翌日。
依頼されてから四日目の午後二一時。
慶は依頼者である、小島ひまりとリモート通話を繋いでいた。
『す、凄い……。こんなに早く、クギキョウコさんと、クギキョウコさんの居場所を突き止めるだなんて』
小島ひまりは慶から話を聞き、呆気に取られていた。
『一体、どうやって調べたんですか?』
「き、企業秘密です」
今回はほぼ運で見つけられたようなものの慶は、思わず妥当なことを言って誤魔化した。
「さて、ここからが本題となります」
『私と、釘響子さんの関係性ですよ』
「はい。その真実をお伝えする前に、ご確認したいことがあります」
『な、なんでしょうか?』
先程まで笑顔でいたひまりの表情が、一気に固くなる。
「人は、一度真実を知ってしまったら、知らなかった自分には戻ることが出来ません。それでも、真実を知る覚悟がありますか? そこに、どんな真実があったとしても……」
自身の体験があるからこそ、慶の言葉は重く優しいものだった。
『……はい。教えて下さい。このまま生きてゆくことも可能ですが、きっとこの先もずっと気になり続けてしまう。スッキリして、前に進みたいです』
「分かりました。では、単刀直入に申し上げます。小島ひまり様と釘響子様は、親子です。それも、しっかりと血縁のある」
『……ぇ? 苗字が違う……ぁ、再婚したということですか?』
ひまりは戸惑いながらも、情報を昇華させて自己解釈をしようとする。
「お答えできかねます」
『どうしてですか?』
「それは、私が受けた依頼外の情報となります」
『じゃぁ、今依頼します。父と釘響子さんの関係性を教えて下さい』
ひまりはほんの少し声を大きくさせて言った。その口調は強い。
「すでに契約中です。申し訳ありませんが、追加依頼は受け付けておりません。知りたければ、ご自分で行動なさって下さい。小島ひまり様は、すでに釘響子様の存在と居場所をご存知のはずです。私の力を借りることもないでしょう。この先は、小島ひまり様がご自身で真実を求めることも、解決することも出来る案件であるのではないでしょうか?」
追加依頼を提示してくるひまりを、過去の自分が言われた白の言葉を参考にしながら、自分なりに対応する。
その胸の内では、堪忍やで〜と、謝る慶であった。
『それは……』
慶の返答にがっくし項垂れるひまりではあるが、正論を突きつけられては、ぐぅの音も出なかった。
「こちらが提示した鍵で依頼者が真実を知ったとて、恭稲探偵事務所はそれに対し一切の関与はしない。と、契約書にも書いていたはずです――」
『そう、ですけど……』
ひまりは画面に映る慶を恨めし気に見る。
「大丈夫です。小島ひまり様は、新たなる真実の鍵を手にしています。小島ひまり様が更なる真実を求めるのであれば、ご自身で真実に辿り着くことは可能です」
『ですが、いきなり見知らぬ人が訪れたところで……。親子だとしても、もう二十年以上も会ってないんですよ? 気づいてもらえるはずがないですし、私も本当に母親だと思える気もしません』
「釘響子様のお宅に訪れ、小島ひまり様が誰とどこにいて、生前父から言われたという言葉を伝えれば、きっと止まっていた時間が動き出します。きっと大丈夫です。
小島ひまり様の今後の幸せを、心より願っております。
それでは、これにて依頼完了及び、リモートを終了させていただきます。再びのご依頼は、例の動画が現れるか、こちらからコンタクトを取る以外にありえませんので、ご了承下さい。では、失礼いたします」
『ちょっ、まっ――』
慶は引き止めるひまりに申し訳ないと思いつつ、リモート及び、依頼を終了させた。
「ふぅ〜」
慶は長い息を吐き、身体の力を抜いた。
†
「お疲れ様」
白姫は労いと共に、慶の肩をポンポンと叩いた。
「本当に、こんな中途半端で終わらせて良かったんやろか?」
「大丈夫。後はあの子のタスク。こちらからは充分な鍵を与えたわ。それに、あの子が更なる真実を得るのも得ないも、あの子の自由。タイミングもあるから」
「……うん」
慶はどこかスッキリしないながらも、頷いた。
「大丈夫よ。あの子も、碧海夫妻もまた笑顔の時間を過ごすことになるはずよ。まずは、私たちがそう信じてあげましょう」
「うん」
白姫の言葉に慶に笑顔が戻る。
「ところで慶。どうして真実にたどり着けたの?」
「恭稲さんにもらったヒントのおかげ」
「ヒント?」
「うん。一度全てを疑ってみてん」
「?」
「もしもお母さんの娘が小島ひまりさんだとして、今まで誘拐した人と一緒に過ごしていたとしたらなら、その人が、ひまりさんに全て真実を話すとは思えなかった」
「まぁ、そうね。ふとした時に、子供が自分の名前を言えば、犯人が見つかる可能性がある。だから偽名を作って小島ひまりに名乗らせていたと。人の目に触れる数だけ危険が及ぶから、嘘をついて、あの子を隠すようにして、一緒に過ごしていたと考えたってわけね」
「うん。その証拠に小島ひまりという女の子の出生届はなかった」
「そんなこと、どうやって調べたの?」
白姫は小首を傾げる。
「智白さんに相談したら、そういうことは、白樹さんが得意だと教えてもらって。白樹さんが欲しい情報を与えてくれてん。そうすると、ひまりさんの生年月日も、嘘と言うことになる。犯人にとって、ひまりさんが我が子となった日は誘拐した日。十月十日を偽造誕生日にしたんとちゃうかと思って」
「二十歳まで山奥を降りたことがないのはきっと、二歳時の姿を知る人の目から逃れるために、その時の面影がなくなるまで隠していた。とかやろか? とか考えたり。それに、釘響子の名を知っていると言うことは、釘響子時代のお母さんと何らかの関わりがあったという証拠」
「それで、小島ひまり=碧海すみれと確信したのね。なるほど。若干、当てずっぽ間もあるけど」
「……うん。もし私の推理が間違ごーてたとしても、一応依頼は完了出来たから。本当の真実はひまりさんの手で見つけてもらおうと思って。これが探偵としての私の限界やったわ」
慶はお手上げポーズをしながら、首を竦めて見せる。
「まぁ、最初にしては上出来じゃない?」
「記憶力のいいお母さんやったから、犯人の名前や、自分の元に戻るように言われたと言われれば、きっと小島ひまりが碧海すみれやと、我が子やと気づくはずやねん」
「そっか。色々とうまくいくと良いわね」
「うん」
慶は力なく微笑んだ。
疲労困憊からの解放と、本当にこれで良かったのかと言う一抹の不安が、しばらくの間、慶を満面の笑みにはしてくれそうにもない。
白姫はそんな慶を元気づけようと、「ケーキ食べる?」と夜の背徳スイーツタイムに誘う。
「こんな時間に?」
慶はくすりと笑う。
時刻は夜の二十二時を少し過ぎたあたり。なかなかの時間帯である。
「今日はチートデイよ」
と言いながら、冷蔵庫にしまっていたケーキの入った白い箱を、自身の顔の前に出す。
「そっか〜。ほな、食べようかな」
「そうこなくちゃね」
白姫は嬉しそうに、両手を顔の前で一つ叩く。
「ショートケーキとモンブランとチーズケーキとレアチーズケーキ。ショコラケーキとフルーツタルトとプリンが二つ。何食べる? どれから食べる?」
「どれからって……もしかして、二人で全部食べちゃう気でいます?」
「もちろん。あの二人がケーキなんて食べると思う? パパが人間界のジャンキーな食べ物なんて食べるわけないし。そもそも、甘い物が苦手なのよね。白様は人間界の甘い物を食べているところなんて、見たことがないわ。紅茶とかは飲むみたいだけど」
「……うん。きっとあの二人は食べないな」
「でしょ~? だ・か・ら、二人で食べちゃいましょう」
白姫はご機嫌な声音でそう言いながら、ケーキの入った白い箱を慶の前に突き出す。
「うん。私が一番に選んでええの?」
「もちろん! これは慶のお仕事お疲れ様パーティでもあるのよ。遠慮なくどうぞ」
「じゃあ、フルーツタルトが食べたい」
「OK! 今取り分けするから待っててちょうだい」
「うん! ぁ、私何か飲み物作るよ。コーヒーと紅茶どっちがいい? あえてのお水? なんか、シャンパンやワインもあるよ」
慶は自室専用の冷蔵庫を開けながら言った。
二人の部屋は三年前よりも、ずいぶんと充実していた。
白樹がDYIで即席キッチンを作ったり、智白が冷凍付き冷蔵庫を買い与えてくれたり、白姫が可愛いボックスと食器達を買い揃えた。
広いわけではないが、バストイレもついているだけでなく、冷暖房や換気や防音までバッチリで申し分ない。
「じゃあ、シャンパンにしようかな〜」
「はーい」
こうして二人は、夜の背徳スイーツパーティーを楽しむのだった――。
依頼されてから四日目の午後二一時。
慶は依頼者である、小島ひまりとリモート通話を繋いでいた。
『す、凄い……。こんなに早く、クギキョウコさんと、クギキョウコさんの居場所を突き止めるだなんて』
小島ひまりは慶から話を聞き、呆気に取られていた。
『一体、どうやって調べたんですか?』
「き、企業秘密です」
今回はほぼ運で見つけられたようなものの慶は、思わず妥当なことを言って誤魔化した。
「さて、ここからが本題となります」
『私と、釘響子さんの関係性ですよ』
「はい。その真実をお伝えする前に、ご確認したいことがあります」
『な、なんでしょうか?』
先程まで笑顔でいたひまりの表情が、一気に固くなる。
「人は、一度真実を知ってしまったら、知らなかった自分には戻ることが出来ません。それでも、真実を知る覚悟がありますか? そこに、どんな真実があったとしても……」
自身の体験があるからこそ、慶の言葉は重く優しいものだった。
『……はい。教えて下さい。このまま生きてゆくことも可能ですが、きっとこの先もずっと気になり続けてしまう。スッキリして、前に進みたいです』
「分かりました。では、単刀直入に申し上げます。小島ひまり様と釘響子様は、親子です。それも、しっかりと血縁のある」
『……ぇ? 苗字が違う……ぁ、再婚したということですか?』
ひまりは戸惑いながらも、情報を昇華させて自己解釈をしようとする。
「お答えできかねます」
『どうしてですか?』
「それは、私が受けた依頼外の情報となります」
『じゃぁ、今依頼します。父と釘響子さんの関係性を教えて下さい』
ひまりはほんの少し声を大きくさせて言った。その口調は強い。
「すでに契約中です。申し訳ありませんが、追加依頼は受け付けておりません。知りたければ、ご自分で行動なさって下さい。小島ひまり様は、すでに釘響子様の存在と居場所をご存知のはずです。私の力を借りることもないでしょう。この先は、小島ひまり様がご自身で真実を求めることも、解決することも出来る案件であるのではないでしょうか?」
追加依頼を提示してくるひまりを、過去の自分が言われた白の言葉を参考にしながら、自分なりに対応する。
その胸の内では、堪忍やで〜と、謝る慶であった。
『それは……』
慶の返答にがっくし項垂れるひまりではあるが、正論を突きつけられては、ぐぅの音も出なかった。
「こちらが提示した鍵で依頼者が真実を知ったとて、恭稲探偵事務所はそれに対し一切の関与はしない。と、契約書にも書いていたはずです――」
『そう、ですけど……』
ひまりは画面に映る慶を恨めし気に見る。
「大丈夫です。小島ひまり様は、新たなる真実の鍵を手にしています。小島ひまり様が更なる真実を求めるのであれば、ご自身で真実に辿り着くことは可能です」
『ですが、いきなり見知らぬ人が訪れたところで……。親子だとしても、もう二十年以上も会ってないんですよ? 気づいてもらえるはずがないですし、私も本当に母親だと思える気もしません』
「釘響子様のお宅に訪れ、小島ひまり様が誰とどこにいて、生前父から言われたという言葉を伝えれば、きっと止まっていた時間が動き出します。きっと大丈夫です。
小島ひまり様の今後の幸せを、心より願っております。
それでは、これにて依頼完了及び、リモートを終了させていただきます。再びのご依頼は、例の動画が現れるか、こちらからコンタクトを取る以外にありえませんので、ご了承下さい。では、失礼いたします」
『ちょっ、まっ――』
慶は引き止めるひまりに申し訳ないと思いつつ、リモート及び、依頼を終了させた。
「ふぅ〜」
慶は長い息を吐き、身体の力を抜いた。
†
「お疲れ様」
白姫は労いと共に、慶の肩をポンポンと叩いた。
「本当に、こんな中途半端で終わらせて良かったんやろか?」
「大丈夫。後はあの子のタスク。こちらからは充分な鍵を与えたわ。それに、あの子が更なる真実を得るのも得ないも、あの子の自由。タイミングもあるから」
「……うん」
慶はどこかスッキリしないながらも、頷いた。
「大丈夫よ。あの子も、碧海夫妻もまた笑顔の時間を過ごすことになるはずよ。まずは、私たちがそう信じてあげましょう」
「うん」
白姫の言葉に慶に笑顔が戻る。
「ところで慶。どうして真実にたどり着けたの?」
「恭稲さんにもらったヒントのおかげ」
「ヒント?」
「うん。一度全てを疑ってみてん」
「?」
「もしもお母さんの娘が小島ひまりさんだとして、今まで誘拐した人と一緒に過ごしていたとしたらなら、その人が、ひまりさんに全て真実を話すとは思えなかった」
「まぁ、そうね。ふとした時に、子供が自分の名前を言えば、犯人が見つかる可能性がある。だから偽名を作って小島ひまりに名乗らせていたと。人の目に触れる数だけ危険が及ぶから、嘘をついて、あの子を隠すようにして、一緒に過ごしていたと考えたってわけね」
「うん。その証拠に小島ひまりという女の子の出生届はなかった」
「そんなこと、どうやって調べたの?」
白姫は小首を傾げる。
「智白さんに相談したら、そういうことは、白樹さんが得意だと教えてもらって。白樹さんが欲しい情報を与えてくれてん。そうすると、ひまりさんの生年月日も、嘘と言うことになる。犯人にとって、ひまりさんが我が子となった日は誘拐した日。十月十日を偽造誕生日にしたんとちゃうかと思って」
「二十歳まで山奥を降りたことがないのはきっと、二歳時の姿を知る人の目から逃れるために、その時の面影がなくなるまで隠していた。とかやろか? とか考えたり。それに、釘響子の名を知っていると言うことは、釘響子時代のお母さんと何らかの関わりがあったという証拠」
「それで、小島ひまり=碧海すみれと確信したのね。なるほど。若干、当てずっぽ間もあるけど」
「……うん。もし私の推理が間違ごーてたとしても、一応依頼は完了出来たから。本当の真実はひまりさんの手で見つけてもらおうと思って。これが探偵としての私の限界やったわ」
慶はお手上げポーズをしながら、首を竦めて見せる。
「まぁ、最初にしては上出来じゃない?」
「記憶力のいいお母さんやったから、犯人の名前や、自分の元に戻るように言われたと言われれば、きっと小島ひまりが碧海すみれやと、我が子やと気づくはずやねん」
「そっか。色々とうまくいくと良いわね」
「うん」
慶は力なく微笑んだ。
疲労困憊からの解放と、本当にこれで良かったのかと言う一抹の不安が、しばらくの間、慶を満面の笑みにはしてくれそうにもない。
白姫はそんな慶を元気づけようと、「ケーキ食べる?」と夜の背徳スイーツタイムに誘う。
「こんな時間に?」
慶はくすりと笑う。
時刻は夜の二十二時を少し過ぎたあたり。なかなかの時間帯である。
「今日はチートデイよ」
と言いながら、冷蔵庫にしまっていたケーキの入った白い箱を、自身の顔の前に出す。
「そっか〜。ほな、食べようかな」
「そうこなくちゃね」
白姫は嬉しそうに、両手を顔の前で一つ叩く。
「ショートケーキとモンブランとチーズケーキとレアチーズケーキ。ショコラケーキとフルーツタルトとプリンが二つ。何食べる? どれから食べる?」
「どれからって……もしかして、二人で全部食べちゃう気でいます?」
「もちろん。あの二人がケーキなんて食べると思う? パパが人間界のジャンキーな食べ物なんて食べるわけないし。そもそも、甘い物が苦手なのよね。白様は人間界の甘い物を食べているところなんて、見たことがないわ。紅茶とかは飲むみたいだけど」
「……うん。きっとあの二人は食べないな」
「でしょ~? だ・か・ら、二人で食べちゃいましょう」
白姫はご機嫌な声音でそう言いながら、ケーキの入った白い箱を慶の前に突き出す。
「うん。私が一番に選んでええの?」
「もちろん! これは慶のお仕事お疲れ様パーティでもあるのよ。遠慮なくどうぞ」
「じゃあ、フルーツタルトが食べたい」
「OK! 今取り分けするから待っててちょうだい」
「うん! ぁ、私何か飲み物作るよ。コーヒーと紅茶どっちがいい? あえてのお水? なんか、シャンパンやワインもあるよ」
慶は自室専用の冷蔵庫を開けながら言った。
二人の部屋は三年前よりも、ずいぶんと充実していた。
白樹がDYIで即席キッチンを作ったり、智白が冷凍付き冷蔵庫を買い与えてくれたり、白姫が可愛いボックスと食器達を買い揃えた。
広いわけではないが、バストイレもついているだけでなく、冷暖房や換気や防音までバッチリで申し分ない。
「じゃあ、シャンパンにしようかな〜」
「はーい」
こうして二人は、夜の背徳スイーツパーティーを楽しむのだった――。