ーー場所は滝原くんの家。
台所で夕飯用のポテトサラダを作っている最中マヨネーズが足りなくなった。
マヨネーズの蓋をして前後にブンブンと振っても、あともう少しが足りない。
「ねぇ、滝原くん。マヨネーズが終わっちゃった。もう少し欲しかったのに……」
「えっ、本当? いま買ってこようか?」
「うん、お願い」
彼が家から出ていくと部屋には1人きりになった。
一昨日、サッカーを辞めた理由になんとなく辿りついてからずっと気になっていた。
この部屋にサッカーに繋がるものが残されていたら、怜くんと仲違いしてしまったヒントに繋がるかもしれないと思ってクローゼットに向かって扉を開けた。
すると、くしゃくしゃになったレジ袋の中に入っていたサッカーボールに目がいって両手で拾い上げた。
袋の口は固結びになっていて、指先を駆使して時間をかけて解いていく。
中にはボール以外に割れ目の入った写真立てが入っていたので手に取った。
写真にはチーム全員が写っていて、少し幼顔の滝原くんの表情は笑顔で活き活きしている。
同じく袋に入っている輪ゴムで止められた束の写真を手にとって、輪ゴムを解いて一枚一枚目を通した。
そこには、仲間とサッカーしていたり、試合中と思われるものや、休憩してる時に撮られたと思われる写真や、怜くんの肩を抱いてる写真があった。
今とは別人のように幸せいっぱいに笑ってる写真を眺めているうちに、つい時間を忘れていく……。
すると、背中から声を浴びた。
「人んちのクローゼットを勝手に開けて何やってんの?」
そこでハッと我に返って振り返ると、滝原くんは腕組みしながら壁に寄りかかって、怜くんにいつも向けてるような冷たい目線でこっちを見ていた。
「ごめんね……。写真を勝手に見ちゃって」
「…………」
彼は返事をせずに私から写真を取り上げると、先ほどまで写真が入っていたビニール袋の中にしまった。
私はその背中を見ながら、今が彼の悩みを乗り越えるチャンスなのではないかと考えていた。
「またサッカーやってみない? 当時の写真を見てたら凄く幸せそうに見えるし、表情が活き活きしてる」
「…………」
「昔の写真をこんなに大切にとっておくくらいサッカーが好きなんだよね。怜くんも誘ってくれてるし、最近は体調も右肩上がりで元気になってきてるし……」
ドンッ……
前向きな気持ちになって欲しくてつい熱が入ってそう言ってる最中、彼は私の口を塞ぐかのように顔のすぐ横のクローゼットの扉に手を叩きつけた。
「それ……、美那には関係ないから口出ししないでくんない?」
そう言って見つめてきた瞳は睨んでいるかのように険しい。
「た……確かに関係ないよ? だけど、あんなに幸せそうにプレイしてる写真を見たら誰でも……」
「お前に俺の気持ちなんてわかるわけがない。……もう、帰って」
「滝原くんっ……」
「帰れ!」
彼はズカズカと足音を立てながら私の手を引いてリビングに置いてあるカバンを持たせると、玄関扉を開けて追い出した。
そこで扉は自動ロックがかかると、私は力を込めて両手で扉を叩いた。
ドンドンドンドン……
「滝原くんっ、ごめん。滝原くんっ、扉を開けて……。話をしたい……」
美那が叩いた振動で揺れる扉に夏都は背中をもたらせていた。
続けたくても続けられなかったサッカー。
戦力外と通告しているようにレギュラーを降ろされた辛い過去。
自分がいてもいなくても関係ないと言わんばかりに進行されている試合。
空気のようにベンチに座る無力な自分。
過去の辛い記憶が夏都の心を卍固めにしている。
「くっそ……」
心の暗闇はやがて悔し涙を誘い、顎から流れ落ちた涙は床に小さく砕け散った。