月日が流れるのが早い。少し気を抜くとあっという間に時が過ぎていく。今何月なのかと確認するのは教室の黒板で。誰かが書いた日付が、卒業までのカウントダウンが、私に季節の移り変わりを教えてくれた。
 そっか、もう半年をきったのか。この間まで一年あったのに。私にとって一年が長かったのはもう昔の事らしく、日々、あの頃との違いが身に沁みる。
 このままの気持ちじゃ卒業出来ない、なんて思う様になってしまったのはいつからだろう? 彼氏が欲しいから卒業まで待てないと、ついこの間までは冗談混じりにそんな事が言えていたのに。

「まぁ難しい事は考えずに、俺とここに居ればいいって事だよ」
「そうしてしまったらもう最後な気がする」
「そう、最後まで二人っきり。それなら寂しくないし、悲しくないし、きっと楽しい」

 にこにこ子供みたいな顔をして私を自分の目的の方へと誘う彼は、まるで何かの悪魔みたいだった。いや、悪魔じゃなくて幽霊だから……

「……悪霊?」
「……自覚は無いけど長いからねー……俺、そうなって来てんのかな……」
「う、うそうそ! そんな事無いから自信持って!」

 しょんぼりと首を垂れてぼそぼそと喋る彼の背中を慌てて撫でる。まさか落ち込んでしまうと思わなかった……いつもみたいににこにこ笑うか、頬を膨らませて拗ねるかすると思ったのに。

「……俺もさ、出来れば成仏したいんだよ。やっぱりこんな所で一人は寂しいし……でもこんな風に人を巻き込む様になったらおしまいだよな」
「お、おしまいじゃない! おしまいじゃないよ! 私は君が居てくれて助かったし!」
「……助かった?」
「うん。初めて会った時も今も、ずっと助かってるよ。だって私がずっとひとりぼっちじゃなかったのは君がここに居てくれたおかげだから」

 迷子になって不安で押しつぶされそうな時。緊張から震える声で声をかけた私に、彼は優しく微笑み返し、教室までの行き方を教えてくれた。
 みんなの目に映らなくなって絶望し、嘆いている時。桜の樹の下で変わらず私を見つけてくれて、いつも通りに話しかけてくれた事が、どれだけ私の心を救ってくれた事か。
 先の未来が見えなくて涙が溢れて止まらなかった時。その時は一緒に居ようと言ってくれた事で私の中の選択肢が増えて、ようやくそこで私の中に前を向く力が生まれたのだ。
 いつも彼は私の隣に居て、変わらず私の話に耳を傾け、包み込むように慰めてくれていた。もうずっと前からブレザーのはずの制服。学ラン姿の彼は一体、いつからここに居るのだろう。ずっとずっと、成仏出来ずに彼だけがここに居るのは悲しい事だけど、でも、そのおかげで私には彼が居た。居てくれた。

「ありがとう、いつも傍に居てくれて」
「…………」

 心から温かい気持ちが溢れてやまないので、言葉にして彼に渡したかった。すると目を丸くした彼は、ハッとしたように胸に手を当てる。まるで自分の鼓動を確認しているみたいに。

「……そっか、だからか」
「?」
「だから俺は、君を助けたかったんだ」

 ひんやりした両手がぎゅっと私の手を握る。そこに体温なんて無いはずなのに、私にはとても熱く感じた。

「君をここで見送る為に、その為にきっと俺はここに居るんだよ!」

 興奮した彼の瞳に火花がチカチカと光る。ほんのりと染まる頬は儚い彼の外見を変えた。まるで生きる目標を見つけた青年そのものにイキイキとしている。もう死んでいるはずなのに。

「君を守るよ、そして見送る。その為に君の悩みを解決してみせる。今の君の願いは?」
「え? っと、クラスのみんなに、気にして欲しい……かな」
「分かった、なんとかしよう。俺に任せて」
「…………」

 そう、はつらつとした笑顔で張り切る彼の言葉に戸惑いながらも頷いた、その日からだった。私のクラスで可笑しな事が起こり始めたのは。
 前の席の子が、隣の子に秘密を打ち明けるような声の大きさで話し出す。

「昨日さ、変な夢見たんだけど」
「……どんな?」
「なんか、一人で教室に居るんだけど、後ろから肩を叩かれるのね? それで振り返るんだけどそこには誰も居なくて。なんだろうと思った瞬間、“ここだよ”って耳元で聞こえて目が覚めたの」
「! わ、私もその夢見た……!」
「ほんと⁈ じゃあその時の声ってさ、その……」
「……うん」

 言いづらそうに口籠もると、二人はそっと私の席の方へと振り返り、小さな声で何かを話しながらまた前へ向き直る。そんな事がクラス内で毎日毎日起こり、ある人は手を引かれて、ある人は泣いてる後ろ姿を見て、またある人は……って、

「完全に怪談話じゃん……!」
             
 なんでそんな事したの? やめてよ!と、私は彼に言い寄ったけれど、「でもこれでみんなに気にして貰えたじゃない」なんて、彼はどこ吹く風でにこにこしている。
 いやいやいや、こんな事は望んでない! それは全然嬉しくない!

「やってる事完全に悪霊だよ〜!」
「なるほど、世の中の悪霊ってこういう気持ちでやってんのかもね。悪気は無いんだよ」
「悪気無くても迷惑なんだってば! みんなの中の私の印象最悪じゃん……っ、あ!」
「?」
「や、矢田君、矢田君にはやった?」
「? 矢田君って誰?」
「まさか無作為に見せてる……?」
「ねぇ、矢田君って誰?」