ーー週明けの月曜日。
私は滝原くんにヴァンパイアと打ち明けてからひと言もしゃべっていない。
今日はお弁当を渡すついでに先日の件を謝ろうと思って学校の下駄箱で待っていた。
先日の別れ際は素っ気ない態度だった分、心はどんよりとした曇り空に覆われていた。
すると、壁によりかかってから5分も経たぬ間に彼は下駄箱に到着すると、私はカバンを持ち直して横についた。
「滝原くん、おはよう! あのね……」
「もう俺の人生に関わらないで」
「えっ……」
「二度と話しかけて来ないで。迷惑だから」
彼は床に叩きつけた上履きに履き替えると、お弁当を受け取らないどころか私の顔を見ぬまま教室へと向かっていった。
もう、俺の人生に関わらないでって。
二度と話しかけてこないでって……。
一体どーゆー意味?
不安顔のまま夏都の背中を見届けると、ポンっと誰かに後ろから肩を叩かれた。
すかさず振り返ると、そこには怜くんの姿が。
ところが、今日の彼は笑みが消えるどころか深刻な表情をしている。
「美那っち……。少し話があるんだけどいいかな」
「えっ、どんな話?」
「いいからこっち来て」
「えっ、ちょっと……。怜くん……」
怜くんは私の手首を掴んで2階の左奥にある人気が全くない理科準備室の前に連れて行った。
手を離してから向かい合わせになると、目を見て話を始めた。
「美那っちさ。ヴァンパイアだったんだね」
「……どうしてそれを?」
「実は校外学習の時に夏都と話してる所を偶然聞いちゃったんだ。……ごめん」
「ううん。いいの……」
瞼を落としたままそう伝えると、胸に手を当ててうつむいた。
怜くんにはそう答えたけど本当は良くない。
人間に私がヴァンパイアと知られたら捕まってしまう可能性もあるから。
「素直に答えてくれてありがとう」
頭上から予想外の返答が届けられた瞬間、ハッと見上げた。
てっきり責められると思っていたのに……。
「怜くんは私がヴァンパイアと知っても怖くないの?」
「怖くないかどうかと聞かれたら怖いよ。ヴァンパイアは人種が違うし、幼い頃に絵本で人を襲う生き物だと学んできたから」
「そ……だよね」
「でもさ、美那っちは美那っちだから」
「えっ……」
「いつもお腹いっぱいに笑って、人の事を一生懸命考えて、誘ったらサッカー見に来てくれたし、澪と3人で一緒にボールで遊んだりしてさ。なんか、全然普通の人間と変わらないと思ってから、それが美那っちの全てじゃないのかなって考えるようになってきてさ」
「…………」
「そしたら、 人間でもヴァンパイアでもあまり関係ないなって。自分がターゲットじゃないから楽観的に考えてるだけかもしれないけど、俺の知ってる美那っちはめちゃくちゃいい奴だから」
私は理解してくれようとしている怜くんの言葉に助けられると、両目から大量の涙がこぼれ落ちた。
「怜くん……、ありがとう」
人間の姿としての私と、ヴァンパイアとしての私を受け入れてくれた怜くん。
今日という日まで私自身をしっかり見ていてくれた。
滝原くんに冷たくあしらわれた直後だったせいもあって、張り詰めていたものが弾けてしまったかのように嬉し涙が止まらなくなった。
すると、怜くんはオドオドする。
「美那っち〜ぃぃ、泣くなってぇ。頼むからさっ!」
「……っく、……ひっく…………だってぇ、嬉しかったんだもん。嫌がられると思って覚悟してたのに、怜くんは優しいから……」
私は次々と滴ってくる涙を手の甲でぬぐいながらそう言う。
「そーゆー所が普通の女の子なんだよねぇ。参ったなぁ……」
「実はさっき、滝原くんに『俺の人生に関わるな』って。『二度と話しかけて来ないで』って一線を引かれちゃって……。滝原くんは私がヴァンパイアなのが嫌みたい」
「人を理解するのって難しいからな。はぁ〜、こんな時さえ夏都の話? 俺がこーんなにアピールしてんのにさ」
「……ごめん」
「いいよ。告白した時点でもう答えが出てたから。……でもさ、俺こそごめん。肝試しの時に美那っちが走った後に追いかけて行かなくて。俺が目を離さなければ川に転落しなかったから」
「ううん、自業自得だから怜くんは悪くないよ」
ーー私は彼の人間性に救われた。
滝原くんに見放された時は、もうこの世界にはいられないなと思っていたけど、自分自身をちゃんと見てくれる人がいると思ったら、もう少しここに居たいなって思うようになっていた。
だから、私はいつまで経ってもポンコツヴァンパイアなんだ。