「…………」
大河君はじっと黙り込んだまま、何も話さない。大丈夫?と、声を掛けようとした丁度そのタイミングで、ぐるりと勢い良く彼がこちらを向いた。
「俺、ずっとここに居るんだ」
「うん」
「本当にずっとだよ。今まで忘れてた分もずっと。俺、自分の事が見える人と会う度に毎回同じ事を繰り返してる」
「…………」
すると彼は、遠くを眺めるように校舎の方へと目をやる。それは何を見ているのか分からないぼんやりとした瞳だった。
「昔、生きてた頃。病弱で休みがちだからクラスに馴染めない、そんな女の子が居たんだ。俺はその子とこのベンチで知り合って、よく話し相手になってた。他にやる事も無かったし、その子が笑ってくれると嬉しかったし」
「うん」
「でもその子、結局学校に来なくなったんだ。病気が悪化したとか、転校したとか、後になって聞いてみてもクラスの人達もよく分からないみたいで、誰もその子の事についてちゃんと覚えてなかった。それで俺だけだったのかなって気が付いて。あの子が学校に来て笑顔で話せる相手って」
「…………」
「馴染めないんだからそりゃあそうだよな。そこでようやくなんでもっと真剣に向き合わなかったんだろうって後悔したんだ。もっと出来る事があっただろうに、仕方ない事だとは分かってはいるんだけど……その後は普通に卒業して普通に人生を全うしたんだけど、ずっと心の中にその事だけが残ってて。気づいたらここに居たんだ」
「……ここで、その子の事を待ってたのかな」
その瞬間、彼はハッとして私を見つめる。
「そうだと思う。あの子に出来なかった事の懺悔をする様に、人の願いを叶えながらここで待ってたんだと思う。きっと俺はもう一度あの子に会いたかった。でもそんな事はもう不可能だったんだ。だってこれだけの長い年月が経っているんだから」
「…………」
「繰り返す内に目的を忘れて、名前を忘れて、毎回の記憶も無くなる様になって、今では何でここに居るのかも分からなくなってたけど……でもようやく、君のおかげで全部思い出す事が出来たよ。本当に、どうもありがとう」
「…………」
それは、ゆったりとした速さで並べられた言葉の流れだった。先程までの夢の中とは違い、落ち着いた彼の表情。それがほっと安堵したようにも見えるし、全てを悟って諦めた様にも見えた。
これで彼の願いは本当に叶えられたのだろうか。未練は晴れたのだと……この彼の様子を見て、受け取れる?
「君の願いは何?」
私が尋ねると、きょとんとした顔で大河君は私を見る。だからもう一度その質問を言葉にする。「君の願いは何?」と。
「……俺の願いは、これで終わる事」
「うん。一緒に卒業するもんね」
「……でも、本当に、出来るのかな」
不安に揺れる、彼の瞳。きっと彼は納得出来ていないし、信じる事が出来ていないのだろう。それだけ長い間ここに縛られていたのだ、また自分だけ記憶が無くなってここに居続ける事になるかもしれないという可能性を捨て去る事なんて出来ないのだろう。
そんな過去があったのだと知ってしまったからこそ、ただ真っ直ぐにこれから一緒にここを卒業するのだと受け入れる事が出来ないのだ。なぜなら知る事で新しい答えを見つけてしまい、違う新たな気持ちが生まれてしまう事があるから。私もそうだった。
「あのさ、何度も言うけど私、君に出会えて良かったよ」
「でも俺が居なければ君はもっと早く成仏してたでしょう?」
「私には死んだ後にも君が居て、ずっと君に慰めて貰えたからね。だから満足して次の人生を歩みもうと思えたんだよ。その後拗れちゃったけど、結果、君のおかげで解決したんだから今の方がそう思ってるし」
「……じゃあ、君はもう大丈夫だね」
にこりと微笑んだそこには疲れが滲んでいて、まるで自分はもう駄目だと受け入れている様な、諦めた表情なのだとすぐに分かった。
全くもう、この人は。
「何言ってるの? 君も一緒だよ!」
両手でぎゅっと彼の手を握ると、びっくりした彼が身を引こうとするのでグッと近付いてやる。ひとりぼっちになろうとしたってそうはいかない。
「君が助けてくれたんだから、今度は私の番! 私に君が居た様に、君には私が居る。君が私を見送る為にここに居るんだって言ってくれた様に、今私は君を一緒に連れていく為にここに居るんだよ」
「……俺が君の成仏の邪魔をしてるって事?」
「違うよ、君が私の未練になったって事!」
言葉にするとスッキリとして、清々しい気持ちで胸が一杯になる。そんな私はもちろんピッカピカの笑顔を彼に向けていて、彼はゾッとした表情で私に言った。
「……正気か?」
その一言が面白過ぎて大笑いする私に、彼は相当戸惑っていた。それはそうだ。未練だなんて物騒な言葉、こんなに楽しそうに口にする奴はいないだろう。
「あのね、もしここで私だけ卒業して、君だけまたここに戻ってきっちゃったとするでしょう? そしたら私はまたここに戻ってくるよ。だって私、君とまた会いたいから」
「……え?」
「君のおかげで私の未来があるのなら、その時はまた君と一緒に見てみたい。卒業しても……成仏しても、また君と会いたいんだ。今度はここじゃない別の場所で。それが今の私の願いだから、叶わないなら私に未練が残ってしまうという事でしょ?」
「…………」
「この先ずっと、本当の願いを忘れてしまうくらい長い時間が経ってもずっと、君に会いたいという未練に縛られて君を探し続けるよ。今日までの君と同じ様に。だって私、大分悪霊だし」
「…………」
声が出なくなった様に口を開いて閉じて、また開いて閉じた大河君は、じっと私を見つめてから何泊か置き、ようやくもう一度口を開いたと思ったら、
「……いいの?」
と、弱々しい掠れた声で口にした。考えて考えて、ようやく出てきた言葉がそれなのかと思うと、何年も時を過ごして何歳も年上のはずの彼がとても愛おしかった。
「大河君こそ覚悟は出来てる? 私、きっとしつこいよ」
「……俺もしつこいから大丈夫」
確かに!と、学ラン姿の大河君に笑うと、大河君は何か文句を言いたげにしながらも、諦めた様に小さく笑った。どうやらようやく彼の中でも納得がいったようだった。
「大河君! 卒業しよう、卒業! 私達早く次の人生で会わないと!」
「でもよく考えたら俺、一回ちゃんと卒業してるんだよな……」
「それは生きてる時だから関係無し! 今の私達は幽霊なので!」
互いに笑い合い、穏やかな空気に包まれる私達。その時、ふと私達の耳に、体育館からアナウンスが風に乗って聞こえてきた。
『——卒業式を、……起立、——』
「……え? 今、卒業式って言った?」
ハッと顔を見合わせた私達は体育館へと向かう。聞こえてきた言葉から、今卒業式が始まったのだと私達はすぐに分かった。だとしたら急がないと。私達の名前が呼ばれてしまう。
「本当に呼ばれるのかな……」
「矢田君に頼んだんだから大丈夫だよ」
「でも実際には俺達は卒業生じゃないんだよ?」
「もう……そんなんだから死んだ後戻って来ちゃうんだよ。駄目だったらまたその時考えれば良いじゃん。前向きに前向きに!」
「…………」
慌てて飛びついた体育館の窓から二人で並んで覗いている。丁度卒業証書の授与が始まった所だった。
次々と名前を呼ばれて壇上まで上がり、卒業証書を受け取る私の同級生達。明日からは新しい人生を歩む彼らは立派で、参列者は皆誇らしい表情で彼らを見守っていた。
「——以上、卒業生、二百十三名」
そう告げると、最後のクラスである七組のクラス担任がマイクから離れて行く。あれ? 本当に呼ばれなかった?と、私達が顔を見合わせ卒業証書の授与が終わった——と思われた、その時だった。
壇上に矢田君が上がってくると、マイクの前で一礼し挨拶を述べると、皆に語りかける様に話しだす。
「今回呼ばれた卒業生と他に、僕達と共に学び、思い出を作ってきた同級生が居ます。彼女の名前は帆宮世莉さん。僕は彼女と三年間同じクラスでした」
突然なことにびっくりした。私だ!と思った。今この時間は、私の為に割かれた時間だ。その為に矢田君が壇上に上がっているのだ。
「彼女は三年生の春、不慮の事故で亡くなってしまいました。そして卒業を目前にした二月の終わり頃、信じられない話かもしれませんが、彼女はクラス全員の夢の中に現れ、僕達と共に卒業したいのだと気持ちを伝えてくれました。それともう一人、共に卒業したい仲間が居るのだと」
矢田君の言葉にハッとして私は隣の彼を見る。目を丸くした大河君は、食い入る様に壇上の矢田君をみつめていた。
「彼の名前は大河基道さん。彼は以前この学校に通っていた生徒で、今日までずっと桜の樹の下で悩んでいる生徒達の願いを叶えながら自分が卒業出来る日を待っていたそうです。彼は帆宮さんのみんなと一緒に卒業したいという願いを叶える為に僕らの夢に帆宮さんを連れて来てくれました。そして帆宮さんは僕に言いました。自分達の名前をこの卒業式で一緒に呼んで欲しいと。そうすればきっと自分達も一緒に卒業出来るからと。それが今回僕が今壇上に上がってこの時間を頂いた理由です」
しんと静まり返る中、矢田君の凛とした声が体育館の中を響き渡る。誰もがその内容に耳を傾け、集中しているのが体育館の外に居る私にもひしひしと伝わって来た。きっと大河君もそうだろう。
「僕は勿論、クラス一同。最後まで彼女の事を同じクラスの仲間だと思っています。そして彼女の願いを叶えたいと思っています。今日この時、この場所で、きっと僕達と共に二人はこの学校を卒業するのだと心から信じ、願っています」
そして矢田君は、はっきりと告げた。
「——帆宮世莉さん。大河基道さん。ご卒業おめでとうございます」
お辞儀をする矢田君と、一斉に響き出した大きな拍手の音。心がぽっと温かくなり、スッと何かが抜けて空洞が生まれた様な胸の奥。
私は大河君を見て、大河君は私を見た。
「……私達、卒業出来るね」
私の言葉に大河君も頷いた。これは確信だった。頭の先から天に引っ張られるような、不思議な気持ちで身体が何処かへ向かおうとしている。もう私達に残された時間は少ない。
「大河君。あのさ、また私、大河君に会いたいよ」
「うん」
「探すね。探すから、絶対に待ってて。約束」
「うん、約束。でもきっと俺も必死で探すから、行き違いにならないようにしないと」
なるほどと思った。心配性な大河君は先の事がすぐに思いつくんだなと。どうしようかと悩んだ一瞬、私の頭に浮かんだのは初めて出会った時の満開の桜の花。
「じゃあ桜の樹の下に集合にしよう! ここじゃなくて、その時の自分の一番近くのどこでもいいし、なんでもいいから、桜を目印に何年先でもまた会える様に願おうよ!」
「……そんなに上手くいくかな」
「大丈夫。だってこれは私達の未練なんだから。きっとしつこく後まで残るよ」
「そんなの末代まで残る呪いじゃん」
「違う違う、運命だよ! 私達の運命」
身体が透けて向こう側が見える。もう時間がやって来たようだ。
「私達の未練が運命になりますように」
そう言ってぎゅっと手を握ると、呆れた様に笑った大河君も握り返してくれて、私達は共に今日この時、この場所で、この学校を卒業する事となった。
「卒業、おめでとう」
大河君はじっと黙り込んだまま、何も話さない。大丈夫?と、声を掛けようとした丁度そのタイミングで、ぐるりと勢い良く彼がこちらを向いた。
「俺、ずっとここに居るんだ」
「うん」
「本当にずっとだよ。今まで忘れてた分もずっと。俺、自分の事が見える人と会う度に毎回同じ事を繰り返してる」
「…………」
すると彼は、遠くを眺めるように校舎の方へと目をやる。それは何を見ているのか分からないぼんやりとした瞳だった。
「昔、生きてた頃。病弱で休みがちだからクラスに馴染めない、そんな女の子が居たんだ。俺はその子とこのベンチで知り合って、よく話し相手になってた。他にやる事も無かったし、その子が笑ってくれると嬉しかったし」
「うん」
「でもその子、結局学校に来なくなったんだ。病気が悪化したとか、転校したとか、後になって聞いてみてもクラスの人達もよく分からないみたいで、誰もその子の事についてちゃんと覚えてなかった。それで俺だけだったのかなって気が付いて。あの子が学校に来て笑顔で話せる相手って」
「…………」
「馴染めないんだからそりゃあそうだよな。そこでようやくなんでもっと真剣に向き合わなかったんだろうって後悔したんだ。もっと出来る事があっただろうに、仕方ない事だとは分かってはいるんだけど……その後は普通に卒業して普通に人生を全うしたんだけど、ずっと心の中にその事だけが残ってて。気づいたらここに居たんだ」
「……ここで、その子の事を待ってたのかな」
その瞬間、彼はハッとして私を見つめる。
「そうだと思う。あの子に出来なかった事の懺悔をする様に、人の願いを叶えながらここで待ってたんだと思う。きっと俺はもう一度あの子に会いたかった。でもそんな事はもう不可能だったんだ。だってこれだけの長い年月が経っているんだから」
「…………」
「繰り返す内に目的を忘れて、名前を忘れて、毎回の記憶も無くなる様になって、今では何でここに居るのかも分からなくなってたけど……でもようやく、君のおかげで全部思い出す事が出来たよ。本当に、どうもありがとう」
「…………」
それは、ゆったりとした速さで並べられた言葉の流れだった。先程までの夢の中とは違い、落ち着いた彼の表情。それがほっと安堵したようにも見えるし、全てを悟って諦めた様にも見えた。
これで彼の願いは本当に叶えられたのだろうか。未練は晴れたのだと……この彼の様子を見て、受け取れる?
「君の願いは何?」
私が尋ねると、きょとんとした顔で大河君は私を見る。だからもう一度その質問を言葉にする。「君の願いは何?」と。
「……俺の願いは、これで終わる事」
「うん。一緒に卒業するもんね」
「……でも、本当に、出来るのかな」
不安に揺れる、彼の瞳。きっと彼は納得出来ていないし、信じる事が出来ていないのだろう。それだけ長い間ここに縛られていたのだ、また自分だけ記憶が無くなってここに居続ける事になるかもしれないという可能性を捨て去る事なんて出来ないのだろう。
そんな過去があったのだと知ってしまったからこそ、ただ真っ直ぐにこれから一緒にここを卒業するのだと受け入れる事が出来ないのだ。なぜなら知る事で新しい答えを見つけてしまい、違う新たな気持ちが生まれてしまう事があるから。私もそうだった。
「あのさ、何度も言うけど私、君に出会えて良かったよ」
「でも俺が居なければ君はもっと早く成仏してたでしょう?」
「私には死んだ後にも君が居て、ずっと君に慰めて貰えたからね。だから満足して次の人生を歩みもうと思えたんだよ。その後拗れちゃったけど、結果、君のおかげで解決したんだから今の方がそう思ってるし」
「……じゃあ、君はもう大丈夫だね」
にこりと微笑んだそこには疲れが滲んでいて、まるで自分はもう駄目だと受け入れている様な、諦めた表情なのだとすぐに分かった。
全くもう、この人は。
「何言ってるの? 君も一緒だよ!」
両手でぎゅっと彼の手を握ると、びっくりした彼が身を引こうとするのでグッと近付いてやる。ひとりぼっちになろうとしたってそうはいかない。
「君が助けてくれたんだから、今度は私の番! 私に君が居た様に、君には私が居る。君が私を見送る為にここに居るんだって言ってくれた様に、今私は君を一緒に連れていく為にここに居るんだよ」
「……俺が君の成仏の邪魔をしてるって事?」
「違うよ、君が私の未練になったって事!」
言葉にするとスッキリとして、清々しい気持ちで胸が一杯になる。そんな私はもちろんピッカピカの笑顔を彼に向けていて、彼はゾッとした表情で私に言った。
「……正気か?」
その一言が面白過ぎて大笑いする私に、彼は相当戸惑っていた。それはそうだ。未練だなんて物騒な言葉、こんなに楽しそうに口にする奴はいないだろう。
「あのね、もしここで私だけ卒業して、君だけまたここに戻ってきっちゃったとするでしょう? そしたら私はまたここに戻ってくるよ。だって私、君とまた会いたいから」
「……え?」
「君のおかげで私の未来があるのなら、その時はまた君と一緒に見てみたい。卒業しても……成仏しても、また君と会いたいんだ。今度はここじゃない別の場所で。それが今の私の願いだから、叶わないなら私に未練が残ってしまうという事でしょ?」
「…………」
「この先ずっと、本当の願いを忘れてしまうくらい長い時間が経ってもずっと、君に会いたいという未練に縛られて君を探し続けるよ。今日までの君と同じ様に。だって私、大分悪霊だし」
「…………」
声が出なくなった様に口を開いて閉じて、また開いて閉じた大河君は、じっと私を見つめてから何泊か置き、ようやくもう一度口を開いたと思ったら、
「……いいの?」
と、弱々しい掠れた声で口にした。考えて考えて、ようやく出てきた言葉がそれなのかと思うと、何年も時を過ごして何歳も年上のはずの彼がとても愛おしかった。
「大河君こそ覚悟は出来てる? 私、きっとしつこいよ」
「……俺もしつこいから大丈夫」
確かに!と、学ラン姿の大河君に笑うと、大河君は何か文句を言いたげにしながらも、諦めた様に小さく笑った。どうやらようやく彼の中でも納得がいったようだった。
「大河君! 卒業しよう、卒業! 私達早く次の人生で会わないと!」
「でもよく考えたら俺、一回ちゃんと卒業してるんだよな……」
「それは生きてる時だから関係無し! 今の私達は幽霊なので!」
互いに笑い合い、穏やかな空気に包まれる私達。その時、ふと私達の耳に、体育館からアナウンスが風に乗って聞こえてきた。
『——卒業式を、……起立、——』
「……え? 今、卒業式って言った?」
ハッと顔を見合わせた私達は体育館へと向かう。聞こえてきた言葉から、今卒業式が始まったのだと私達はすぐに分かった。だとしたら急がないと。私達の名前が呼ばれてしまう。
「本当に呼ばれるのかな……」
「矢田君に頼んだんだから大丈夫だよ」
「でも実際には俺達は卒業生じゃないんだよ?」
「もう……そんなんだから死んだ後戻って来ちゃうんだよ。駄目だったらまたその時考えれば良いじゃん。前向きに前向きに!」
「…………」
慌てて飛びついた体育館の窓から二人で並んで覗いている。丁度卒業証書の授与が始まった所だった。
次々と名前を呼ばれて壇上まで上がり、卒業証書を受け取る私の同級生達。明日からは新しい人生を歩む彼らは立派で、参列者は皆誇らしい表情で彼らを見守っていた。
「——以上、卒業生、二百十三名」
そう告げると、最後のクラスである七組のクラス担任がマイクから離れて行く。あれ? 本当に呼ばれなかった?と、私達が顔を見合わせ卒業証書の授与が終わった——と思われた、その時だった。
壇上に矢田君が上がってくると、マイクの前で一礼し挨拶を述べると、皆に語りかける様に話しだす。
「今回呼ばれた卒業生と他に、僕達と共に学び、思い出を作ってきた同級生が居ます。彼女の名前は帆宮世莉さん。僕は彼女と三年間同じクラスでした」
突然なことにびっくりした。私だ!と思った。今この時間は、私の為に割かれた時間だ。その為に矢田君が壇上に上がっているのだ。
「彼女は三年生の春、不慮の事故で亡くなってしまいました。そして卒業を目前にした二月の終わり頃、信じられない話かもしれませんが、彼女はクラス全員の夢の中に現れ、僕達と共に卒業したいのだと気持ちを伝えてくれました。それともう一人、共に卒業したい仲間が居るのだと」
矢田君の言葉にハッとして私は隣の彼を見る。目を丸くした大河君は、食い入る様に壇上の矢田君をみつめていた。
「彼の名前は大河基道さん。彼は以前この学校に通っていた生徒で、今日までずっと桜の樹の下で悩んでいる生徒達の願いを叶えながら自分が卒業出来る日を待っていたそうです。彼は帆宮さんのみんなと一緒に卒業したいという願いを叶える為に僕らの夢に帆宮さんを連れて来てくれました。そして帆宮さんは僕に言いました。自分達の名前をこの卒業式で一緒に呼んで欲しいと。そうすればきっと自分達も一緒に卒業出来るからと。それが今回僕が今壇上に上がってこの時間を頂いた理由です」
しんと静まり返る中、矢田君の凛とした声が体育館の中を響き渡る。誰もがその内容に耳を傾け、集中しているのが体育館の外に居る私にもひしひしと伝わって来た。きっと大河君もそうだろう。
「僕は勿論、クラス一同。最後まで彼女の事を同じクラスの仲間だと思っています。そして彼女の願いを叶えたいと思っています。今日この時、この場所で、きっと僕達と共に二人はこの学校を卒業するのだと心から信じ、願っています」
そして矢田君は、はっきりと告げた。
「——帆宮世莉さん。大河基道さん。ご卒業おめでとうございます」
お辞儀をする矢田君と、一斉に響き出した大きな拍手の音。心がぽっと温かくなり、スッと何かが抜けて空洞が生まれた様な胸の奥。
私は大河君を見て、大河君は私を見た。
「……私達、卒業出来るね」
私の言葉に大河君も頷いた。これは確信だった。頭の先から天に引っ張られるような、不思議な気持ちで身体が何処かへ向かおうとしている。もう私達に残された時間は少ない。
「大河君。あのさ、また私、大河君に会いたいよ」
「うん」
「探すね。探すから、絶対に待ってて。約束」
「うん、約束。でもきっと俺も必死で探すから、行き違いにならないようにしないと」
なるほどと思った。心配性な大河君は先の事がすぐに思いつくんだなと。どうしようかと悩んだ一瞬、私の頭に浮かんだのは初めて出会った時の満開の桜の花。
「じゃあ桜の樹の下に集合にしよう! ここじゃなくて、その時の自分の一番近くのどこでもいいし、なんでもいいから、桜を目印に何年先でもまた会える様に願おうよ!」
「……そんなに上手くいくかな」
「大丈夫。だってこれは私達の未練なんだから。きっとしつこく後まで残るよ」
「そんなの末代まで残る呪いじゃん」
「違う違う、運命だよ! 私達の運命」
身体が透けて向こう側が見える。もう時間がやって来たようだ。
「私達の未練が運命になりますように」
そう言ってぎゅっと手を握ると、呆れた様に笑った大河君も握り返してくれて、私達は共に今日この時、この場所で、この学校を卒業する事となった。
「卒業、おめでとう」