ーー7月5日。
放課後を迎えて怜がサッカー部の部室に向かっていると、一階の掲示板を眺めている夏都を見かけた。
5メートルほど先から同じ所に目線を向けると、そこにはサッカー部員募集のポスターが貼られている。

怜はそれに気付いたと同時に後から声をかけた。



「夏都……。やっぱり一緒にサッカーやろう」



呼びかけに気付いた夏都は一旦振り向くが、そのまま逃げるように廊下へと足を進めた。
怜は引き止める為に夏都へ駆け寄る。
だが、夏都は足を止めない。



「逃げんなよ!」

「逃げてない」


「お前がサッカー辞めた原因は俺だろ? だから俺に嫌がらせをしたり素っ気なかったんだよな」

「……」


「それなら確かに面白くねぇよな。部活にほとんど出てない俺が毎回のようにレギュラーに選出されてたから。……黙ってるって事は正解だった?」



夏都は怜が心の中を土足で入ってきた事を煩わしく思っていた。
耳を塞ぎたかったが、次のあるひと言が心のモヤをかき消すキッカケに。



「実はお前に一つだけ隠してた事がある。……俺、小学生の頃からイーグルスに入ってたんだ」

「えっ! あのイーグルス? 将来Jリーガーが有望とされる……」



夏都は知り合ってから初めて聞く話に思わず振り返る。
イーグルスと言えば、少年サッカーチームで知らない人はいないほどの名門チームだから。



「そうだ。俺は4歳からサッカーを始めて小二の試合中に大きなケガをして、サッカーを続けるのは絶望的と言われたよ。でも、諦められなくて、リハビリを続けて1年後には復帰したけど、その時点でチームレベルに追いつけなくなっていた。1日でも早く追いつけるように毎日外が暗くなるまで練習してた。そしたら小六の時にイーグルスにスカウトされたよ。嬉しくて舞い上がってたけど、実際練習に参加してみたら全然ついて行けなかった。試合に出場するなんて夢のまた夢。天狗になってた自分がバカバカしく思うくらい。そんな中、中学に進学してサッカー部に入部した。そしたら、噂を聞いてた顧問は試合に引っ張り出した。先輩達を置き去りにしてまでね。……そりゃ嫌われるよな。練習にほとんど参加してない奴が一年からレギュラーとってりゃさ。だから、お前は他の人と同じように俺を嫌ってたと思ってた。……でも、この前美那っちに聞いたよ。お前が重度の貧血だったって事を」


「…………」

「それを聞いて思った。お前がレギュラーを外された理由は俺が原因だったんじゃないかってね。それがお前にとっては許せなかったんだろ?」



怜は昨日美那に聞いた夏都の貧血話と自分の過去をつなぎ合わせたら、答えに辿り着いていた。
ところが、夏都は首を小さく横に振る。



「……だいたい合ってるけど少し違う」

「どこが?」


「二年生の春に市大会に出場が決定した。お前はメンバーリストに名前がなくて俺はレギュラーに初選出された。バカみたいに喜んだよ。でも、試合前日になって監督からレギュラーから外れてくれと。理由はお前が出場する事になったから。俺は体調不良で部活を休みがちだった。そのせいもあって、お前が試合に参加する日は俺がレギュラーを外される日。確かに俺は休みがちだったけど、週一程度しか練習に参加してないお前がどうしてレギュラーに選出されたんだって思ってた」


「そう思うならはっきり言えばいいじゃん。どうして部活にほとんど来ないこいつがレギュラーに選出されるんだって」

「……それが、言えなかった」


「どうして……」

「お前は試合で結果を残していたから」



怜と実力の差があったのは一目瞭然だった。
チームのみんなは怜しか見えてなくて、俺の心はいつも置き去りにされていた。
だから、余計腹立たしかったかもしれない。



「お前はいつもそうだよ。1人で問題を抱え込んで勝手に怒っててさ。結局、美那っちの件も理解しようとせずに怒ってるし」

「それはお前が口出す問題じゃない」


「どうして? 俺も友達だから苦しんでたら力になりたいって思うだろ? お前だって校外学習で美那っちが行方不明になった時に目の色変えて川で救ってやったり、明け方にあいつの指輪を一緒に探してただろ」

「……どうしてそれを?」


「あの日は一部始終見てたよ。美那っちがヴァンパイアで、誕生日までお前に三回吸血しなきゃコウモリにされちゃうってさ」

「……」


「そしたら何? お前はヴァンパイアと知った途端無視? あいつはお前の身体を労わって弁当作ってたんじゃねーの? なのに、自分はいいとこ取り? 逃げてばかりで向き合おうともしない。出来るもんならお前と変わってやりたいよ。そしたら、美那っちを救ってやれるからな。……どうしてお前がターゲットがなんだよ。代われるものなら代わってやりたいのに……」



怜は校外学習の日から心の中に溜め込んでいた想いを吐き出した。

明後日は美那の誕生日。
それと同時にミッションの期日。
残り2日しか残されていないのに美那自身を理解しようとしない姿勢に腹が立っていた。

すると、夏都は俯いて2分ほど黙り込んだ後、重い口を開かせた。



「確かにお前の言う通り、お前や美那を理解しようとしてなかった」

「…………」


「きっと、壊れるのが怖かった。……だから、無意識のうちに壊れる前に自分から壊してた。……でもその結果、何一つ守れてないという事にいま気付いたよ」

「夏都……」


「今までごめん……。あと、大事な事に気付かせてくれてありがとう……。感謝してる」



怜は心の中で渋滞していた気持ちが伝わると、急に照れ臭くなって頭をかいた。
一方の夏都は、この一件が自身を振り返るきっかけに……。


怜は夏都と別れてから中庭の花壇に腰を下ろすと、頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。



「あー、最悪! 夏都にアドバイスなんてしたら、美那っちに行っちゃうよなぁ……。俺の失恋は決定だし……」



イライラしながらグチを溢していると、突然頬にヒヤッと水分を含んだ冷たいものが当たった。



「うおっ! 冷てっ!」

「なぁ〜にそんなにイライラしてんの? 美那に失恋したの?」



怜が目を横に向けると、そこには冷たいペットボトルを持っている澪が蓋を開けて怜に渡す。



「これ私のおごり」

「サンキュ」



怜は澪から受け取ったレモンスカッシュをぐびっと飲んで喉を潤すと、澪は隣に腰をかけた。



「あんたさ……、真っ直ぐに突き進むのはいいんだけど、もう少し周りを見る余裕くらい作りなよ」

「えっ……」


「あんたを長年想ってくれてる人が隣にいるのにさ」



澪は赤面しながらそう言うと、怜の服のすそをぎゅっと掴んだ。
先日美那に恋のエールを送ってもらって不器用ながら気持ちを伝えたつもりだったが、怜は目を丸くしたまま首をコテンと傾ける。



「ねぇねぇ、それってどういう意味?」

「……っ!」


「俺の頭の中でエラーを起こしてるんだけど」

「バカっ! もう鈍感!」



澪はスクっと立ち上がると不機嫌な足取りで離れて行った。
焦った怜は、澪の背中へ駆け寄って「ねぇねぇ、その意味をもっと詳しく教えて」としつこく迫った。