二〇××年 十二月 二十一日。
 深夜二時。

 恭稲探偵事務所には月明かりのかわりに、保安灯がついていた。

 本革と天然木が融合される高級感溢れるレザーチェアに、長い足を持て余すように組み、余裕のある作りをした背もたれに深く背を預ける恭稲白は、目の前のパソコンモニターから、聖花達の部屋から出てきた智白に視線を移す。


「二人の様子は?」
「よく眠っています。碧海聖花については、戦闘能力云々の前に、暫くは基礎能力向上に時間を費やすかもしれません。今日は小石で足をぐねていました。実践なら即お陀仏です」
「先が思いやられるな」
 白は微苦笑を浮かべる。


「それと、碧海聖花は白姫に遠慮して手も足も出せませんでした」
「それで?」
「幾度かチャレンジしたとのことですが、白姫は早々にお手上げ状態となり、基礎体力と戦闘の型や知恵を入れ込むとのことです。実践については、私にどうにかしろと」
「やはりな。守里愛莉の時と変わらぬか」
 こうなることは予測済みだったのか、白は従容《しょうよう》としていて、けして動じることがない。


「その精神面もいかがいたしましょう?」
「感覚を磨かせ、自信をつかせるしかないだろうな。碧海聖花のことについては、そちらに任せる」
 白は視線を智白から、目の前のパソコンモニターに移す。


「承知いたしました」
 智白は掌を胸元に当て、執事のように頭を下げる。


「それと、もう一つ」
「なんなりと」
「新たな依頼者を見つけた」
「次はどのような?」
「依頼者は恋人の浮気相手がナニモノなのか。浮気相手がどこにいて、なにをしているのかを知りたがっている」
「目的は、そのナニモノかですか?」
「嗚呼」
「どう動くおつもりですか?」
「まず依頼者に――」
 こうして二人は、依頼者についてどう働きかけてゆくのかを話し合うのだった。



  †


 一週間後。
 浮気相手を炙り出し、居場所を突き止めた白が、依頼者に全ての真実を告げたのは、今朝のこと。


「それで、依頼者はどうなりましたか?」
 例のレザーチェアに凛と腰掛け、依頼者の両耳に付けられているピアスから送られてくるデーター処理をしながら、必要な情報を確認していた白に、智白が声をかける。


「やはり、こちら側の情報を得るために利用されたようだ。恋人と浮気相手は純血黒妖狐。依頼者は純血赤妖狐だった」
「よくある話しですね」
 智白は納得したように小さな息を吐く。


「嗚呼。赤妖狐は黒妖狐に順応だからな。純粋な愛が成り立つことは、ほぼないだろう」
「パワーバランスが悪いですからね。それで、依頼者はどうされたんですか?」
「浮気相手の元に乗り込み殺されかけるも、恋人である黒妖狐に救われている」
「愛ですか?」
「と思うか?」
 白は憫笑をほのかに浮かべ問う。

「いえ、全く。血も涙もない輩達です。そもそも、黒妖狐は純粋の黒妖狐としか愛を育もうとしません。それが里の決まりごと。それを破れば、それに関わったモノ達の命はありません。どうせ長の命令でしょう」
 純血黒妖狐達を嫌悪している智白の口調はいつもよりも強い。


「嗚呼。恋人役をかった黒妖狐に課された長からの命令には、依頼者の命を奪うことは含まれていない。依頼者の持つ恭稲探偵事務所の情報記憶を奪い、依頼者の記憶を五年分を全て抹消したのち、二人は姿を消した。恭稲探偵事務所の存在と居場所を得た故、次の一手を思案するのだろう」

「良かったのですか? こちら側の居場所を晒して」

「嗚呼。いつまでも雲隠れしている気は毛頭ない。得るものを得た以上、如何様にも動くことが出来る」

「その得たものと共に穏やかな時を過ごすことも出来そうですが――。次は一体、何をするおつもりですか?」

「何もしない。今は――」
「さようですか。またなにかありましたらお呼び付けを。私は白様がどう動こうとも、最後の最後までお供いたしますので。白樹や白姫も同等に」


「嗚呼。感謝している」
「それは私どもの台詞です」
 智白の言葉に白はそっと微笑んだ。それは智白にしか分からない。とても細やかな笑みだった――。