「ヴァスピスを紛失して24時間以上経過してしまった場合、我々はどうなってしまうのでしょうか」

「その場合はヴァンパイアの完全形に戻ってしまう。人間界の太陽は非常に厄介なもので我々を砂に変えてしまう。つまり、そこに待ち受けているのは死だ」



質問した男子はゾクっとして青ざめた表情で俯くと、次に二つ右隣の女子が手を上げた。



「先程ミッション達成時にヴァスピスの魔力がヴァンパイア界へ引き戻してくれるとおっしゃいましたが、期間内に達成しなかった場合はどうなるのでしょうか」

「未達成のまま期日を迎えたら私の魔力を使って一旦こちらへ引き戻すが、ヴァンパイアとしての生存は約束出来ない。コウモリとして使いの者になる可能性があるだろう」



神妙な面持ちでその言葉を聞いた途端、みんなの姿勢がシュッと引き締まった。
噂話で聞いていたが、それが現実味帯びると不安に駆られた。



「もう質問はないかね。……さぁ、準備が整ったから私の後ろについてきなさい。これから人間界への入り口に向かう」



ブリュッセルは祭壇を降りて背中を向けると、みんなは一列に並んだまま後ろについて行った。
先程通ってきた廊下を通り抜けて石のらせん階段を降りて地下室にある一室に案内される。

分厚い木製扉を開けた先は複数のロウソクで照らされている薄暗い室内。
正面には、ひと一人分の大きさの楕円形(だえんけい)の銅製で出来ている縁の中に黒、紫、水色の煙幕(えんまく)が不揃いに揺れ動いている。

私達は見た事のない異様な空間にごくりと息を飲んだ。



「いよいよ出発の時間だ。この空間を潜り抜けた先が人間界。様子は映像授業でや講師から学んだ通りで過度に恐れる事はない。人間になりすましながらミッションを行うのみ。……さぁ、ヴァスピスを装着して準備が整った者から行きなさい」



私達は10年間魔界学校で人間界というものを学んできた。
言葉や環境、一般常識に社会的ルール。
人間界で暮らしても不自由しないレベルで学んできたと思うけど、一番不安なのは未知の世界で生活していけるかどうか。

準備が出来た者から次々と異次元空間へ足を運ばせて行くと、私は最後の1人に。
ブリュッセル様と付き人が見守る中、右薬指にヴァスピスを装着してスマートフォンを握りしめたまま息を大きくすうっと吸って前に進み、異次元空間の煙に包まれていった。


ーーこの時の私は、成績優秀者としてのプライドがあったせいか、他のヴァンパイアと同じように90日間以内にミッションを成功させて、無事に成人の儀式を迎えられるものだと思っていた。