルリアナ。副大統領は真面目な顔。

モノローグ)軍学校。その名の通り、統一軍の軍人を育てるための機関。
モノローグ)軍人志望でかつ入学試験を突破した者、もしくは魔素耐性検査を経て【魔人】となれる可能性がある者のみが入学できる。
モノローグ)大国には基本、首都に一校設置され、卒業者は人類統一軍の士官となるが――。

ハルリアナ<指揮官を育てる、つまりは軍のエリート育成の教育が施される機関とはいえ……>
ハルリアナ「これでも一応、わたしは現場を経験している野戦将校だったのですが……。なぜ、いまさら学校に?」
ラッセル「……(じっとハルリアナを見つめる)」
ハルリアナ「……それに、よいのですか? わたしは軍から追放された身です。軍学校に入るなどすれば、お養父さまが大統領閣下にお叱りを受けるのでは?」
ラッセル「いいや、それに関しては問題ない」
ハルリアナ「なぜですか?」

不敵に笑う副大統領。

ラッセル「追放されたのは『和華帝国の皇女として中佐になったハルリアナ』であって、『ライセン合衆国のハルリアナ・オルティシア』ではない」
ハルリアナ「……それは、屁理屈、というものでは……」
ラッセル「屁理屈も理屈の内だろう」
ハルリアナ「お養父さま……」

ほんのわずかだが表情に軽く困惑と呆れを見せるハルリアナ。
少ししてから、副大統領が肩をすくめる。夫人は眉を下げ、どこか心配そうな表情。

ラッセル「なんにせよ、ハルリアナ。君の意志を聞きたいのだよ」
ハルリアナ「……わたしの」
ラッセル「私達はこの機会で君を戦場から遠ざけ、平穏な人生を送らせてやりたいと考えて引き取った。しかし……それは君の意志に反していたのではないかと思ったのだよ。
 どうする、ハルリアナ。君は、戦場に戻りたいかね?」

少しの間ののち、ハルリアナは真っ直ぐ副大統領を見る。

ハルリアナ「できうるならば。
わたしの生きる場所は、あの戦場でした。わたしは、戦う以外はからっぽです。同じからっぽならせめて、戦って生きて死にたく思います」
副大統領夫人「ハルリアナ……」
ラッセル「……そうか。わかった」

難しい表情で頷く副大統領。

ラッセル<やはり、この子は……>
ラッセル<平和も、幸福も、知らないのだ。3年ここにいても、祖国で差別された記憶と、戦場での記憶が邪魔をして、『普通の少女として生きること』ができない>
ラッセル<それなら、いっそ――>

副大統領、顔を上げる。

ラッセル「ならやはり、軍学校に入ってもらいたい。そこからまた、君は軍人となりなさい」
ハルリアナ「ご指示とあらば、そのように」
ラッセル「ただし、こちらから言い出してなんだが……その軍学校に入り、軍人となるにも、さすがにタダで、とは言えない。条件がある」
ハルリアナ「ええ、わたしは追放された身から。わかっているつもりです。……その条件とは?」
ラッセル「それは――」


●ライセン合衆国北東地方・国立軍学校

田舎の広大な平地。
ハルリアナは、オスプレイのような小型軍用輸送機から降りる。
目の前にそびえたつのは、武骨で大きな軍学校校舎。広大な敷地の四方が高い壁に囲まれて侵入者をはばむ造りになっている軍学校は、敷地も校舎もまるで一つの砦であった。

ハルリアナ「ここがライセン合衆国の軍学校……」
ハルリアナ<かつてのわたしの任官は、皇女特権によるもの。だから、軍学校に入るのは初めてなんですよね……>

ハルリアナは軍帽を模した白い学帽に、白い詰襟の学ランとプリーツスカートを履いていた。ボタンは金色、合衆国の紋章が入っている。これが、合衆国立軍学校の制服だった。
正門まで歩いていくと、そこにいた黒の軍服姿の女性がハルリアナに近づいてくる。詰襟につけられた金色の徽章は、統一軍大佐であることを示している。
女性は長身で筋肉質、短髪で、まさしく武闘派の女軍人といった風体だった。

マチルダ「待っていた、編入生。私はマチルダ・ゼファー。実技教官筆頭だ」
ハルリアナ「ハッ。ハルリアナ・オルティシア一年生であります、マチルダ筆頭教官殿」

ハルリアナは足を止め、かかとをそろえて敬礼する。
きつい顔立ちのマチルダがふ、と勝気に笑った。

マチルダ「さすが、といったところか。初日で完璧な礼を取れる者はそういない」
ハルリアナ「……『さすが』、とおっしゃいますと?」
マチルダ「貴官《・・》のことは聞き及んでいる、ハルリアナ中佐(・・・・・・・)
『銀狼』の勇名はここまで届いているぞ」
ハルリアナ「……おやめください、教官殿。わたしはもう中佐ではなく、ただの学生です」
マチルダ「フ。そうだったな、オルティシア。……ついてこい、案内してやる」

二人で歩き出し、正門をくぐる。
門番に敬礼されながら敷地内に入ると、学校でありながら軍の施設らしい建物がそこかしこに並んでいることがわかる。

マチルダ「オルティシア。お前がかつて将校であったことは、私と校長、そしてお前の『身内』以外は知らない。混乱を避けるために隠していろ」
ハルリアナ「他の教官の方々もご存知ではない?」
マチルダ「無論だ。誰も『銀狼』を教えたくはないだろうさ。あのエリート・【魔人】部隊腕利きの指揮官《ハンドラー》といえば、軍の中でも伝説だ」
ハルリアナ「……ぬ……からかわないでください……」
マチルダ「ハハハ」

ふと、壁も床も灰色ばかりの無機質な廊下で、ぴたりと足を止めるマチルダ。そしてハルリアナを見る。
ハルリアナもマチルダ倣い、足を止めた。

マチルダ「……まあ、実際にこの目で見るまでは、まさか12歳の子供がここまでの武功を上げるなどありえぬ、水増しだろう、と思っていたがな。
だが、事実、お前はとんでもなく強いようだ。『国のごたごた』で無理矢理退役させられたのだとしたら、また戦場に戻れば助かる命も増えるだろう」
ハルリアナ「……、恐縮であります」
マチルダ「ただまあ、戦場でしか学べないことがあると同時に、ここでしか学べないこともある。死ぬ気で学べ。私は特別扱いせんぞ」
ハルリアナ「望むところです」
ハルリアナ<それにわたしには、この軍学校でなさねばならないことがある>

マチルダがふと廊下の向こうに視線を投げる。
すると、教室があるらしい方向から、制服姿の少年がこちらに向かって歩いてきている。
金色の髪に紫の瞳の美少年。きつい眼差しが、ハルリアナを睨んでいる。

マチルダ「来たぞ。お前の迎えだ」
ハルリアナ「……」

少年が足を止め、マチルダに向かって敬礼した。
しかし、ハルリアナには一切視線を寄越そうとしない。

レオンハルト「Eクラス代表、レオンハルト・オルティシア一年生であります、筆頭教官殿。編入生の迎えに上がりました」
マチルダ「ご苦労」
ハルリアナ「……お久しぶりです、お義兄様」

声をかけてようやく、ハルリアナを見るレオンハルト。
彼は忌々しいものを見るように、ハルリアナを睨んできた。

ハルリアナ<そう、わたしにはやるべきことがある>

ハルリアナは、あの朝食の席で副大統領に言われたことを回想する。

ラッセル『条件、それは――軍学校のEクラスの生徒を有望で有能な生徒にすることだ』
ハルリアナ『え……?』
ラッセル『普通、軍学校のEクラスとは、成績最下位のクラスを指すのだがね。しかし今年は少し違う。問題行動でEクラスにいる者が多い……入試主席にもかかわらず、上級生と揉め事を起こしてEクラスに置かれた我が息子・レオンハルトのように』
ハルリアナ『……そう、なのですか』
ラッセル『ああ。今、統一軍は人手不足だ。上層部は国同士で意地の張り合いをし、他国の指揮官のあら捜しで必死だ。こんな状況を変えるには、やはり若い才能が多く欲しい。
今年のEクラスは例年とは味が違う。だからこそ、可能性がある種は、芽を出してやりたいところなのだよ。そこで――君の力を借りたい。実際に戦場を駆けたエース指揮官としての君の力を』
ハルリアナ『……』
ラッセル『頼まれてくれるね?』
ハルリアナ『……、是非もありません。それで戦場に戻れるのなら――』

回想を終え、顔を上げる。
レオンハルトは変わらず、ハルリアナを睨んでいる。

レオンハルト「――兄などと呼ぶな。お前を妹だと思ったことは一度もない」

ハルリアナ<わたしは、義兄レオンハルトを含めたEクラスを、軍学校、ひいては合衆国の誇れる統一軍人の卵にしなければならない>
ハルリアナ<でも……>

ハルリアナ「申し訳ありません、レオンハルト」
ハルリアナ<……前途多難ですね。この調子では>