「忘れ物を取りに来たんや。机の中に、大事なノートを置きっぱなしで。でも教室は受験前の空気でピリピリしてて、行き場がなくて。暇つぶしに図書館に行って、今戻ってきたところ」

蓮は変わらずまっすぐに澄んだ瞳で子供のように笑っていた。
私は、懐かしさと切なさでいっぱいになる胸を、悟られないように必死に隠して蓮に「それなら」と平然と話し出す。

「私が取ってきてあげる。待ってて」

踵を返してさっさと教室に戻る私。蓮の席に着くと机の中をガサゴソとまさぐり、ノートを発見する。数学や英語のノートではない。これは蓮が撮影のために使っていた、大切なノートだ。
私はノートを持って、再び廊下にいる蓮の元へと戻る。
蓮は「ありがとう」と爽やかにお礼を告げた。
おかしい。おかしいな。
蓮のことを、懐かしいと思うなんて。同じクラスで、確かに自由登校になった最近は会っていなかったけれど、それでも懐かしいなんて感覚になるのはズレている。

パシャリ。
蓮の手に握られていたスマホのカメラが、私の瞳の真ん中に映った。蓮の背後には冬独特の鈍色の空が広がっている。私はその空と、スマホのカメラを交互に見つめていた。

一眼レフカメラよりも随分と軽い音だった。
けれど、切り取られたはずの写真は、蓮の手の中のあのちっぽけな機械の中に収まっている。蓮の、一番近くにあるんだ。二人三脚で映像を作っていた時とはまた違う感覚に襲われる。

「その写真どうするの?」

無意味な質問だと分かっているのに、聞かずにはいられなかった。

「これは思い出用。何年後かに、ああ、風間さんと高校生活を駆け抜けたんやって思い出すための」

蓮らしい、さっぱりとした言い分だった。私はこの映像が大好きなオタクと、全然知らなかった世界に飛び込んだんだ。その結末は、蓮が有名な映像制作会社に就職し、私はみんなと同じように四年制大学に進学するという結末に終わりそうだ。とてもありふれた私の将来像が、鈍色の空に浮かぶ雲みたいに、風にのって流れていく。

「そっか。それじゃあ、私も」

パシャリ。やっぱり軽い音を響かせた私のスマホが、蓮のこざっぱりとした表情を切り取った。

「なんや風間さん。俺のこと撮るの初めてやない?」

「うーん、そうだっけ? 言われてみれば確かにそうかも」

こんなに一緒にいたのに、こんなに撮られていたのに。私の方は蓮を撮るのが初めてだなんて。
おかしくて、何度も何度もシャッターを切った。何に使うん、と笑いながら聞く蓮に、「思い出用」と答えたのはお決まりの流れだった。
私たちは、竜太刀岬の見える学校の廊下で、今しかないこの時間を名残り惜しむかのように、ひたすらスマホでお互いを撮り合っていた——。