花びらが散り、若い葉が茂る桜の樹の下のベンチにて、大きな溜息を一つ。
「はやく卒業したい……」
「なんで?」
「そりゃあ君が居るからでしょ」
じとりと隣に目をやると、学ラン姿の彼は自分が卒業したいと思わせる原因だと言われているにも関わらず、関係なさそうににこにこ楽しそうな笑顔を私に返した。ムカついたのでじっと睨み返してやる。
「まぁまぁ。と言ってもあと一年も無いんだから。そんなの瞬きの間の事だよ」
「君にはね! でも私にとっては長い事だし、このまま何もない日々を過ごすなんて……早く次に進みたい」
「なんで?」
「彼氏が欲しいの! 知ってるくせに言わないで!」
つい声を荒げてしまうと、「えー、こわーい」なんて。自分のせいで私がここに居る事になってるのは分かってるくせに、しらばっくれた態度で可愛こぶる彼に心底腹が立った。
彼からしたら何も変わらない時間がずっと流れていく事になんてもう慣れっこかもしれないけれど、私は違う。私はもう、無駄な今の時間を早く終わりにしたくて仕方がないのに、一人は寂しいからと彼は私をここに縛り付けるのだ。
卒業まで一緒にいると約束したのは一年生の頃。今はもうその時と状況が違う。
「まぁまぁ。彼氏なんていつだって出来るよ、いつの世だって若者の悩みの大半はそれなんだから」
「でも今のままじゃ絶対に出来ないままだよ、君としか居ないんだから」
「じゃあ俺にするのはどう?」
「そしたら私は一生ここに居る事になるんでしょ? そういう冗談面白くないからやめて」
きっぱりと断ると、むすっとした顔で彼は、「だったら残りの時間くらい俺にくれたっていいじゃない」と、尖らせた唇で子供みたいに言う。
そんな彼の姿に、きっとこの人は今も昔もずっとこんな感じなのだろうなと、知らない彼の昔の姿に想いを馳せた。きっとみんなこのギャップに驚いただろうし、心奪われた女の子は多かったのだろうなと。
初めて彼と出会ったのは、私がこの高校に入学した次の日の事。まだ校内の造りを分かっていない私がうっかり迷子になって辿り着いたのがこの桜の樹の下にあるベンチで、そこに静かに座っている彼に助けて貰おうと勇気を出して声を掛けた事がきっかけだった。
じっと座って桜の花弁を眺める彼の横顔はどこか儚げで透き通った美しさがあり、きっと物静かな人なんだろうなという印象を抱いたのを覚えている。だから一人でこんな校舎を離れた人の寄り付かないベンチに座っているのかと。
でも実際には子供っぽくて懐っこい、寂しがり屋で甘えたな人だと今なら分かっているから、第一印象とは当てにならないものだと知る事となった。
「残りの時間を俺にくれって言うけどさ、君はいつまでここに居るつもりなの?」
「そりゃあ、やりたい事をやりきるまで?」
「やりたい事って?」
「分かってたらきっと君と出会えて無いよ。でも、君と出会えたから良かったな。今は毎日が楽しい」
「…………」
なんて、彼は言うけれど。
「……どうせ私が居なくなった後も、また違う人の傍に居るんでしょ」
だって寂しがりな彼の事だ。私が居なくなったら次は別の人を探すのだ。そして、私と同じやり取りをまたその人と繰り返し、私の事なんて綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。彼は、過去をすっかり忘れてしまう人だから。
「とにかく、お互いに悔いの残らないようにしようね」
キンコンカンコンと予鈴が鳴り、私はベンチから立ち上がった。あと一年も無いとはいえ、私はまだこの学校の生徒なのだ。きちんと授業に出て最後の高校生活を過ごしたいと思っている。
「じゃあまた明日」
そして私は教室へと向かい、彼はベンチから私を見送った。
これが私達の毎日のやり取り。私は学校で授業を受けて、休み時間にこのベンチで彼と話す。彼はそんな私をずっとここで待っていて、私とのこの時間を楽しみに日々を過ごしている。
彼はここから動けない人だった。なぜなら彼は、幽霊だから。
「はやく卒業したい……」
「なんで?」
「そりゃあ君が居るからでしょ」
じとりと隣に目をやると、学ラン姿の彼は自分が卒業したいと思わせる原因だと言われているにも関わらず、関係なさそうににこにこ楽しそうな笑顔を私に返した。ムカついたのでじっと睨み返してやる。
「まぁまぁ。と言ってもあと一年も無いんだから。そんなの瞬きの間の事だよ」
「君にはね! でも私にとっては長い事だし、このまま何もない日々を過ごすなんて……早く次に進みたい」
「なんで?」
「彼氏が欲しいの! 知ってるくせに言わないで!」
つい声を荒げてしまうと、「えー、こわーい」なんて。自分のせいで私がここに居る事になってるのは分かってるくせに、しらばっくれた態度で可愛こぶる彼に心底腹が立った。
彼からしたら何も変わらない時間がずっと流れていく事になんてもう慣れっこかもしれないけれど、私は違う。私はもう、無駄な今の時間を早く終わりにしたくて仕方がないのに、一人は寂しいからと彼は私をここに縛り付けるのだ。
卒業まで一緒にいると約束したのは一年生の頃。今はもうその時と状況が違う。
「まぁまぁ。彼氏なんていつだって出来るよ、いつの世だって若者の悩みの大半はそれなんだから」
「でも今のままじゃ絶対に出来ないままだよ、君としか居ないんだから」
「じゃあ俺にするのはどう?」
「そしたら私は一生ここに居る事になるんでしょ? そういう冗談面白くないからやめて」
きっぱりと断ると、むすっとした顔で彼は、「だったら残りの時間くらい俺にくれたっていいじゃない」と、尖らせた唇で子供みたいに言う。
そんな彼の姿に、きっとこの人は今も昔もずっとこんな感じなのだろうなと、知らない彼の昔の姿に想いを馳せた。きっとみんなこのギャップに驚いただろうし、心奪われた女の子は多かったのだろうなと。
初めて彼と出会ったのは、私がこの高校に入学した次の日の事。まだ校内の造りを分かっていない私がうっかり迷子になって辿り着いたのがこの桜の樹の下にあるベンチで、そこに静かに座っている彼に助けて貰おうと勇気を出して声を掛けた事がきっかけだった。
じっと座って桜の花弁を眺める彼の横顔はどこか儚げで透き通った美しさがあり、きっと物静かな人なんだろうなという印象を抱いたのを覚えている。だから一人でこんな校舎を離れた人の寄り付かないベンチに座っているのかと。
でも実際には子供っぽくて懐っこい、寂しがり屋で甘えたな人だと今なら分かっているから、第一印象とは当てにならないものだと知る事となった。
「残りの時間を俺にくれって言うけどさ、君はいつまでここに居るつもりなの?」
「そりゃあ、やりたい事をやりきるまで?」
「やりたい事って?」
「分かってたらきっと君と出会えて無いよ。でも、君と出会えたから良かったな。今は毎日が楽しい」
「…………」
なんて、彼は言うけれど。
「……どうせ私が居なくなった後も、また違う人の傍に居るんでしょ」
だって寂しがりな彼の事だ。私が居なくなったら次は別の人を探すのだ。そして、私と同じやり取りをまたその人と繰り返し、私の事なんて綺麗さっぱり忘れてしまうのだろう。彼は、過去をすっかり忘れてしまう人だから。
「とにかく、お互いに悔いの残らないようにしようね」
キンコンカンコンと予鈴が鳴り、私はベンチから立ち上がった。あと一年も無いとはいえ、私はまだこの学校の生徒なのだ。きちんと授業に出て最後の高校生活を過ごしたいと思っている。
「じゃあまた明日」
そして私は教室へと向かい、彼はベンチから私を見送った。
これが私達の毎日のやり取り。私は学校で授業を受けて、休み時間にこのベンチで彼と話す。彼はそんな私をずっとここで待っていて、私とのこの時間を楽しみに日々を過ごしている。
彼はここから動けない人だった。なぜなら彼は、幽霊だから。