「私のライバルになりえるのは明琳さまくらいのもの」
 月麗は冷ややかな眼差しを桃花に送る。
「あの程度の舞、私の眼中には入りませんわ」
(う~ん。個人的には嫌いじゃないですが、皇后向きの人材とは言いがたいかもしれないですね)

 香蘭は苦笑してこめかみを押さえた。だが、そのあけすけな心情の暴露は犯人疑惑を晴らすのには有効だったようだ。香蘭も、そして周囲も「たしかに」と納得させられてしまった。
 舞の名手である月麗は実力勝負なら桃花には負けない。余計なトラブルは彼女の望むこところではないだろうし、実際に月麗は今回の件で損をした形になった。
 犯人である可能性は低い。

「瑠璃妃を蹴落としたい人物か」
 夏飛が小さくつぶやくのが聞こえた。そして、この場の誰もが同じことを考えたのだろう。
まるで示し合わせたかのようにみなの視線がひとりの女性に注がれる。

 彼女はいつもとなんら変わらぬ人形のような顔つきで、疑惑の眼差しを平然と受け止めている。銀糸で申し訳程度の刺繍がほどこされただけの地味な黒い衣装。顎のラインでぱっつりと切りそろえられたおかっぱ髪もカラスのような黒。象牙色の肌に唇だけがやけに赤い。瑪瑙妃、柴美芳が口を開いた。
「みなさま、わたくしをお疑いなのですね」
 静かな声だ。狼狽の色も怒りの色も、そこにはのっていない。まるで他人事のように、彼女はどこまでも無関心だ。