▶第1話
●序
モノローグ)『我々は、既に人と人とが戦う時代を超えたのだ。
いや、超えなくてはならなかったのだ。全人類が手と手を取り合う以外の方法で、“彼ら”を相手取るなど、不可能なのだから』
ライセン合衆国第13代大統領・ジョン=オルティシア
大統領就任時スピーチより抜粋
モノローグ)それは、およそ、3世紀半前。
世界最大の大陸、南東大陸。その最南端の古の王国で、『それ』は初めて観測された。
『それ』の見た目は黒い霧そのものだった。人が触れると、たちまち皮膚が壊死していき、死に至った。
黒い霧に覆われて死んでいく人々の姿。
モノローグ)その後数十年のうちに人類は全人口の2割を失ったが、北半球にある3つの大国、
和華帝国、ライセン合衆国、フェリシア王国は即座に、当時激化していた戦争を中断。
3大国はライセン合衆国を中心として、その生命体に対抗するため、『統一軍』を組織したのである。
手を取り合う王や皇帝、首相の姿。
モノローグ)そして、最初の観測から50年。その黒い霧の生命体たちは、人を怪異に変える魔物――【怪魔】と名付けられる。
さらに、人類は研究の中で、【怪魔】の毒に耐え、【怪魔】の異能を己のものとすることができる人間がいることを発見した。
――彼らを【魔人】と、人は呼ぶ。
そして彼ら【魔人】こそが、いまや【怪魔】に対抗する人間たちの大きな力であり、
『統一軍』の欠かせない主力部隊なのである。
●戦場(地上・森)
モノローグ)【怪魔】の侵攻を食い止めるための最前防衛線。
兵士「はあ、はあ、はあ……! メイデイ、メイデイ! 【怪魔】の軍勢と接敵! 中隊長殿! 至急応援を! 中隊長殿!! ……くそっっ!!」
無線通信を切り、小さく毒づいた青年兵士は、乱れる呼吸を必死で整えつつ、後ろを振り返った。
鬱蒼と茂る木々のその向こうには、まるで巨大な暗幕が垂れ下がっているようだ。
そしてその暗幕のごとき黒い霧は、人類の天敵、【怪魔】の軍勢。
兵士「俺は……ここで終わりなのか?」
兵士<そんな馬鹿な。
――こうも手も足も出ずにここで死ななければならないなんて>
巨大な暗幕のようにすら見える、【怪魔】の軍勢は、兵士のすぐ後ろまで肉薄していた。
兵士の目じりから涙がこぼれ落ちる。
兵士<どうしよう。【怪魔】の魔素に感染したら、俺だと、下手に生き残って【怪魔感染者】になってしまう>
兵士<人類の敵に成り下がるくらいなら、いっそ死んだ方が――>
そう思った、その瞬間。
黒銀の、衝撃波が一閃。
兵士の目の前で、衝撃波は森の木々をなぎ倒しながら、敵の軍勢をまるごと押し流した。
ハルリアナ(声のみ)「……無事ですか、ランセット少尉。救難信号を傍受したので駆けつけました」
兵士「え……ッ」
顔を上げる兵士。
そこに立っていたのは、まだ幼い少女のようだった。
しかし、堂々とした後ろ姿は、子どもであるのに非常に大きく見える。
その少女がまとっているのは紺色の軍服とコート。胸と軍帽に付けられた幾つもの勲章と、身分を表す徽章が、陽の光を浴びて煌めいていた。
そして、少女は手に持っていた細身のカタナを鞘に納める。
兵士<黒銀の髪に、小さな身体……。
まさか、彼女こそが天才の名をほしいままにする、>
兵士「ハルリアナ中佐殿、ですか……!?」
ハルリアナ「ええ」
振り返るハルリアナ。表情は変わらない。
兵士<た、助かった……!>
兵士「あ……ありがたい! 【魔人】部隊がいらしてくださったのですね!」
ハルリアナ「ええ。敗走の報告は聞いています。すぐに友軍が援軍に来るでしょう。あなたはすぐに後方へ……おや」
後ろを向くハルリアナ。青年兵士もあわてたように背後を見て、目を剥く。
先程、何かの邪素に押し流されて数は減っているが、親玉であるらしい【怪魔】はやはり残っており、こちらに向かってきていた。
ハルリアナ「ハァ……。中央はなぜ、激戦区の最前線に新兵を投入しようとするんでしょうか。これでは無駄に新たな芽を摘むようなものです」
兵士「え……?」
ハルリアナ「下がっていなさい少尉」
ハルリアナ、鞘にカタナをおさめたまま居合の姿勢。青年には背中を見せている。
ハルリアナ「……蒼月流抜刀術アの型参番」
抜かれた刃の周囲を、黒銀の霧が渦巻く。
ハルリアナは襲い来る【怪魔】の集団を冷たい目で見据えると、短く息を吸い込み、そして。
ハルリアナ「《蒼炎乱《ソウエンラン》》」
魔素を帯びる、白刃の一薙ぎ。
それだけで、彼女は数十に及ぶ【怪魔】とその親玉を、薙ぎ払ってしまった。
そしてチン、と軽い音を立てて刀をしまったハルリアナは、唖然として何も言えずにいる兵士を無感情な黒銀の双眸で見下ろす。
ハルリアナ「さて、あなたは早く基地に戻っていていいですよ。わたしはついでに他の新兵のもとへ救援に行きますから」
兵士「……ハッ!」
敬礼し、走り出す兵士。走りながら考える。
兵士<すごい。本当に……彼女は天才だ。規格外なんだ。
ハルリアナ中佐。皇女という身分でありながら戦争に参加し、【魔人】部隊の指揮官の一人に名を連ねる異才……!
彼女がいれば、この戦場は安泰かもしれない>
モノローグ)そう。彼女は統一軍主力、【魔人】部隊の指揮官――ハルリアナ。北の大国和華帝国の第5皇女。
彼女は弱冠12歳でありながら、その実力で多くの【怪魔】、さらには【大怪魔】まで屠ったことがあるという異才である。
戦場においては『銀狼』の名を持つ彼女は、間違いなく軍でも指折りの実力者だった。
モノローグ)――だが
モノローグ)その栄光も、彼女が11歳になる直前で、唐突に終わりを告げる。
モノローグの背景に、古い日本家屋が並ぶ街並み。
その真ん中の広場で、武装した人々が着飾った者の生首を掲げている。
モノローグ)ハルリアナ中佐の故郷、和華帝国が革命にて滅亡したのだ。
モノローグ)そして中佐は故郷の革命軍に追われる身となり、それを疎ましく思った軍から追放される。
そして、彼女の行方はそれから、杳として知れない――、
モノローグ)ということとなっている。
モノローグ)――3年後
●ハルリアナの寝室(ライセン合衆国副大統領の屋敷)
空の描写から一転、
お屋敷の寝室らしい場所。扉を開けて、メイド服姿の女性が入ってくる。
メイド「お嬢様。おはようございます」
ハルリアナ(声のみ)「ふわ……あ、はい」
ベッドから身体を起こしたハルリアナは、寝間着姿で眠そうな表情。
ハルリアナ「おはようございます」
モノローグ)――そう。
モノローグ)この物語は、軍を追われた元天才少女将校が、
亡命先のライセン合衆国にて、新しく軍人としての生を始めようとするところから始まる。
●序
モノローグ)『我々は、既に人と人とが戦う時代を超えたのだ。
いや、超えなくてはならなかったのだ。全人類が手と手を取り合う以外の方法で、“彼ら”を相手取るなど、不可能なのだから』
ライセン合衆国第13代大統領・ジョン=オルティシア
大統領就任時スピーチより抜粋
モノローグ)それは、およそ、3世紀半前。
世界最大の大陸、南東大陸。その最南端の古の王国で、『それ』は初めて観測された。
『それ』の見た目は黒い霧そのものだった。人が触れると、たちまち皮膚が壊死していき、死に至った。
黒い霧に覆われて死んでいく人々の姿。
モノローグ)その後数十年のうちに人類は全人口の2割を失ったが、北半球にある3つの大国、
和華帝国、ライセン合衆国、フェリシア王国は即座に、当時激化していた戦争を中断。
3大国はライセン合衆国を中心として、その生命体に対抗するため、『統一軍』を組織したのである。
手を取り合う王や皇帝、首相の姿。
モノローグ)そして、最初の観測から50年。その黒い霧の生命体たちは、人を怪異に変える魔物――【怪魔】と名付けられる。
さらに、人類は研究の中で、【怪魔】の毒に耐え、【怪魔】の異能を己のものとすることができる人間がいることを発見した。
――彼らを【魔人】と、人は呼ぶ。
そして彼ら【魔人】こそが、いまや【怪魔】に対抗する人間たちの大きな力であり、
『統一軍』の欠かせない主力部隊なのである。
●戦場(地上・森)
モノローグ)【怪魔】の侵攻を食い止めるための最前防衛線。
兵士「はあ、はあ、はあ……! メイデイ、メイデイ! 【怪魔】の軍勢と接敵! 中隊長殿! 至急応援を! 中隊長殿!! ……くそっっ!!」
無線通信を切り、小さく毒づいた青年兵士は、乱れる呼吸を必死で整えつつ、後ろを振り返った。
鬱蒼と茂る木々のその向こうには、まるで巨大な暗幕が垂れ下がっているようだ。
そしてその暗幕のごとき黒い霧は、人類の天敵、【怪魔】の軍勢。
兵士「俺は……ここで終わりなのか?」
兵士<そんな馬鹿な。
――こうも手も足も出ずにここで死ななければならないなんて>
巨大な暗幕のようにすら見える、【怪魔】の軍勢は、兵士のすぐ後ろまで肉薄していた。
兵士の目じりから涙がこぼれ落ちる。
兵士<どうしよう。【怪魔】の魔素に感染したら、俺だと、下手に生き残って【怪魔感染者】になってしまう>
兵士<人類の敵に成り下がるくらいなら、いっそ死んだ方が――>
そう思った、その瞬間。
黒銀の、衝撃波が一閃。
兵士の目の前で、衝撃波は森の木々をなぎ倒しながら、敵の軍勢をまるごと押し流した。
ハルリアナ(声のみ)「……無事ですか、ランセット少尉。救難信号を傍受したので駆けつけました」
兵士「え……ッ」
顔を上げる兵士。
そこに立っていたのは、まだ幼い少女のようだった。
しかし、堂々とした後ろ姿は、子どもであるのに非常に大きく見える。
その少女がまとっているのは紺色の軍服とコート。胸と軍帽に付けられた幾つもの勲章と、身分を表す徽章が、陽の光を浴びて煌めいていた。
そして、少女は手に持っていた細身のカタナを鞘に納める。
兵士<黒銀の髪に、小さな身体……。
まさか、彼女こそが天才の名をほしいままにする、>
兵士「ハルリアナ中佐殿、ですか……!?」
ハルリアナ「ええ」
振り返るハルリアナ。表情は変わらない。
兵士<た、助かった……!>
兵士「あ……ありがたい! 【魔人】部隊がいらしてくださったのですね!」
ハルリアナ「ええ。敗走の報告は聞いています。すぐに友軍が援軍に来るでしょう。あなたはすぐに後方へ……おや」
後ろを向くハルリアナ。青年兵士もあわてたように背後を見て、目を剥く。
先程、何かの邪素に押し流されて数は減っているが、親玉であるらしい【怪魔】はやはり残っており、こちらに向かってきていた。
ハルリアナ「ハァ……。中央はなぜ、激戦区の最前線に新兵を投入しようとするんでしょうか。これでは無駄に新たな芽を摘むようなものです」
兵士「え……?」
ハルリアナ「下がっていなさい少尉」
ハルリアナ、鞘にカタナをおさめたまま居合の姿勢。青年には背中を見せている。
ハルリアナ「……蒼月流抜刀術アの型参番」
抜かれた刃の周囲を、黒銀の霧が渦巻く。
ハルリアナは襲い来る【怪魔】の集団を冷たい目で見据えると、短く息を吸い込み、そして。
ハルリアナ「《蒼炎乱《ソウエンラン》》」
魔素を帯びる、白刃の一薙ぎ。
それだけで、彼女は数十に及ぶ【怪魔】とその親玉を、薙ぎ払ってしまった。
そしてチン、と軽い音を立てて刀をしまったハルリアナは、唖然として何も言えずにいる兵士を無感情な黒銀の双眸で見下ろす。
ハルリアナ「さて、あなたは早く基地に戻っていていいですよ。わたしはついでに他の新兵のもとへ救援に行きますから」
兵士「……ハッ!」
敬礼し、走り出す兵士。走りながら考える。
兵士<すごい。本当に……彼女は天才だ。規格外なんだ。
ハルリアナ中佐。皇女という身分でありながら戦争に参加し、【魔人】部隊の指揮官の一人に名を連ねる異才……!
彼女がいれば、この戦場は安泰かもしれない>
モノローグ)そう。彼女は統一軍主力、【魔人】部隊の指揮官――ハルリアナ。北の大国和華帝国の第5皇女。
彼女は弱冠12歳でありながら、その実力で多くの【怪魔】、さらには【大怪魔】まで屠ったことがあるという異才である。
戦場においては『銀狼』の名を持つ彼女は、間違いなく軍でも指折りの実力者だった。
モノローグ)――だが
モノローグ)その栄光も、彼女が11歳になる直前で、唐突に終わりを告げる。
モノローグの背景に、古い日本家屋が並ぶ街並み。
その真ん中の広場で、武装した人々が着飾った者の生首を掲げている。
モノローグ)ハルリアナ中佐の故郷、和華帝国が革命にて滅亡したのだ。
モノローグ)そして中佐は故郷の革命軍に追われる身となり、それを疎ましく思った軍から追放される。
そして、彼女の行方はそれから、杳として知れない――、
モノローグ)ということとなっている。
モノローグ)――3年後
●ハルリアナの寝室(ライセン合衆国副大統領の屋敷)
空の描写から一転、
お屋敷の寝室らしい場所。扉を開けて、メイド服姿の女性が入ってくる。
メイド「お嬢様。おはようございます」
ハルリアナ(声のみ)「ふわ……あ、はい」
ベッドから身体を起こしたハルリアナは、寝間着姿で眠そうな表情。
ハルリアナ「おはようございます」
モノローグ)――そう。
モノローグ)この物語は、軍を追われた元天才少女将校が、
亡命先のライセン合衆国にて、新しく軍人としての生を始めようとするところから始まる。