翌日、午後二十一時。

 ♪コンコンコンコン。
 聖花の部屋の扉がノックされる。
 白姫とリラックスして話していた聖花の肩に、一瞬で力が入る。


「はーい」
 白姫が間伸びした返事をしながら薙刀を手に持ち、聖花を自身の後ろに隠すようにしながら、扉の数歩後ろに立つ。白や智白がいるとはいえ、油断は禁物なのだろう。


「開けても構いませんか?」
「どうぞ」
 キィ……という少し錆れた音を立てながら、部屋の扉を開けたのは智白だった。


「やっぱりパパだけか」
「やっぱりとは何ですか」
 智白は落胆する娘の声に溜息交じりに言った。


「たまには白様も顔を出してくれたらいいのに」
「白様がわざわざ顔を出すとお思いですか?」
「そんなのあるわけないじゃない」
「よくお分かりですね」
「ちぇ」
 智白は幼子のように口元を尖らかせる娘を放置し、聖花と向き直る。


「碧海聖花、白様がお呼びです。来なさい」
「ぇ⁈」
 思わぬ要請に対し、聖花は目を見開く。


「聞こえませんでしたか?」
「き、聞こえていますっ」
「ならば、さっさと動きなさい」
「は、はい!」
 聖花はどもりながら返事をすると、ポケットに忍ばせてあるコンパクトミラーで髪を整え、顔に変なゴミなどがついていないかと確認する。


「ねぇ、呼ばれたのは聖花だけなの?」
「今の所は」
「つれなーい」
「白姫がいては騒がしくて、進む話も進まないのではないですか?」
 智白は我が娘にも手厳しい。


「失礼しちゃうわね」
 白姫は腕組みをして、両頬を膨らませる。


「碧海聖花、来なさい」
 智白はそう言って二人に背を向け、事務所の主軸場所に戻る。


「はい」
 聖花は慌てて後をついてゆき、一人取り残された白姫は閉じられた扉に耳を当てて、聞き耳を立てるのだった。



  †


 横幅130、奥行き90、高さ80センチ程の英国クラシックデザインの対面式デスクは、深煎りさせたフレンチローストのコーヒー豆のような色合いが、何とも言えない上質かつ優雅さを感じさせる。そのデスクの真ん中に、主体となるノートパソコン。左にノートパソコン、右にタブレットが卓上スタンドによって宙に浮いている。


 タブレットの下にはスマートフォンがスタンドに立てかけられており、宙に浮いているノートパソコンの下には、高さ22センチほどある白の陶器キャンディーポットが置かれていた。


 それら端末の他、デスクの上にはキャンディーポットと、純喫茶などにある呼び鈴が置かれているスッキリとしたデスクで書類に目を通していた白に、「白様」と、智白が呼びかける。

 一歩後ろに立つ聖花は緊張のあまり、身体全体の筋肉が硬直しているようだった。


「嗚呼」
 今となっては耳馴染み深き声の響きと共に、白は品よく顔を上げる。


「……っ」
 三年振りに体面する恭稲白に、聖花は思わず息を飲む。


 粉雪のような肌。美しいEラインを作っている綺麗な鼻。形の良い薄い唇。脇下まで伸ばされたハイレイヤーのウルフスタイルをベースの白髪の長さは変わらず、三年前と全く変わっていない。

 右目の下にある黒子が印象的な切れ長のアーモンドアイ。バイオレット・サファイアを彷彿とさせる瞳。相も変わらず余分な脂肪が何処にもない八頭身を、質のいいスタイリッシュなスリムスーツが包み込む。

 いつ何時、何処で会ったとしても、その高貴さと威厳さ、独特の色香が消えることのない恭稲白は、本革と天然木が融合される高級感溢れるダークブラウン色のレザーチェアに、長い足を持て余すように組み、深く腰掛けていた。

 白を表現する全てが、三年前と変わらないものだった。

 ただ一つ違ったのは、聖花の顔を見た刹那、白が目を見張ったことだ。それは余りにも刹那な時間で、それに気がついたのは長年共にしてきた智白だけだった。


「碧海聖花」
 白はいつもの口調で聖花を呼ぶ。契約を交わしている限り、白が聖花を親しく呼ぶことも、慣れ合うこともないのだろう。


「はい。な、なんでしょうか?」
 聖花は少しどもりながらも返事をする。


「三年の月日が流れ、外界から遮断される期間が終わりを告げた」
「はい」
「久々の外はどうだ?」
「かじかむような寒さで驚きました。昔より随分と寒さが増したようです。鼻から吸う空気が喉を通り過ぎるとき、かき氷を食べたときのように、冷たく感じました」
「そうか。残念ながら、ここ三年間は、冬の気温に大きな変化はないがな。変化があるとしたら、碧海聖花の身体と感覚だけだ」
「そ、そうですか」
 聖花は白の物言いに思わず苦笑いを溢す。


「他に何か変わりは?」
「自然の匂いを強く感じました。三年前よりも嗅覚が上がったようです。それと、暗闇でも視力が頼りになってくれるように感じました。視力も上がっているように感じます」
「そうか。味覚に変わりは?」
「……味覚? 例えばどういう……」
「何も感じないならばそれでいい」
「そ、そうですか」
 聖花はどこかスッキリしないながらも、それ以上深く問うことはしなかった。


「碧海聖花、止まり続ける時間は終わりだ」
「どういうことですか?」
「碧海聖花はこのまま命尽きるまでのあいだ、今の暮らしを続けるつもりでいたのか?」
 小首を傾げている聖花に、白は新たに問う。


「外の世界では、碧海聖花はもういません。今更戻ったら大変なことになります。愛梨達の命も危ぶまれてしまう。かと言って、黒妖狐の元に迎え入れてもらえることもない。そんな私に、一体どうしろと?」
 聖花はどこかムッとしたように答える。手も足も出せない今の聖花にとって、なす術はないだろう。だがそれは、聖花独りであるのならば、の話だ。


「どうもこうもない。生きとし生かされるものは、まずは置かれた場所で生きて、咲くしかないのだ」
「ココで生きて咲けと?」
「嗚呼。碧海聖花は本日より、私の助手として働いてもらう。助手と言ったとて、今の碧海聖花は戦力外。ただの駒でしかない。しかも動けぬ駒だ」
 白はそう言って、チェスのポーンを一つ、聖花の前に置く。


「戦力外なら、何も出来ることはないんじゃないんですか? そんなただのお荷物を助手にして、どうするんですか?」
「ほぉ、お荷物であると理解しているのか?」
 白は何処か感心したように息を溢す。

「理解も何も、実際そうやないですか? 多くの人の力を借り、今も大切な人達を守ってもらい、私はこうして生かしてもらっている」
 聖花の感情が波立ち、方言が前に出る。

「その状態から抜け出したいか?」
「それが出来るなら」
 聖花は凛とした声で即答する。

「ならば、戦え」
 白はボディに百合と蔦のゴールドの刻印が彫り込まれた、アンティーク調の白い銃を一丁、デスクの上にスッと置いた。


「ど、どういうことですか? 物騒なものまで出してきて」
 予想外の物が差し出され、聖花は動揺する。

「言葉のままの意味だ」
「どういう事ですか? そもそも私、銃なんて使えませんし、使いたくもありません。人を傷つけるどころか、殺めるなんて」
「誰が殺めろと言った?」
 地団太を踏む勢いで拒絶する聖花に、早とちりも大概にしろとばかりに、そう溜息交じりに言った白は呆れ顔だ。


「?」
「そもそも、これは盾にしかならぬ」
「どういうことですか?」
 聖花は白が何を言っているのかが分からず、困惑する一方だった。


「智白」
 白は智白を呼び、視線を白姫が一人残る部屋に移す。
「承知致しました」
 白の意図を汲み取った智白は、白姫を呼びに部屋に戻る。


「この銃を発泡出来るチャンスは八回」
「ぃ、いや、だから、私はそないな物騒なもん使いたくありま――」

「白さまぁ♡」
 呼び出しを受けた白姫は、聖花の言葉をかき消すように白の名を呼び、白の元へかけて来る。
 白は何も言わず、チェアに座ったまま銃口を白姫の腹部に向けた。


「ぇ⁉」
 白は聖花が止める間もなく、そのまま白姫の腹部に銃を撃ち込んだ。


「ひっ!」
 聖花は銃声音に顔を歪ませながら、恐怖で首を竦める。


「ッ⁉」
 白姫は一瞬目を見開き、そのままうつ伏せの状態で倒れ込む。

「し、白姫ッ!」
 血相を変えた聖花は慌てて白姫の元に駆け寄る。
 聖花が白姫を抱き起こすと、白姫の腹部からは、血液が流れ出していた。


「ッ⁈」
 青ざめる聖花は勢いよく白を見る。その瞳には軽蔑の色が滲んでいた。

「な、なんでですかっ⁉︎」
 白は口端を上げて何も答えない。
「智白さんもどうして黙ってはるんですか? 娘が撃たれたんですよッ⁉︎ ち、血だってこないに……ッ」
 娘が撃たれて流血しているのにも関わらず、智白は聖花達の部屋の出入り口前で、何事もないように平然と立っていた。顔色一つ変えない。


「相も変わらず、盛大に騙されてくれますね」
「へ?」
 智白の言葉に素っ頓狂な声を出す。
「白姫を良く観ろ」
「よ、良く観ろと言われても……」
 聖花は今一度、白姫に視線を戻す。
 瞼は閉じられており、腹部からは、洋服に滲み溢れるほどの流血している。指一本動かない状態だ。その状態を見れば見るほど、聖花から冷静さは失われ、当惑するしか出来ない。


「顔色は?」
 そんな聖花を誘導するように、白は長い足を組み直し、聖花に問うてゆく。
「……いつもと変わりません」
「体温は?」
「あったかいです」
「頸動脈に触れてみろ」
 聖花は白に言われるがまま、白姫の頸動脈に親指以外の指をほんの少し押さえつけるように置いた。指から伝わるのは脈の鼓動。メトロノーム六十八~七十ほどのテンポで、音を刻んでいた。

「――白姫の平均心拍数は知りませんが、正常だと思います。穏やかです」
「呼吸は?」
「と、とても、穏やかです。まるで眠っているよう……ぇ? 眠ってる⁈」
 聖花は目を点にして、事態を呑み込もうと、倒れて動かぬ状態のままでいる流血する白姫と、白の顔を交互に見る。


「手についたものを嗅いでみろ。それは、本当に血液だと思うのか?」
「ぇ……だって、血液の色していて、少しとろみもあるし……」
 と言いながら、右掌を鼻先に持ってゆき、その臭いを嗅ぐ。
「甘い……です。まるで苺チョコレートみたいな香り。これ、血液じゃ、ない?」
「嗚呼。やっと気がついたか」
「それは白姫が腹部に隠していた血糊入り風船が破裂してついた物です」
 智白は補足の説明を伝えながら、聖花の元に歩み寄る。


「じゃぁ、白姫は、ほんまに眠っているだけっ⁉」
「嗚呼。真実に気がつくまで随分と時間がかかったことだ。探偵としての素質は底辺だな」
 と不憫そうに、放心状態の聖花を見る白は、どうしようもないなとばかりに、小さく首を左右に振った。


「そないなことゆーたって、こんなん見たら誰だって……」
 安堵で涙が滲む瞳で白を見る聖花は、反論しようとするも、すぐに白の言葉に上乗せされる。

「誰だって――そうなると?」
 白は左肘をデスクに付き、指先に自身の顎を乗せる。
「……私、だけですか?」
「さぁな。ただ分かっていることは、三年前と判断力も冷静さも、変わり映えはしない。まぬけ面も変わらず晒している」
「じゃぁ、どうするのが正解やったんですか?」
 騙されたうえ、散々な言われように、聖花は少し逆切れするような口調で問う。
 智白は事は成されたとばかりに、白姫を抱きかかえ、聖花達の部屋に戻って行った。


「何かの判断に対し、絶対的正解などはない。蓋を開けて見ないと分からぬことも、死の間際まで答えが見えぬこともある。ただ、裏社会で生きていく者の言動としては、零点になり得るだろうな」
「零点になり得る? どうすれば零点を防げたと?」
「相手に見せつける迫真の演技だという名目で在れば、中々に使える。但し、演技する本人まで騙されていなければの話だがな」
「貴方に足りないのは知識、経験、戦闘能力、それを的確に使うことが出来る冷静さと判断力、対応りょ――」
「ちょ、ちょっと待って下さい。全部じゃないですか! 何か一つくらい足りているものはないんですか?」
 戻ってきた智白から淡々と告げられる言葉達に、聖花は思わず待ったをかけた。


「残念ながら、こちら側で生きていくうえでは、無いに等しいですね」
 智白は冷静な口調で現実を叩きつける。
「そんなぁ。全然ダメやないですか」
 がくりと両肩を落とす聖花を横目で見ていた白は、不憫そうに鼻で笑う。

「そんなに自身を哀れむことはない。碧海聖花には一番大切の物が備わっている」
「な、なんですか⁉」
 聖花は白の言葉に瞳を輝かせる。


「命だ」
「?」
 聖花は白の前後のない答えに、きょとんとしながら小首を傾げる。


「例え今がどんなに底辺中の底辺だとしても、底なしの奈落に落ちていたとしても、生きている限り、いつからでも大逆転は可能だ。しかも、碧海聖花。今現在、碧海聖花の健康状態は良好。記憶力や理解力の無さは悲惨だが、叩きこめばいくらでも成長する脳がある。五体満足。何一つ欠落していない五感。自身にそれだけ揃っていて、何を哀れみ恐れることがある。今・ココを見続けろ。身体だけがそこで生きていたとしても、心が負の感情に喰われ続けていては、いつまでも、自身の感情が作り出した闇の中で暮らすことになるぞ」


「――」
 聖花は何も言うことなく、ただただ、白の言葉を噛み締める。


「自身の過去を思い起せば、後悔や悲しみが押し寄せる日もあっただろう。未来を思えば不安や恐怖感に苛まれる日もあっただろう。自分の選択が正しかったのか、間違いだったのではないかと、思い悩む日もあっただろう。もう未来など絶望的だと思う日も、自分を疎ましく思う日もあっただろう。嗚咽も流さず、一人枕を涙で濡らした日もあっただろう。
 だが、どんなに闇しかないと思えることも、【今・ココ】の道の上にしっかり立ち、自身や周りを今一度見て見れば、全てが妄想であったと思えるだろう。事実は事実として受け取って処理してゆき、負の感情は受け流してゆけばいい。碧海聖花は【今・ココ】に生きており、【今・ココ】だけにしか生きられないのだから」
 聖花は白の言葉に瞳を潤ませる。


「それと、碧海聖花が今現在置かれている場所はココ、恭稲探偵事務所。そして、後ろには我々がついている。贅沢すぎる咲き場所とは思わぬか?」
 白は蠱惑的な微笑を浮かべ、ん? とでも言うように首を傾ける。
「……た、確かに」
 聖花は白の言葉に激しく納得する。
 白を筆頭に、智白、白姫、白樹が味方であり続けてくれるのならば、こんなにも心強く、頼もしいことはない。


「私は、これから、どうして行けば良いんですか?」
「碧海聖花にはまず、動けぬポーンから、ナイトになってもらう」
 白はそう言って、日本刀の持ち手の部分とされる茎と、刃と茎を繋ぐ巾木がシルバーの金属で捻じられたようなデザインネックレスを、銃の上に重ね置く。

 刃の部分には“4000”という数字が刻印されており、峰の部分には、大振りのシルバーストーンが一つ装飾されている。その隣、しのぎの部分にもまた、大振りの真珠の半球が埋め込まれており、その隣には大振りのシルバーストーンが一つ埋め込まれている、ホワイトゴールドで作られた長刀のデザインは、細部までこっていた。
 切先が下になるようにホワイトゴールドチェーンがついた大振りのネックレスは、どちらかというと男性向きだ。
 もちろん、このアイテムもただのネックレスではない。
 ネックレスの刀先を床に向け、峰を掴んだまま“解”と唱えることで、金属だったネックレスが、本物の長刀のように変化するのだ。


「どういうことですか? 物騒なものまで出してきて。このネックレスって、例の時の物ですよね?」
 聖花は怪訝な顔で問う。このアイテムには苦い思い出がある聖花だ。

「言葉のままの意味だ。銃はひと時の盾にしかならぬからな」
「どういうことですか? そういえば、この銃はなんなんですか? 」
「それは特注の拳銃です」
 智白が説明を引き受ける。
「その銃に入っている弾丸は、誰も殺めることはありません」
「じゃぁ、何が入っているんですか?」
「一応、弾丸が入っています。ですがその弾丸は、銃口から噴射された瞬間、弾丸の中に入った麻酔針だけどなり、撃たれた相手は先ほどの白姫のように、深い眠りにつきます。それで相手が命を落とすことはありません」
「麻酔銃、ということですか?」
「えぇ」
 智白は一つ頷き、説明を続けるために、口を開く。
「但し、その麻酔針は純血の妖狐にしか効力を発揮いたしません」
「どうしてですか?」
「碧海聖花がヘマを犯し、相手に拳銃を奪われ自ら撃たれることになろうとも、碧海聖花に何一つ害を及さぬように作り替えたからだ」
「……なんと言えばいいか」
 聖花は白の失礼な話しに、確かにヘマをしてしまいそうだと同感する心と、失礼しちゃう! という拗ねた気持ちが混同して、上手い言葉を見つけられない。

「ウーパールーパーみたいな顔だな」
「はい?」
「可笑しな顔をしている暇があったら、さっさと特訓することだ」
 白はもう話は終わったとばかりに、視線パソコンモニター画面に戻した。
「ちょっ……」
「そうと決まれば特訓よ〜」
 聖花の言葉をかき消すように、薙刀持った白姫が声を高らかにして、勢いよく部屋から飛び出してきた。
 その姿は、いつもと変わらない姿だ。血糊で汚れていた洋服もすでに着替えられている。


「白姫! めっちゃピンピンしてるッ!」
 当分は眠っているのであろうと思っていたため、聖花は瞠目する。
「き、効き目短すぎません?」
「本来であれば、半日から丸一日眠り続けます。ですが今回は私が解毒し、起こしました」
 聖花の呟きに反応した智白が応える。
「そ、そうなんですね」
 聖花は納得したように、小さく頷く。
「聖花〜。さっきは驚かしてごめんね。怖かったでしょう」
 白姫は聖花に駆け寄り、労わり寄り添うように、聖花の右肩を擦る。
「いや、私が勝手に勘違いしただけやから。白姫が元気に生きていてくれたら、それでええんよ。ところで、特訓って?」
「特訓は特訓よ。今日から私が特訓相手になるから」
 白姫は自身の右手を胸元に当てて、えっへんポーズを取る。その姿を横目で見ていた智白は、気合が空回りしないことを密やかに願った。
「そういうことだ。嗚呼、ちなみに銃弾は残り七発だ。使いきれば後はない。よく考えて使え」
「いや、そういうことってどういうことですか? 行くって何処に?」
「特訓場に決まっているじゃない! さっ! 早くそのネックレスと銃を持ってちょうだい」
「は、はいッ」
 聖花は慌てて返事をして、「えっと、ありがとうございます」と一言口にしてから、白がデスクの上に置いたアイテム達を手に取った。


「よっし! じゃぁ行くわよ」
 白姫は聖花がネックレスを身につける前に、空いていた聖花の左手を握る。
「ぇ? ちょ、待っ」
 白姫は聖花の制止を気にも止めず、「汝、我が望みの地へと送り届けたし」と、呪文を唱える。
 二人は例の如く光の柱へ包まれ、その場から姿を消した。


 恭稲探偵事務所に静けさが戻り、二人は小さく息を吐いた。
 その後、二人は静けさの中、それぞれの業務を果たすのだった――。