「じ、実は不眠症で悩んでて。滝原くんはどうしたら眠くなるのなかと思ってさ。いきなり変な質問をしてごめんね(ここを切り抜けるには嘘をつくしかなかった)」

「そうなんだ。てっきり俺を寝かしつけて変な事をするつもりかと思った」



ギクッ!
図星だ。
もしかしたら、保健室の件を思い出しちゃったのかも……。



「……そっ、そんな事しないよっ!」

「疑ってごめん。うーん、どんな時に眠くなるか……かぁ。だいたい読書か勉強をしてる時かな」


「じゃ、じゃあ! いま一緒に勉強しよう!」

「えっ、今から勉強を? しかもここで?」


「もし眠くなったら家に眠気を持って帰るから」

「普通に考えても歩いてるうちに目が覚めるだろ……」


「頑張って家に持って帰るから。ね? お願い!」

「(頑張るって何だろう……)わかった」



こうして私達は一つのちゃぶ台の上にノートや問題集を広げて勉強する事に。
最初は英語単語をノートに書いてたけど、次第に文字が……歪ん……で…………。



「スーッ、スーーッ……」



正面から寝息が聞こえてきた夏都は、ベッドから布団を取ってちゃぶ台にうつ伏せになっている美那の肩にかけた。



「本当に不眠症なのかな……。勉強を始めてからまだ5分も経ってないけど……」



夏都は呆れたようにフッと笑うと、時より無邪気な寝顔を見ながら勉強を続けた。


ーーそれから45分後。
私は目覚めた途端、ガバっと起き上がって目を左右しながら見慣れない景色を眺めていると……。



「ようやく起きた?」



滝原くんはやれやれといった表情で飲み物を片手にちゃぶ台へとやって来た。
そこでようやく彼の家にお邪魔していた事に気づく。



「も……もしかして。私、ここで寝てたの?」

「気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったよ。不眠症みたいだし」


「うっっ……(吸血失敗どころか自分が先に寝てどうするのよ……)、ごめんなさい」



吸血作戦はまんまと失敗。
私ったら何やってんのよ。
恥ずかしくて顔を上げられないし。

しかし、そのまま壁時計に目線を滑らせると想像以上に時間が進んでいる。



「大変! もう21時半過ぎてる。早く家に帰らないと……」

「あっ、本当だ。もう遅いから家に送ろうか?」


「ううん。そんなに遠くないから1人で大丈夫」



知らない間に肩にかけてもらっていた布団をベッドに戻して、手荷物をささっとまとめて彼にバイバイして家を出た。
しかし、エレベーターの一階ボタンを押した時、普段は右の薬指についてるはずの物がついてない事に気付いた。



「あれっ? ヴァスピスがない! 滝原くんの家に来る時まであったのに、一体どこへ……。えーっと、えーっと……」



私は焦りながらここに到着してからの記憶を辿った。
すると、台所で手洗いをしていた際に外した事を思い出すと、夏都の部屋へUターンして行った。

ガタッ…… ガタガタッ……

家を出たばかりだからインターフォンを押さずに扉を開けてお邪魔しようと思っていたが、すでに施錠されている。



「あれっ? おかしいな。さっき扉が閉まったばかりなのにもう鍵がかかってる。滝原くんって警戒深いなぁ……」



扉のノブを何度も引いて扉をガタガタ鳴らしていると、急にロックがガチャっと解除されて扉が開いた。



「どうしたの? そんなに何度も扉をガタガタして……」



中から出てきた滝原くんはビックリした目でそう聞いてきたが、私は気分が落ち着かなくて貧乏ゆすりのように足を上下させる。



「実は忘れ物して取りに戻ったんだけど、鍵が閉まってると思ってなくて……」

「実はうちオートロックでさ、扉が閉まると自動的に鍵も閉まるんだ。……で、何を忘れたの?」


「台所のシンクの所にヴァスピ……、えっと、指輪を忘れちゃって」


「今取ってくるから待ってて」夏都は言われた通り台所に向かった。



はぁぁぁ……。
私ったら何やってるのよ。
命と同じくらい大切なものだと言って渡されたのに、あっさり忘れてくるなんて。
確かにサイズを確認されないまま渡されたから、ブカブカで無くしやすいかなと思ってたけど……。


自己嫌悪に陥ってると、彼はヴァスピスを持って部屋の奥から現れて、ヴァスピスをつまんで目の前に見せる。



「この指輪?」

「うん! それ!」


「女子が使うにしては、ゴツくて珍しいデザインだね」夏都は指輪をマジマジと見る。

「それ、すごく大事な指輪なんだ。ありがとう」



私はヴァスピスを両手で受け取ると、ホッと胸を撫で下ろした。

でも、早めに気付いて良かった。
これを身につけてないと、24時間後にはヴァンパイアの姿形に戻っちゃうからね。