「あっ、シャー芯切らしてる。貸して」
「返してくれたことないくせに」
「細かいこと言わないの。あ。フセンあるよ。これあーげる」
「さーんきゅ」

千結の机に置かれていたペンケースを勝手に開けた芽衣は、シャーペンの芯を1本取り出しセットする。
しかしこの振る舞いに多少なりとも罪悪感を覚えているらしく、彼女は自分のペンケースを開けるとフセンを束の状態で丸ごと千結によこした。
イケメンキャラがポーズを決めている、ダイカットのフセンだ。彼女の好きなアニメのものだったので、千結は一応、お気に入りじゃないの、と聞いたのだが、気に病むでないぞとそのキャラの真似なのか、時代がかった返事でふんぞり返られた。
これでチャラという訳だ。
結局芽衣は自分のペンケースを開けたのだから、この物々交換に意味があったのだろうか──そんな冷めた思考を頭の片隅に起きながら、千結は笑ってみせた。
その笑顔を鏡で映したようにこれまた笑った芽衣は、芯が補充されたシャーペンをカチカチとノックしてプリントの記入を続ける。
千結は向かいの椅子に横座りをしながら黙ってそれを眺めていたが、逆さ文字の判読にも飽きて顔を上げた。
白っぽい空が教室の窓枠の形に切り取られて、少し汚れた画用紙に見える。

卒業を前にした千結達三年生に、よく教師は将来をキャンパスに喩える。可能性に満ちているだの、君たち次第で未来は変えられるだのスケールが大きすぎて途方もない話をするけれど、そんなにも変わることが素晴らしく偉いものなのだろうか──とも思う。
もちろん、過去に不当な立場に追い遣られ苦境に喘いでいた人達が未来に生きる子ども達の暮らしをより良くしようと、いろんな理不尽を懸命に変えるために奔走してくれたことは、掛け値なしに尊い。
そうした人達の努力の結果、千結がこうしてのほほんと勉学に励んだり、友達の芽衣と他愛もないやりとりで笑い合える恩恵を享受できると知っているだけでも、授業の成果はあったというものだ。
けれど──そうした歴史の教科書に載りそうな大掛かりな制度の革命はともかくとして、現実の日常は劇的な変化を常に求めてはいないはずだ。
日常が変化だらけのジェットコースターだったら、折角手に入れた安心も生活の基盤もあっという間に落としてしまうに違いない。

変わらないことは、劣っているのだろうか。

答えの出ない問いかけを口にしても、どうしようもないことだ。きっと卒業前の感傷だろう。
千結はただ、静かに呼吸をしながら雲越しに感じる太陽の光に目を細めた。